君の世界は森で華やぐ

水城ひさぎ

文字の大きさ
上 下
15 / 32
君の世界は森で華やぐ 〜1〜

きっかけのカフェ

しおりを挟む



 柚原くんとはボワの前で別れて、そのまま森の家へ向かった。

 大和屋へ戻る選択がなく、ちょっと笑ってしまった。いつか義弟になる寛人さんに、こんなにも会いたいなんて、どうかしてる。

 砂利道を進むたびに、暖かな風がほおをかすめていく。5月の昼下がり、穏やかで静かな時を過ごすのにはちょうどいい気候と時間帯。寛人さんは何をしてるだろう。

「おじゃましまーす」

 声をかけて、玄関ドアを開く。
 寛人さんはいつも返事をしない。勝手にあがり込んでも何も言わない。
 誰にでもそうしてるのかはわからないけど、私が特別扱いされてるようにも感じない。

「寛人さん?」

 リビングをのぞいてみるが、テーブルの上はキレイに片付いてるし、人の気配は感じられない。

 部屋にいるんだろうか。彼の部屋には入ったことがない。どうしようか。迷いながらも、縁側を進む。

 バサバサッと音がした。
 なんだろうと足を止めたとき、開いた障子戸から飛び出してきた白い紙が、縁側に散らかる。

 庭から吹き込む風で舞い上がった紙が、さらに私の足元へ滑ってくる。
 それは、ひと目でビルとわかる建物がデザインされた、画用紙だった。

 画用紙を拾いあげたとき、障子戸の奥から現れた寛人さんが私に気づく。

「ごめんなさい。勝手にあがり込んで」
「はやかったね」
「食事しただけだもの」

 後ろめたいことはなんにもないと、誤解されないように言ってしまう私の心中なんておかまいなしに、寛人さんは散らばった画用紙を拾い集めていく。

「絵を描いてたの?」

 見ればわかるよね、と寛人さんは口もとをゆるめるだけで、無言で部屋の中へ戻っていく。

 迷いながらも、彼についていく。部屋に入ってほしくないなら、彼なら断るだろうと思った。

 寛人さんはローテーブルに向かいつつ、たたみの上に広がる画用紙を寄せ集め、座布団を置いた。私に座っていいと言ってるみたい。

「ビルのイラストも描くのね」

 座布団に座り、さっき拾った画用紙を差し出す。

「ビルを描くことが多いよ」
「そうなの? 意外」
「俺の絵、そんなに見たことないのに」

 意外っていうほど知らないくせにって揶揄されたみたい。

「ボワで見たわ。ぬくもりの森って絵画。ああいうのをたくさん描いてると思ったの」
「あれ、見たんだ」
「佳奈さんが紹介してくれたの。あの絵画に描かれた建物は、実在するカフェよね?」
「たぶんね。カフェがどこにあるかなんて知らないけど」

 興味がないのだろう。寛人さんは画用紙に視線を落とす。

「写真でも見て、あの絵画を描いたの? ほんとに寛人さんって想像力が豊かなのね。私ね、あのカフェを見て、建設会社へ就職しようと思ったの」

 彼は返事しないで、画用紙にえんぴつを滑らせていく。

「邪魔?」
「邪魔だけど、かまわないよ」

 飾らない彼の言葉にあんどする。どちらの気持ちも本当だから、むやみに傷つかなくて済む。

「邪魔を承知で話すけど……」
「聞いてほしいなら聞くって言ったから」
「そうね。聞いてほしいの」

 そう言うと、彼はくすっと小さく笑ったが、耳は傾けてくれてるとわかるしぐさをする。

「私ね、大学生のとき、ひとりでカフェへ行くのが好きだったの。だから、ぬくもりの森に描かれたカフェが、雑誌に紹介されたときもすぐに行ったわ」

 とても落ち着けるカフェだった。当時としては斬新な作りだったようにも思う。洋館のようなのに、優しい木のぬくもりが感じられる建物に、ひどく感動したことを覚えてる。

「春宮建設へ就職したのは、両親のすすめもあったからよ。いま思えば、祖母がここによく来ていたから、春宮さんのこと、両親も知ってたんだと思うわ」

 寛人さんは無言のまま、消しゴムで消しては描いて、さらさらと下書きをすすめていく。

「入社してから、あのカフェを建てたのが、春宮建設だって知ったの。明敬さんがデザインした建築物だってことも」

 ようやく寛人さんは手を止めて、首をひねらせて私を見る。

「春宮建設が手がける、一部の建築物のデザインは明敬さんのものなの。彼って、なんでもできちゃって、すごく優秀なの。兄弟そろって、こんなにも絵が上手って知って、驚いたわ」
「兄さんが優秀なのは知ってる」

 寛人さんは画用紙をひっくり返すと、えんぴつを置いた。描く気分じゃなくなったのかもしれない。

「寛人さんもビルのイラスト描くなら、春宮建設のお手伝いもしてるの?」
「俺は思いついたものを描くだけ」
「描いてるだけ?」

 そう尋ねるのに対し、寛人さんは会話に興味がなくなったように沈黙し、ふっと何かを思い出した表情をする。

「ああ、そうだ。紺野さんがいない間に羽山さんが来たよ。兄さんから明日、こっちに来るって交番に電話があったって」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

パパラッチ!~優しいカメラマンとエース記者 秘密はすべて暴きます~

じゅん
ライト文芸
【第6回「ライト文芸大賞」奨励賞 受賞👑】 イケメンだがどこか野暮ったい新人カメラマン・澄生(スミオ・24歳)と、超絶美人のエース記者・紫子(ユカリコ・24歳)による、連作短編のお仕事ヒューマンストーリー。澄生はカメラマンとして成長し、紫子が抱えた父親の死の謎を解明していく。  週刊誌の裏事情にも触れる、元・芸能記者の著者による、リアル(?)なヒューマン・パパラッチストーリー!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...