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27話 真実
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「あんたの世界に、人間がどう頑張っても殺せない生物はいた?」
ナナヤ女神がダンジョンシステムの製作者である。その事実に驚きのあまり黙り込んだ俺に対して、ナナヤ女神がそんなことを尋ねた。
「……いませんでした」
質問の意図も分からないまま、答える。俺が知る限りはという条件付きではあるが、人間が兵器を持ち出せば狩ることができない生物などいないはずだ。
俺がそう端的に答えると彼女は、「でしょうね」と、小さく呟いた。
「ま、結局「淘汰圧による生物の進化」程度、「人間の科学の進歩」には敵わないのよね。だから、人間にモンスターを進化させる。それがダンジョンというモンスターのコンセプトデザインよ」
彼女はそういうと、俺がいつもダンジョンで見ているものと同じデザインのウインドウを空中に出し、何やら文字のようなものを表示させた。
……俺はダンジョンが「人を殺すための設備」だと思っていたが、どうやら「モンスターが人間に負けないための設備」と考えた方が正確なようだ。
「あの……どうしてダンジョンシステムをお作りになったんですか?」
しかし、それ含めてナナヤ女神にどんな得があるのかがわからなかった俺は、改めて聞いてみる。
「それ、二個目の質問でいい?」
しかし、彼女はいたずらをした子供のような顔で、俺に聞いた。
「いえ、失礼しました」
そう言われちゃそれを追求するわけにもいかないが……。
「……ま、あんたは自分を神様同士の陣取り合戦の駒だと考えておきなさい。神からの介入は心配しなくていいわ。ただ他のダンジョンマスターを殺し、のし上がりなさい」
と、彼女は締めの一言として有無を言わさず命令を放った。
それが俺の一つ目の質問である「どうして人間を統べなければいけないのか」という問いの答えということなのだろう。
「それじゃ、二つ目の質問です。どうして僕なんですか?」
……他にもっと聞くべきことはあったのかもしれないが、今までの話をきいて俺がはっきりさせたいと思ったことはそれだけだった。
俺はもともと、ナバルビ女神が俺を振った代わりに新たな生き方としてダンジョンマスターを任せてくれたんだと思っていた。
モンスター達を女神にしたいと思ったのは俺の勝手だったとしても、何か生き甲斐をダンジョン内に見出すことを期待してくれているのだと、そう思っていたのだ。
しかし今までの話をきくと、女神達は女神達で切羽詰まっていて、何か必要に駆られて俺が呼ばれたのではないかという気がしたのだ。
この事を聞いたところで、ナバルビ女神に全てを捧げる契約をした俺に、何か出来ることがあるわけじゃないが。
……あるいはナバルビ女神やナナヤ女神から、俺が必要なのだと言ってほしかったのかもしれない。「あんたが頼りだから」……なんて言ってくれれば俺はやる気を最大限出して働けたのだろう。
けれど、紡がれた彼女の言葉はそんな告白とは程遠いとても回りくどいものだった。
「なんで代理戦争をするときに、神は自分の駒である人間にめちゃくちゃ強い加護を与えたりしないと思う?」
俺の質問に対しての返事は、これまた質問で行われたのだ。
「……いえ、分かりません」
確かに、ダンジョンマスターにして放置するだけではなくもっと介入した方がいいように思える。
「神は、必要以上の加護を人間に与えてはいけないの。だって、そうじゃない。いくら人間が好きだって言っても、召使いにするために作った人間を、自分がお世話をしちゃ世話ないでしょ」
「それは……そうですね」
相槌はしたものの、正直神様の価値観はよく分からなかった。命がかかったことなんだし、そんなこと言っている場合ではないと思うが。
「神にも議会みたいなのが最近できてね。明らかにおかしいと過半数が思うようなことは禁止されることになったの。その議会で、「人間に与えるものと受け取るもののはイコールじゃないとならない」という契約ができたのよね」
