5 / 37
第一話 さまよう白雪姫
5
しおりを挟む
***
定休日の木曜、真結さんが『お話や』にやってきた時、私は裁縫をしていた。
「ポーチ、作ってるんですか?」
入店直後は深刻そうだった彼女も、カウンター越しに裁縫道具を見つけるや否や、興味津々に目を輝かせた。
「趣味が高じて、販売もしてるんです」
「趣味がお仕事になるっていいですね」
「お料理も運動も苦手だし、ほかにはなんにもできないんですけど」
「何か一つでも、できるって、すごいと思います」
口下手な印象のある真結さんだけど、彼女はすんなり私の懐へ飛び込んでくる。私の方がやっぱり人見知り。
「真結さんは?」
思い切って尋ねてみる。
「私は……勉強ぐらい。要領さえつかめば、誰でもできちゃうローリスクな。そういうの、趣味って言うのかな」
真結さんは肩をすぼめ、自虐的に笑うと、店内に目をそらす。あんまり深く話したくないみたい。
「雑貨コーナーに、手作りの作品並べてるんです。よかったら、見てください」
「この辺りの商品、全部ですか?」
真結さんの指が円を描く。笑顔でうなずくと、彼女は島になってるテーブルの上を眺め始める。
ハンカチ1枚からショルダーバッグまで、さまざま。最近は出産祝用にと、新生児向けのラトルや帽子、スタイも用意している。どれも、素材や作りにこだわっている。
「かわいいものばかりですね」
そう言って、真結さんはラトルを手に取り、優しく振る。からからと鳴る小さな音は、私たちしかいない店内に心地よく広がる。
「こういうの見てると、赤ちゃんってかわいいんだろうなぁって思ったりするんですけど」
ラトルを握って喜ぶ赤ちゃん。口の周りを汚す赤ちゃん。目深に帽子をかぶって、ママやパパの腕に抱かれて散歩する赤ちゃん。
商品を作るとき、私も想像するから、真結さんの気持ちはよくわかる。
「でも、美化ですよね、そういうの」
彼女は息をついて、ラトルを元あった場所に戻す。
「ほんとは全然かわいくないんじゃないかって思ったりするんです。夜泣きするし、気に入らないと癇癪起こすし、疲れてるのに遊んで遊んでって来ると、もうやめて……ひとりにして……って、なるんですよね?」
悲しそうに笑って同意を求める彼女を、カウンター席に案内する。
「すみません。変なこと言って」
後悔するように息をつく彼女の前に、ドリンクのメニュー表を差し出す。
「何か飲みますか? それとも、お水でよければ、お出しできますよ」
「確か、ドリンク一杯サービスになるんですよね? 今日は、おはなしを聞いてもらいたいと思って」
財布から千円札を取り出した彼女は、カウンターにあるトレイへ乗せる。私は静かにトレイを受け取って、「カフェほど種類はないんですけど」と、メニュー表を開いた。
彼女はホットミルクを注文した。甘めがいいという。きっとちょっと疲れてるのかもしれない。
すぐにミルクを温めて、アキノのクッキーを小皿に盛る。プレートに乗せて運ぶと、ちょっとしたカフェに来たような気分になれるはず。その実、真結さんは喜んでくれた。これで千円なんて安くありません? なんて心配までして。
「さっきの話、驚いたでしょう?」
ミルクをひと口のんだ彼女は、どこか自信なさげに笑った。
「赤ちゃんはきっとかわいいですよ。でも、自分の赤ちゃんは違うんですよね。かわいさも、何もかも」
「失礼だけど、店主さんは結婚されてるの?」
「結婚も、赤ちゃんも無縁かなって思ってます。あ、でも、姪はいるんですよ」
姉にはふたり子どもがいる。どちらも女の子。姉に似て、聞き分けがいいから、全然手がかからないらしい。それでも、苛立つことはあるようだ。
「結婚されないの?」
「したくないっていうより、したくても相手がいないっていうか。このお店を始める前はそう思ってたんですけど、今は考えたりもしてないんです」
「お仕事、楽しいんですね」
「そうかもしれないです。その点は恵まれてるのかも」
美しい容姿も、男性を楽しませる話術も身につけられなかったけど、私には店がある。
「店主さんのこと羨ましいって思うけど、結婚したい人は私のこと羨ましいって言うんです」
「ご結婚されてるんですね」
「赤ちゃんも、います」
真結さんはそっとお腹に手を当てる。
彼女の告白は、すんなりと腑に落ちた。おしゃれで可愛らしいワンピースと足元のスニーカーのアンバランスさに、違和感を覚えていたからだろう。意識して見てみると、ほんの少しお腹にふくらみもあるようだった。
「おめでとうございます」
ありきたりなお祝いの言葉を口にする。真結さんはちょっとだけほほえんで、すぐに目を伏せた。
「おめでたいのかな……。私なんか、母になる資格ないのに」
苦しそうにうつむく真結さんにかける言葉を見つけられず、黙って見守った。
「私、略奪婚だったんです」
ようやく顔を上げ、声をふりしぼった彼女の口もとは震えていた。嘲笑するような目をするのは、負い目を感じ、恥じているからだろう。
