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第二話 忘れられたかぐや姫

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 長い文面が目に飛び込んでくる。せいいっぱい綺麗に書いたのだろうと、誠実さの感じられるぎこちない文字が並んでいる。男の人の文字だということは、ひとめでわかった。


_______

日高幸子さんへ


 最初に日高さんに謝らなければなりません。ごめんなさい。

 はじめてお会いした日、日高さんはスタープリンセスの改訂版を購入されていましたね。

 改訂前の本はないのかと調べましたら、たまたまネットオークションに出品されていました。とても好きな本のようでしたので、送らせていただきます。

 カフェでお茶をしましょうとお誘いしましたが、どうしても都合がつかず、行けなくなりました。

 日高さんはとても誠実な方のようですので、今でも俺を待っているのではないかと気がかりです。もうお目にかかることはできませんが、日高さんにお会いできてよかったと思っています。

 お詫びといってはなんですが、ネックレスを同封しました。日高さんに似合うと思います。

 それでは。


 3月10日 伊坂いさか久史ひさしより

_______


 ああ……と小さなため息が心の中に漏れた。

 伊坂さんにはもう会えないのだという思いと、何か期待してたんだろうかっていう恥ずかしさからのものだった。

 便箋をたたんで、茶封筒の消印を確認した。消印は、3月17日になっている。手紙を書いてから出すまで1週間かかっている。

 レジ横に置いてあるスケジュール帳を開く。伊坂さんとカフェでお茶する約束をしていたのは3月12日だった。内容からすると、10日には約束が守れないとわかっていたみたいだった。

 あの日、私はカフェ・ド・シュシュの前で伊坂さんをずっと待っていた。1時間……2時間と経ち、何かあったかもしれないと心配しつつ、からかわれたかもしれないって同時に思っていた。

 でも違った。伊坂さんはこうして、きちんと手紙をくれていた。数回偶然出会って、少しお話をしただけだったけど、やっぱり優しい人だったとわかっただけでじゅうぶんだろう。

 カレンダーに視線を移す。今はもう6月。三ヶ月も珠美の部屋に置かれていたみたい。

 しかし、伊坂さんはどうして私の住所を知っていたのだろう。

 珠美の暮らす家は、私の生まれ育った家。学生時代の友人は、たまに実家へ手紙を寄越すけれど、新しく知り合った人にはお話やの住所を伝えている。

 伊坂さんはそのどちらでもない。実家の住所も、お話やの住所も伝えていない。お互いに知っているのは、名前だけのはずだった。

 茶封筒にも手紙にも、伊坂さんの住所は書かれていない。もう連絡を取り合うことはない。その決意が見えるようだった。

 私は透明フィルムを引き寄せた。中に入っているのは、ネックレスなのだろう。簡単に包装されたそれを取り出す。

「きれい……」

 ネックレスのチェーンをつまんで、目の前にかかげる。

 星の形をしたトップには、パールが上品に施されている。スタープリンセスを意識したのはすぐにわかった。シンプルなデザインなのに、どこか独創的な形をしてる。私のために選んでくれたんだろうって、嘘でも信じたくなるネックレスだった。

 立ち上がると、店内に進んだ。

 壁に取り付けられた鏡の前に立ち、ネックレスをはめる。

 似合うのかは、正直よくわからなかった。アクセサリーはあまり好んでつけない。どれだけ飾っても、中身のない私が魅力的に映ることはないだろうって思ってた。

 すぐにネックレスはブラウスの中へ隠した。ちょっと恥ずかしかった。はじめて男性からプレゼントをもらったから、戸惑いの方が大きかった。

 私は伊坂さんが好きだっただろうか。そう考えて、ちょっと首を振る。

 なんとなく気になる存在ではあったけど、やっぱり恋ではない気がする。偶然出会って、少しお話をした。お話やを利用するお客様とたいした違いはない気もした。

 伊坂さんの手紙をスタープリンセスに挟んで、カウンターの下へ戻した。店内に並べることはないだろう。書籍コーナーのスタープリンセスは、表紙のないもののままでいい。

 彼から送られてきたスタープリンセスは、大切に部屋へ飾ろう。彼の心を、誰にも触れられない場所に、置いておこうと思った。
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