「……そうなんですか」
「おかしいと思うでしょ。ルールで雁字搦めなの、今の私達。あらゆる苦難を退ける力を持ち、不老不死の神である私達がよ?身内の裏切りを恐れてね。……その数多くある縛りのなか、自分の権力を最大にするため一番有益な戦略が、ダンジョンマスターを育てて人間の王にすることだったわけ」
彼女は色々と思うことがあったのか、諦観に満ちた笑い声をふふっ、と漏らした。
「それで質問の答えね。その縛りのなかで、一番強いのがあんただと、お母さんは思っていたのよ」
そして俺の方を見て、口元は緩ませたまま目だけはどこか責めるような鋭さを含めて言った。
申し訳ないが俺にはなんのことかさっぱりである。
「あの時ばかりは私も馬鹿だったと認めざるを得ないわ。数値上のものばかり追いかけて、お母さんを信じて、あんたみたいな人間がどんだけ愚かか忘れてた」
けれど、俺のことを責めていたその視線は、すぐに自分自身に向けられたようだった。
「……等価交換として強い加護を与えたければ、代理として異世界から招いた人間にできるだけ大きいものを捧げさせる必要がある。だから、大抵の神は異世界の信者に命を捧げさせることで強力な加護を与え、ダンジョンマスターとしてこき使っているわ」
確かに大抵の人間は命より大切なものなどないだろうし、多くのダンジョンマスターの持つ加護というものは命一つ分の加護で統一されているということだろうか。
「でも、あんたは命より恋を求めていた。正真正銘、恋が出来たら命なんてどうなっていいと思っていたの…………だからその分、あんたが初恋をお母さんに捧げることで授かった加護は、他の連中より強力なものだったはず。それがお母さんがあんたを駒に選んだ理由よ」
彼女はそこまで真剣に話すと、ふっと力の抜けた笑顔を作った。
「ま、あんたは優しすぎてダンジョンマスターには向いてなかったけどね。さっきまでの十年は、本当にもどかしかったわ。あんたより弱いはずのダンジョンマスターまで、あちこちの国の上層部に食い込んでいったんだもん」
……俺はてっきり、ダンジョンは神様の遊びや思いつき、気まぐれの善意にすぎないと思っていた。
けれど、実際にはナバルビ女神やナナヤ女神が、俺に命運の一部を託していたのだ。
「本当に申し訳ございませんでした」
自分でも驚くくらい情けない声が出た。
「人間に期待した私が馬鹿だったって言ったでしょ……ていうかあんた、自分が騙されて従わされてるって状況分かってる?お母さんがあんたに捧げさせた初恋は、偽りのものだったのよ?大体、恋したいって人間を壁画に惚れさせるなんて無茶苦茶なのよ」
そういう彼女は、お節介な母に怒るただの少女のようにも見えた。
確かに結果として見れば俺は騙されているのだろうな。
そしてそれをきちんと伝えてくるナナヤ女神は、正直な人なんだなと思った。
「……確かに、今その話を聞いて、恋をしてみたいと思ってた当時の気持ちが蘇ってはきました。けれど、ナバルビ女神様のおかげで前世の俺が生きてこられたことは事実ですし、ダンジョンマスターとしてモンスター達と生きた楽しい日々が、ナバルビ女神様に惚れたおかげによるものだというのも事実です」
これは俺の本心だったし、喋っている俺の心はどこまでも晴れやかなものだった。
しかし、ナナヤ女神は俺の言葉を聞いて一言、「きしょ」と呟いた。
ひどい。と思ったがナバルビ女神は彼女のお母さんなのだった。それはきしょいか。
「私からも質問よろしいでしょうか。ダンジョンマスターには人里で受け入れられない呪いがかかっていたはずです。だというのに、どうやって人間の王になるのですか」
話の切れ目に、ジャクリーンさんが質問をした。
そもそも俺は、ダンジョンマスターが人里で受け入れられない事自体知らなかったのだが。
「それね。もともとは、ダンジョンマスターに据えた人間がダンジョンほっぽり出して人に迎合しないように、かけた呪いなんだけど……」
ナナヤ女神はハンドクリームが見当たらなくて悩んでいる……くらいの温度感で、困っていることを演出した。
「でもね。呪いっていうのは大抵祓い方があるもんよ。神の加護を得れば、私の呪いを祓うことも可能なの……もちろん私は、もっと強い呪いもかけれるわよ?でも、やり過ぎてもなんか失敗しそうだし。あんたのとこのマスターは代理戦争用じゃなくて自動で呼び出されたマスターだからね。神の加護もなければそんなもんでしょう」
ナナヤ女神は自身の専門だからだろう。さらさらと得意気に話した。
「……そうですか。ありがとうございます」
ジャクリーンさんが心ここにあらずといった感じで、考え事をしながらお礼を言った。
そういえばジャクリーンさんは、自分のダンジョンマスターは狂ってしまったと言っていた。彼女はそのことに、まだ未練を持っているのだろうか。
「最後の質問は、その。ございません」
恐らくジャクリーンさんは、言いたいことも聞きたいことも腐るほどあっただろう。
けれど、それは俺の物語が進行中であるこの場でするには個人的すぎる質問だと考えたのか、質問を止めてしまったのだった。
「あ、そう」
ナナヤ女神はそんな気遣いを無視したのか気付かなかったのか、彼女の方を見ることすらなかった。
「さ、質問は終わりね。じゃあ、お互いに照らし合わせも終わったのだし、契約の譲渡を行いましょうか」
彼女の言葉には仕事を終えたのだという達成感も、ようやく目的を果たせるのだという喜色もなく、ただ事務的な言葉があるのみだった。
「さっきの質問で問題なく、契約譲渡の手続きはできそうだしね」
そして、そんな事を言った。
そこでようやく、俺は転生してすぐに読んだダンジョンコアの説明書を書いた人物がナナヤ女神であることを思い出した。
長ったらしい30ページに渡る、難しい固有名詞だらけの説明書。どこまでもルールにフェアであり、けれど誰にも平等に不親切。それがナナヤ女神の本質。
彼女の言葉に合わせて、俺の胸元が輝き始めた。
「あんた、憶えているわよね。あんたの身代は私のお母さんにあるっていうこと。ナバルビ女神との偽りの恋の末に結んだ、絶対服従の誓い。それは今この時ナバルビ女神により、私に譲渡される。……殺されないため隠れているお母さんに代わってね」
俺の胸に埋まったペンダントが光となって虚空に消え、その代わり俺の胸元には扉の紋章が描かれていく。その扉に描かれているのは蝙蝠と、蠍と……あれは蝿だろうか。
恐らくこれは、ナナヤ女神のシンボルなのだろう。それがナバルビ女神のものと取って代わったのだ。
そして、その文様が再び光を放つ。
+++
契約が譲渡されました。
ナバルビ神の信徒ではなくなりました。
ナナヤ神の信徒となりました。
ナバルビ神の加護を失いました。
ナナヤ神の加護を得ました。
+++
忘れもしない。最初の戦闘をした日に見たポップアップウィンドウを、再び目にする。
「普通、加護の内容は受け取れる人間側が選べるわ。けれど、あんたの場合は私が加護を選ばせてもらうわね……文句言わないでよ。あんたは自分から勝手にそういう契約を結んだんだから」
その瞬間、俺の全身から力が奪われる。頭を支える筋肉が働かず、身体を強く地面に打ち付けたかと思うと、頭上からナナヤ女神の声が響いた。
「悪いわね。別にあんたのことは、人間のなかじゃ嫌いだったわけじゃないけれど……私は私が最速で勝つための手段を取らせてもらうわ」
しかし、自身の痛みのことなんてすぐに吹き飛んでしまった。ナナヤ女神の横にある扉が開いたかと思うと、そこに俺の13人のモンスター達が、鎖に縛られて運ばれてきたのだ。
外傷はないようだが、言葉の自由すらも奪われている。
動かない彼女達を見て、身体中の血がサーッと引いていき、指先から急速に冷えていくのが分かった。
「何をした!」
俺は叫ぶ。こういうときこそ落ち着かなければならないという前世の教訓すら忘れ、力ある限り。
けれど、声にならない声はナナヤには決して届かず、俺が黄金の床を舐めるだけの結果となった。
「言っておくけど、これは天罰なのよ。神に全てを捧げるなんて簡単に言って。女神が自分のために働いてくれたなんて間違いをして。そんな人間はいつかこんな目にあうの……勉強になってよかったわね」
ナナヤ女神がダンジョンシステムの製作者である。その事実に驚きのあまり黙り込んだ俺に対して、ナナヤ女神がそんなことを尋ねた。
「……いませんでした」
質問の意図も分からないまま、答える。俺が知る限りはという条件付きではあるが、人間が兵器を持ち出せば狩ることができない生物などいないはずだ。
俺がそう端的に答えると彼女は、「でしょうね」と、小さく呟いた。
「ま、結局「淘汰圧による生物の進化」程度、「人間の科学の進歩」には敵わないのよね。だから、人間にモンスターを進化させる。それがダンジョンというモンスターのコンセプトデザインよ」
彼女はそういうと、俺がいつもダンジョンで見ているものと同じデザインのウインドウを空中に出し、何やら文字のようなものを表示させた。
……俺はダンジョンが「人を殺すための設備」だと思っていたが、どうやら「モンスターが人間に負けないための設備」と考えた方が正確なようだ。
「あの……どうしてダンジョンシステムをお作りになったんですか?」
しかし、それ含めてナナヤ女神にどんな得があるのかがわからなかった俺は、改めて聞いてみる。
「それ、二個目の質問でいい?」
しかし、彼女はいたずらをした子供のような顔で、俺に聞いた。
「いえ、失礼しました」
そう言われちゃそれを追求するわけにもいかないが……。
「……ま、あんたは自分を神様同士の陣取り合戦の駒だと考えておきなさい。神からの介入は心配しなくていいわ。ただ他のダンジョンマスターを殺し、のし上がりなさい」
と、彼女は締めの一言として有無を言わさず命令を放った。
それが俺の一つ目の質問である「どうして人間を統べなければいけないのか」という問いの答えということなのだろう。
「それじゃ、二つ目の質問です。どうして僕なんですか?」
……他にもっと聞くべきことはあったのかもしれないが、今までの話をきいて俺がはっきりさせたいと思ったことはそれだけだった。
俺はもともと、ナバルビ女神が俺を振った代わりに新たな生き方としてダンジョンマスターを任せてくれたんだと思っていた。
モンスター達を女神にしたいと思ったのは俺の勝手だったとしても、何か生き甲斐をダンジョン内に見出すことを期待してくれているのだと、そう思っていたのだ。
しかし今までの話をきくと、女神達は女神達で切羽詰まっていて、何か必要に駆られて俺が呼ばれたのではないかという気がしたのだ。
この事を聞いたところで、ナバルビ女神に全てを捧げる契約をした俺に、何か出来ることがあるわけじゃないが。
……あるいはナバルビ女神やナナヤ女神から、俺が必要なのだと言ってほしかったのかもしれない。「あんたが頼りだから」……なんて言ってくれれば俺はやる気を最大限出して働けたのだろう。
けれど、紡がれた彼女の言葉はそんな告白とは程遠いとても回りくどいものだった。
「なんで代理戦争をするときに、神は自分の駒である人間にめちゃくちゃ強い加護を与えたりしないと思う?」
俺の質問に対しての返事は、これまた質問で行われたのだ。
「……いえ、分かりません」
確かに、ダンジョンマスターにして放置するだけではなくもっと介入した方がいいように思える。
「神は、必要以上の加護を人間に与えてはいけないの。だって、そうじゃない。いくら人間が好きだって言っても、召使いにするために作った人間を、自分がお世話をしちゃ世話ないでしょ」
「それは……そうですね」
相槌はしたものの、正直神様の価値観はよく分からなかった。命がかかったことなんだし、そんなこと言っている場合ではないと思うが。
「神にも議会みたいなのが最近できてね。明らかにおかしいと過半数が思うようなことは禁止されることになったの。その議会で、「人間に与えるものと受け取るもののはイコールじゃないとならない」という契約ができたのよね」
「……そうなんですか」
「おかしいと思うでしょ。ルールで雁字搦めなの、今の私達。あらゆる苦難を退ける力を持ち、不老不死の神である私達がよ?身内の裏切りを恐れてね。……その数多くある縛りのなか、自分の権力を最大にするため一番有益な戦略が、ダンジョンマスターを育てて人間の王にすることだったわけ」
彼女は色々と思うことがあったのか、諦観に満ちた笑い声をふふっ、と漏らした。
「それで質問の答えね。その縛りのなかで、一番強いのがあんただと、お母さんは思っていたのよ」
そして俺の方を見て、口元は緩ませたまま目だけはどこか責めるような鋭さを含めて言った。
申し訳ないが俺にはなんのことかさっぱりである。
「あの時ばかりは私も馬鹿だったと認めざるを得ないわ。数値上のものばかり追いかけて、お母さんを信じて、あんたみたいな人間がどんだけ愚かか忘れてた」
けれど、俺のことを責めていたその視線は、すぐに自分自身に向けられたようだった。
「……等価交換として強い加護を与えたければ、代理として異世界から招いた人間にできるだけ大きいものを捧げさせる必要がある。だから、大抵の神は異世界の信者に命を捧げさせることで強力な加護を与え、ダンジョンマスターとしてこき使っているわ」
確かに大抵の人間は命より大切なものなどないだろうし、多くのダンジョンマスターの持つ加護というものは命一つ分の加護で統一されているということだろうか。
「でも、あんたは命より恋を求めていた。正真正銘、恋が出来たら命なんてどうなっていいと思っていたの…………だからその分、あんたが初恋をお母さんに捧げることで授かった加護は、他の連中より強力なものだったはず。それがお母さんがあんたを駒に選んだ理由よ」
彼女はそこまで真剣に話すと、ふっと力の抜けた笑顔を作った。
「ま、あんたは優しすぎてダンジョンマスターには向いてなかったけどね。さっきまでの十年は、本当にもどかしかったわ。あんたより弱いはずのダンジョンマスターまで、あちこちの国の上層部に食い込んでいったんだもん」
……俺はてっきり、ダンジョンは神様の遊びや思いつき、気まぐれの善意にすぎないと思っていた。
けれど、実際にはナバルビ女神やナナヤ女神が、俺に命運の一部を託していたのだ。
「本当に申し訳ございませんでした」
自分でも驚くくらい情けない声が出た。
「人間に期待した私が馬鹿だったって言ったでしょ……ていうかあんた、自分が騙されて従わされてるって状況分かってる?お母さんがあんたに捧げさせた初恋は、偽りのものだったのよ?大体、恋したいって人間を壁画に惚れさせるなんて無茶苦茶なのよ」
そういう彼女は、お節介な母に怒るただの少女のようにも見えた。
確かに結果として見れば俺は騙されているのだろうな。
そしてそれをきちんと伝えてくるナナヤ女神は、正直な人なんだなと思った。
「……確かに、今その話を聞いて、恋をしてみたいと思ってた当時の気持ちが蘇ってはきました。けれど、ナバルビ女神様のおかげで前世の俺が生きてこられたことは事実ですし、ダンジョンマスターとしてモンスター達と生きた楽しい日々が、ナバルビ女神様に惚れたおかげによるものだというのも事実です」
これは俺の本心だったし、喋っている俺の心はどこまでも晴れやかなものだった。
しかし、ナナヤ女神は俺の言葉を聞いて一言、「きしょ」と呟いた。
ひどい。と思ったがナバルビ女神は彼女のお母さんなのだった。それはきしょいか。
「私からも質問よろしいでしょうか。ダンジョンマスターには人里で受け入れられない呪いがかかっていたはずです。だというのに、どうやって人間の王になるのですか」
話の切れ目に、ジャクリーンさんが質問をした。
そもそも俺は、ダンジョンマスターが人里で受け入れられない事自体知らなかったのだが。
「それね。もともとは、ダンジョンマスターに据えた人間がダンジョンほっぽり出して人に迎合しないように、かけた呪いなんだけど……」
ナナヤ女神はハンドクリームが見当たらなくて悩んでいる……くらいの温度感で、困っていることを演出した。
「でもね。呪いっていうのは大抵祓い方があるもんよ。神の加護を得れば、私の呪いを祓うことも可能なの……もちろん私は、もっと強い呪いもかけれるわよ?でも、やり過ぎてもなんか失敗しそうだし。あんたのとこのマスターは代理戦争用じゃなくて自動で呼び出されたマスターだからね。神の加護もなければそんなもんでしょう」