定休日の木曜、真結さんが『お話や』にやってきた時、私は裁縫をしていた。
「ポーチ、作ってるんですか?」
入店直後は深刻そうだった彼女も、カウンター越しに裁縫道具を見つけるや否や、興味津々に目を輝かせた。
「趣味が高じて、販売もしてるんです」
「趣味がお仕事になるっていいですね」
「お料理も運動も苦手だし、ほかにはなんにもできないんですけど」
「何か一つでも、できるって、すごいと思います」
口下手な印象のある真結さんだけど、彼女はすんなり私の懐へ飛び込んでくる。私の方がやっぱり人見知り。
「真結さんは?」
思い切って尋ねてみる。
「私は……勉強ぐらい。要領さえつかめば、誰でもできちゃうローリスクな。そういうの、趣味って言うのかな」
真結さんは肩をすぼめ、自虐的に笑うと、店内に目をそらす。あんまり深く話したくないみたい。
「雑貨コーナーに、手作りの作品並べてるんです。よかったら、見てください」
「この辺りの商品、全部ですか?」
真結さんの指が円を描く。笑顔でうなずくと、彼女は島になってるテーブルの上を眺め始める。
ハンカチ1枚からショルダーバッグまで、さまざま。最近は出産祝用にと、新生児向けのラトルや帽子、スタイも用意している。どれも、素材や作りにこだわっている。
「かわいいものばかりですね」
そう言って、真結さんはラトルを手に取り、優しく振る。からからと鳴る小さな音は、私たちしかいない店内に心地よく広がる。
「こういうの見てると、赤ちゃんってかわいいんだろうなぁって思ったりするんですけど」
ラトルを握って喜ぶ赤ちゃん。口の周りを汚す赤ちゃん。目深に帽子をかぶって、ママやパパの腕に抱かれて散歩する赤ちゃん。
商品を作るとき、私も想像するから、真結さんの気持ちはよくわかる。
「でも、美化ですよね、そういうの」
彼女は息をついて、ラトルを元あった場所に戻す。
「ほんとは全然かわいくないんじゃないかって思ったりするんです。夜泣きするし、気に入らないと癇癪起こすし、疲れてるのに遊んで遊んでって来ると、もうやめて……ひとりにして……って、なるんですよね?」
悲しそうに笑って同意を求める彼女を、カウンター席に案内する。
「すみません。変なこと言って」
後悔するように息をつく彼女の前に、ドリンクのメニュー表を差し出す。
「何か飲みますか? それとも、お水でよければ、お出しできますよ」
「確か、ドリンク一杯サービスになるんですよね? 今日は、おはなしを聞いてもらいたいと思って」
財布から千円札を取り出した彼女は、カウンターにあるトレイへ乗せる。私は静かにトレイを受け取って、「カフェほど種類はないんですけど」と、メニュー表を開いた。
彼女はホットミルクを注文した。甘めがいいという。きっとちょっと疲れてるのかもしれない。
すぐにミルクを温めて、アキノのクッキーを小皿に盛る。プレートに乗せて運ぶと、ちょっとしたカフェに来たような気分になれるはず。その実、真結さんは喜んでくれた。これで千円なんて安くありません? なんて心配までして。
「さっきの話、驚いたでしょう?」
ミルクをひと口のんだ彼女は、どこか自信なさげに笑った。
「赤ちゃんはきっとかわいいですよ。でも、自分の赤ちゃんは違うんですよね。かわいさも、何もかも」
「失礼だけど、店主さんは結婚されてるの?」
「結婚も、赤ちゃんも無縁かなって思ってます。あ、でも、姪はいるんですよ」
姉にはふたり子どもがいる。どちらも女の子。姉に似て、聞き分けがいいから、全然手がかからないらしい。それでも、苛立つことはあるようだ。
「結婚されないの?」
「したくないっていうより、したくても相手がいないっていうか。このお店を始める前はそう思ってたんですけど、今は考えたりもしてないんです」
「お仕事、楽しいんですね」
「そうかもしれないです。その点は恵まれてるのかも」
美しい容姿も、男性を楽しませる話術も身につけられなかったけど、私には店がある。
「店主さんのこと羨ましいって思うけど、結婚したい人は私のこと羨ましいって言うんです」
「ご結婚されてるんですね」
「赤ちゃんも、います」
真結さんはそっとお腹に手を当てる。
彼女の告白は、すんなりと腑に落ちた。おしゃれで可愛らしいワンピースと足元のスニーカーのアンバランスさに、違和感を覚えていたからだろう。意識して見てみると、ほんの少しお腹にふくらみもあるようだった。
「おめでとうございます」
ありきたりなお祝いの言葉を口にする。真結さんはちょっとだけほほえんで、すぐに目を伏せた。
「おめでたいのかな……。私なんか、母になる資格ないのに」
苦しそうにうつむく真結さんにかける言葉を見つけられず、黙って見守った。
「私、略奪婚だったんです」
ようやく顔を上げ、声をふりしぼった彼女の口もとは震えていた。嘲笑するような目をするのは、負い目を感じ、恥じているからだろう。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる