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第一話 さまよう白雪姫

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 定休日の木曜、真結さんが『お話や』にやってきた時、私は裁縫をしていた。

「ポーチ、作ってるんですか?」

 入店直後は深刻そうだった彼女も、カウンター越しに裁縫道具を見つけるや否や、興味津々に目を輝かせた。

「趣味が高じて、販売もしてるんです」
「趣味がお仕事になるっていいですね」
「お料理も運動も苦手だし、ほかにはなんにもできないんですけど」
「何か一つでも、できるって、すごいと思います」

 口下手な印象のある真結さんだけど、彼女はすんなり私の懐へ飛び込んでくる。私の方がやっぱり人見知り。

「真結さんは?」

 思い切って尋ねてみる。

「私は……勉強ぐらい。要領さえつかめば、誰でもできちゃうローリスクな。そういうの、趣味って言うのかな」

 真結さんは肩をすぼめ、自虐的に笑うと、店内に目をそらす。あんまり深く話したくないみたい。

「雑貨コーナーに、手作りの作品並べてるんです。よかったら、見てください」
「この辺りの商品、全部ですか?」

 真結さんの指が円を描く。笑顔でうなずくと、彼女は島になってるテーブルの上を眺め始める。

 ハンカチ1枚からショルダーバッグまで、さまざま。最近は出産祝用にと、新生児向けのラトルや帽子、スタイも用意している。どれも、素材や作りにこだわっている。

「かわいいものばかりですね」

 そう言って、真結さんはラトルを手に取り、優しく振る。からからと鳴る小さな音は、私たちしかいない店内に心地よく広がる。

「こういうの見てると、赤ちゃんってかわいいんだろうなぁって思ったりするんですけど」

 ラトルを握って喜ぶ赤ちゃん。口の周りを汚す赤ちゃん。目深に帽子をかぶって、ママやパパの腕に抱かれて散歩する赤ちゃん。

 商品を作るとき、私も想像するから、真結さんの気持ちはよくわかる。

「でも、美化ですよね、そういうの」

 彼女は息をついて、ラトルを元あった場所に戻す。

「ほんとは全然かわいくないんじゃないかって思ったりするんです。夜泣きするし、気に入らないと癇癪かんしゃく起こすし、疲れてるのに遊んで遊んでって来ると、もうやめて……ひとりにして……って、なるんですよね?」

 悲しそうに笑って同意を求める彼女を、カウンター席に案内する。

「すみません。変なこと言って」

 後悔するように息をつく彼女の前に、ドリンクのメニュー表を差し出す。

「何か飲みますか? それとも、お水でよければ、お出しできますよ」
「確か、ドリンク一杯サービスになるんですよね? 今日は、おはなしを聞いてもらいたいと思って」

 財布から千円札を取り出した彼女は、カウンターにあるトレイへ乗せる。私は静かにトレイを受け取って、「カフェほど種類はないんですけど」と、メニュー表を開いた。

 彼女はホットミルクを注文した。甘めがいいという。きっとちょっと疲れてるのかもしれない。

 すぐにミルクを温めて、アキノのクッキーを小皿に盛る。プレートに乗せて運ぶと、ちょっとしたカフェに来たような気分になれるはず。その実、真結さんは喜んでくれた。これで千円なんて安くありません? なんて心配までして。

「さっきの話、驚いたでしょう?」

 ミルクをひと口のんだ彼女は、どこか自信なさげに笑った。

「赤ちゃんはきっとかわいいですよ。でも、自分の赤ちゃんは違うんですよね。かわいさも、何もかも」
「失礼だけど、店主さんは結婚されてるの?」
「結婚も、赤ちゃんも無縁かなって思ってます。あ、でも、姪はいるんですよ」

 姉にはふたり子どもがいる。どちらも女の子。姉に似て、聞き分けがいいから、全然手がかからないらしい。それでも、苛立つことはあるようだ。

「結婚されないの?」
「したくないっていうより、したくても相手がいないっていうか。このお店を始める前はそう思ってたんですけど、今は考えたりもしてないんです」
「お仕事、楽しいんですね」
「そうかもしれないです。その点は恵まれてるのかも」

 美しい容姿も、男性を楽しませる話術も身につけられなかったけど、私には店がある。

「店主さんのこと羨ましいって思うけど、結婚したい人は私のこと羨ましいって言うんです」
「ご結婚されてるんですね」
「赤ちゃんも、います」

 真結さんはそっとお腹に手を当てる。

 彼女の告白は、すんなりとに落ちた。おしゃれで可愛らしいワンピースと足元のスニーカーのアンバランスさに、違和感を覚えていたからだろう。意識して見てみると、ほんの少しお腹にふくらみもあるようだった。

「おめでとうございます」

 ありきたりなお祝いの言葉を口にする。真結さんはちょっとだけほほえんで、すぐに目を伏せた。

「おめでたいのかな……。私なんか、母になる資格ないのに」

 苦しそうにうつむく真結さんにかける言葉を見つけられず、黙って見守った。

「私、略奪婚だったんです」

 ようやく顔を上げ、声をふりしぼった彼女の口もとは震えていた。嘲笑するような目をするのは、負い目を感じ、恥じているからだろう。
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