ナナヤ女神は自身の専門だからだろう。さらさらと得意気に話した。
「……そうですか。ありがとうございます」
ジャクリーンさんが心ここにあらずといった感じで、考え事をしながらお礼を言った。
そういえばジャクリーンさんは、自分のダンジョンマスターは狂ってしまったと言っていた。彼女はそのことに、まだ未練を持っているのだろうか。
「最後の質問は、その。ございません」
恐らくジャクリーンさんは、言いたいことも聞きたいことも腐るほどあっただろう。
けれど、それは俺の物語が進行中であるこの場でするには個人的すぎる質問だと考えたのか、質問を止めてしまったのだった。
「あ、そう」
ナナヤ女神はそんな気遣いを無視したのか気付かなかったのか、彼女の方を見ることすらなかった。
「さ、質問は終わりね。じゃあ、お互いに照らし合わせも終わったのだし、契約の譲渡を行いましょうか」
彼女の言葉には仕事を終えたのだという達成感も、ようやく目的を果たせるのだという喜色もなく、ただ事務的な言葉があるのみだった。
「さっきの質問で問題なく、契約譲渡の手続きはできそうだしね」
そして、そんな事を言った。
そこでようやく、俺は転生してすぐに読んだダンジョンコアの説明書を書いた人物がナナヤ女神であることを思い出した。
長ったらしい30ページに渡る、難しい固有名詞だらけの説明書。どこまでもルールにフェアであり、けれど誰にも平等に不親切。それがナナヤ女神の本質。
彼女の言葉に合わせて、俺の胸元が輝き始めた。
「あんた、憶えているわよね。あんたの身代は私のお母さんにあるっていうこと。ナバルビ女神との偽りの恋の末に結んだ、絶対服従の誓い。それは今この時ナバルビ女神により、私に譲渡される。……殺されないため隠れているお母さんに代わってね」
俺の胸に埋まったペンダントが光となって虚空に消え、その代わり俺の胸元には扉の紋章が描かれていく。その扉に描かれているのは蝙蝠と、蠍と……あれは蝿だろうか。
恐らくこれは、ナナヤ女神のシンボルなのだろう。それがナバルビ女神のものと取って代わったのだ。
そして、その文様が再び光を放つ。
+++
契約が譲渡されました。
ナバルビ神の信徒ではなくなりました。
ナナヤ神の信徒となりました。
ナバルビ神の加護を失いました。
ナナヤ神の加護を得ました。
+++
忘れもしない。最初の戦闘をした日に見たポップアップウィンドウを、再び目にする。
「普通、加護の内容は受け取れる人間側が選べるわ。けれど、あんたの場合は私が加護を選ばせてもらうわね……文句言わないでよ。あんたは自分から勝手にそういう契約を結んだんだから」
その瞬間、俺の全身から力が奪われる。頭を支える筋肉が働かず、身体を強く地面に打ち付けたかと思うと、頭上からナナヤ女神の声が響いた。
「悪いわね。別にあんたのことは、人間のなかじゃ嫌いだったわけじゃないけれど……私は私が最速で勝つための手段を取らせてもらうわ」
しかし、自身の痛みのことなんてすぐに吹き飛んでしまった。ナナヤ女神の横にある扉が開いたかと思うと、そこに俺の13人のモンスター達が、鎖に縛られて運ばれてきたのだ。
外傷はないようだが、言葉の自由すらも奪われている。
動かない彼女達を見て、身体中の血がサーッと引いていき、指先から急速に冷えていくのが分かった。
「何をした!」
俺は叫ぶ。こういうときこそ落ち着かなければならないという前世の教訓すら忘れ、力ある限り。
けれど、声にならない声はナナヤには決して届かず、俺が黄金の床を舐めるだけの結果となった。
「言っておくけど、これは天罰なのよ。神に全てを捧げるなんて簡単に言って。女神が自分のために働いてくれたなんて間違いをして。そんな人間はいつかこんな目にあうの……勉強になってよかったわね」
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