15 / 31
第一話 さくらとあんぱん
14
しおりを挟む
「うた乃、乱暴はいけないよ」
うた乃さんはすぐに離してくれたけど、つかまれた手首がじんじんと痛む。伊佐太さんは「大丈夫?」と、手首をさする私を気づかう。
私たちが親密に見えたのだろう。彼女の目がますますつり上がる。せっかくの美人が台無し。
「浮気は許さないんだからっ」
「えぇっ!」
驚く私などおかまいなしに、うた乃さんはそう叫ぶと、私を通りへと引きずり出す。もともと天幻神社のある通りは人気が少ないのに、どこから現れたのだろう、ちらほらと通行人が集まってくる。
「うた乃、誤解だよ」
あわてて階段を駆け降りてきた伊佐太さんに、彼女はひどく怒る。
「誤解って何よ。香代さんと楽しそうにあんぱんなんて食べて。私がこの着物を選んだとき、似合うねって言ってくれたのは香代さんと似てたからなんでしょう?」
「何言って……」
うた乃さんは、困惑する伊佐太さんから私へと目を移す。
「香代さんの結婚が全然決まらないって藤城さんが嘆いていたのは、こういうことだったんですね」
「えー……」
結婚が決まらないなんて失礼な、と思いつつ、事実でもあるから強い反論ができなくて気まずい。
「伊佐太さんは渡しません。潔く身を引いてください」
「身を引けって言われても……」
「うた乃、やめないか。みっともないよ」
さとそうとする伊佐太さんの手をうた乃さんがはねのけると、通行人の野次馬がひそひそ話す。
「ありゃあ、破談続きの藤城屋の娘じゃないか」
「藤城屋の娘と呉服屋の娘が男を取り合ってるぞ」
「どっちも手に負えねぇって有名だよな」
あははは、と笑う野次馬には肩身が狭くなる。好きなことを口々に言うものだ。恥ずかしくてたまらない。
「だって、伊佐太さん、最近ずっとおかしいじゃない。すごくやせてしまって、何か思い悩んでるんじゃないかって心配してたのに……」
「うた乃……」
「私はいや。伊佐太さんがいやでも、別れません」
半泣きになるうた乃さんに、思わず言ってしまう。
「伊佐太さんがいやがってるなら、無理強いするのはおかしいです」
「何を言うの」
じろりとにらまれて、肩をすくめる。
「あ……、違うの。いやがってはないんですけど」
「あたりまえです。心苦しいほどに伊佐太さんに焦がれているのは私の方です」
胸を張って、堂々と思いを告げてくるから、聞いてる私が真っ赤になってしまう。
私はこんな風に清人さんを想えてないだろう。胸が苦しくなる経験はしたことなくて。それはそうと……どうして、清人さんが出てくるんだろう。まだ結婚するなんて決めてないのに。というか、まだって何。結婚しないって思ってるのに。
「伊佐太さん、どうされるの。私と香代さん、どちらがお好きなんですか」
悶々と考えてるうちに、うた乃さんが伊佐太さんに詰め寄る。
「それはもちろん……」
彼が当然の返答をしようとしたとき、野次馬がざわついた。
「しきよみ亭の清人だ」
「珍しい。四季さんが出てくるなんてな」
えっ? と顔をあげると、周囲のざわめきなどどこ吹く風の清人さんが目の前に来ていた。いつの間に……。
「香代さん、戻りましょうか」
「え……、戻るって」
手を差し伸べてくる清人さんに戸惑っていると、うた乃さんが奇妙な表情で彼を見上げる。
「あなたが、しきよみ亭の四季さん」
はじめて清人さんに会うのだろう。珍しい髪や瞳の色に圧倒されたのか、彼女の怒りが失せていくみたい。
とっさに、清人さんの手を取っていた。私以外の娘の目に、見目麗しい彼が映っているのは不安だった。
手を握り返してきた彼は、そのまま私を胸に引き寄せた。野次馬がどよめく。そして、驚いたのはうた乃さんも同じだった。
「え、どういうご関係?」
「香代さんは俺の妻です」
「えっ、妻って……!」
そう叫んだのは、私だった。顔を見合わせるうた乃さんと伊佐太さんの前で、涼やかな笑顔でますます私を抱き寄せる清人さんはささやく。
「恥ずかしがる必要はないのですよ。人には話せないようなことをした仲ではありませんか」
「あ、あ……な、何を言うんですかっ」
「本当に素直でない方だ」
清人さんは不服そうに言うと、私を抱いたまま、くるりと向きを変えて歩き出す。
「あっ、四季さんっ? 伊佐太さん、どういうこと?」
うた乃さんがあわてふためくと、清人さんはぴたりと足を止めて振り返った。
「おふたりそろって、天幻神社へ行かれると良いでしょう。天幻の神は縁結びの神ですから」
そう言って、ふたたびさっさと歩き出す彼に引きずられる私の後ろから、伊佐太さんの明るい声がする。
「うた乃、行こう。お賽銭、弾まないとな」
うた乃さんはすぐに離してくれたけど、つかまれた手首がじんじんと痛む。伊佐太さんは「大丈夫?」と、手首をさする私を気づかう。
私たちが親密に見えたのだろう。彼女の目がますますつり上がる。せっかくの美人が台無し。
「浮気は許さないんだからっ」
「えぇっ!」
驚く私などおかまいなしに、うた乃さんはそう叫ぶと、私を通りへと引きずり出す。もともと天幻神社のある通りは人気が少ないのに、どこから現れたのだろう、ちらほらと通行人が集まってくる。
「うた乃、誤解だよ」
あわてて階段を駆け降りてきた伊佐太さんに、彼女はひどく怒る。
「誤解って何よ。香代さんと楽しそうにあんぱんなんて食べて。私がこの着物を選んだとき、似合うねって言ってくれたのは香代さんと似てたからなんでしょう?」
「何言って……」
うた乃さんは、困惑する伊佐太さんから私へと目を移す。
「香代さんの結婚が全然決まらないって藤城さんが嘆いていたのは、こういうことだったんですね」
「えー……」
結婚が決まらないなんて失礼な、と思いつつ、事実でもあるから強い反論ができなくて気まずい。
「伊佐太さんは渡しません。潔く身を引いてください」
「身を引けって言われても……」
「うた乃、やめないか。みっともないよ」
さとそうとする伊佐太さんの手をうた乃さんがはねのけると、通行人の野次馬がひそひそ話す。
「ありゃあ、破談続きの藤城屋の娘じゃないか」
「藤城屋の娘と呉服屋の娘が男を取り合ってるぞ」
「どっちも手に負えねぇって有名だよな」
あははは、と笑う野次馬には肩身が狭くなる。好きなことを口々に言うものだ。恥ずかしくてたまらない。
「だって、伊佐太さん、最近ずっとおかしいじゃない。すごくやせてしまって、何か思い悩んでるんじゃないかって心配してたのに……」
「うた乃……」
「私はいや。伊佐太さんがいやでも、別れません」
半泣きになるうた乃さんに、思わず言ってしまう。
「伊佐太さんがいやがってるなら、無理強いするのはおかしいです」
「何を言うの」
じろりとにらまれて、肩をすくめる。
「あ……、違うの。いやがってはないんですけど」
「あたりまえです。心苦しいほどに伊佐太さんに焦がれているのは私の方です」
胸を張って、堂々と思いを告げてくるから、聞いてる私が真っ赤になってしまう。
私はこんな風に清人さんを想えてないだろう。胸が苦しくなる経験はしたことなくて。それはそうと……どうして、清人さんが出てくるんだろう。まだ結婚するなんて決めてないのに。というか、まだって何。結婚しないって思ってるのに。
「伊佐太さん、どうされるの。私と香代さん、どちらがお好きなんですか」
悶々と考えてるうちに、うた乃さんが伊佐太さんに詰め寄る。
「それはもちろん……」
彼が当然の返答をしようとしたとき、野次馬がざわついた。
「しきよみ亭の清人だ」
「珍しい。四季さんが出てくるなんてな」
えっ? と顔をあげると、周囲のざわめきなどどこ吹く風の清人さんが目の前に来ていた。いつの間に……。
「香代さん、戻りましょうか」
「え……、戻るって」
手を差し伸べてくる清人さんに戸惑っていると、うた乃さんが奇妙な表情で彼を見上げる。
「あなたが、しきよみ亭の四季さん」
はじめて清人さんに会うのだろう。珍しい髪や瞳の色に圧倒されたのか、彼女の怒りが失せていくみたい。
とっさに、清人さんの手を取っていた。私以外の娘の目に、見目麗しい彼が映っているのは不安だった。
手を握り返してきた彼は、そのまま私を胸に引き寄せた。野次馬がどよめく。そして、驚いたのはうた乃さんも同じだった。
「え、どういうご関係?」
「香代さんは俺の妻です」
「えっ、妻って……!」
そう叫んだのは、私だった。顔を見合わせるうた乃さんと伊佐太さんの前で、涼やかな笑顔でますます私を抱き寄せる清人さんはささやく。
「恥ずかしがる必要はないのですよ。人には話せないようなことをした仲ではありませんか」
「あ、あ……な、何を言うんですかっ」
「本当に素直でない方だ」
清人さんは不服そうに言うと、私を抱いたまま、くるりと向きを変えて歩き出す。
「あっ、四季さんっ? 伊佐太さん、どういうこと?」
うた乃さんがあわてふためくと、清人さんはぴたりと足を止めて振り返った。
「おふたりそろって、天幻神社へ行かれると良いでしょう。天幻の神は縁結びの神ですから」
そう言って、ふたたびさっさと歩き出す彼に引きずられる私の後ろから、伊佐太さんの明るい声がする。
「うた乃、行こう。お賽銭、弾まないとな」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる