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4話 マスターの務め
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やっぱりそうか。
俺はコアから這い出ながらそう考えていた。敗北条件にダンジョンマスターの死がなかったからもしやとは思ったが、どうやらモンスター同様コアを破壊されない限り俺は死なないらしい。あの牛……魔物の牛だから魔牛と呼ぼう。魔牛に喰われた痛みはもうなかったが、喰われた瞬間の記憶は残っている。目を閉じていてよかった。そうでなければ、恐怖で立ち直れなかっただろう。魔牛、何故か肉食だったし。
……いや、もう頑張る必要はないのか。あんなのに攻められてしまっては、もう勝てないだろう。
そう思って諦めかけた時だった。眼前に広がるコアルームを見て、2週間ずっと一緒にいたモンスター達の姿を思い出す。コミュニケーションは確かになかったけれど、彼女達は確かに、そこに生きていた。
そうだ。俺にはまだ出来ることはあるはずだ。幸い、うちのモンスター達はみんな外に出ているから、こいつに襲われる心配はない。
このままモンスター達を俺の道連れになんてしてたまるか。俺は復活してすぐに、彼女達が集めた素材を全てコアにぶちこんだ。合計25DPにもなった。
そして、まず契約魔法を取得し、残ったポイント全てを使ってモンスターの強化を始める。産み出したモンスター達を解放するためである。Gランクの彼女達を解放したところですぐに厳しい自然に殺されてしまうかもしれないが、それでもこのまま俺と一緒に死ぬよりはマシだろう。俺は、全力で頭を巡らせた。
あの魔牛がたった50mの廊下を進んでやってくるまでに、少しでも彼女達が外の世界でやっていけるような強化方法を決めなければならない。長く生き残るなら体力か?いや、餌を取るためには攻撃力か……。
迷った末、俺は全員の知力を強化することにした。
それが生き残るために最適な選択なのかは分からない。けれど設計欄に書いた通り、生きていられる間に何か一つでも大切なものを見つけてほしいとそう考えたときに、知性を磨くべきだと思ったのだ。
全員の知力がGランクからFランクにまで上昇したことを確認すると、俺は契約魔法を発動する。
「『対象は全モンスター』『契約の神シャンナムに乞い願う』『陽光は貴方の目であり腕である』『サルカルキド・サルカルキド』『捨てられしものは捧げられしもの』『ダンジョンモンスター契約解除』」
契約が切れただけなのだから当然なのだが俺の身体には何の現象も感じられない。今、俺の心にあるのは、ただ彼女達の前途の無事を祈る心のみだった。
「これでお別れだ。今までありがとう」
契約解除を終えるともうすぐそばまで魔牛が来ていた。死の間際に、人為的に走馬灯を見ようと色々なことを思い出してみる。真っ先に頭に浮かぶことは、恋を求めて各地を旅してまわったことだった。
結局一度も人間を好きになることはできなかったが、ナバルビ女神の壁画で恋愛の感覚を味わうことができたし、なんだかんだ色んなことを体験できたいい人生だった。
それに最後に、ナバルビ女神が本当にいたことを知ることができた。この世界に俺を呼び寄せて何をしてほしかったのかは分からないが、ひどいことをするつもりじゃなかったことはわかる。俺には、いくらでもダンジョンで頑張るチャンスはあったんだから。
「昔の俺だったら、もっとなりふり構わずダンジョンで頑張っていたかもな。それこそ、あの壁画を見つける前の俺なら……」
そうだ。思えば、前世で惚れ薬を飲んで死んだ時だって、俺はもう人生に満足していたんだろう。
「そもそも、無理して人間に恋なんてしなくてよかったんだ。俺は…………俺は…………生きる理由が見つかればそれで。でも、一体運命の人を探す以外に、何をすればよかったんだ?」
俺はコアを抱きかかえて魔牛の前に立った。そいつは、俺の独り言を聞いて何か首をかしげているようだった。その様子を見て、俺は空気を読んでほしいなぁと思って溜息をついた。
「別になんでもないって。文句もなければ、もう戦う意味もないんだ。あ、でもあんまり痛くすんなよ」
俺がそう言っても、魔牛はとても不思議そうに俺を見ているのみだった。さっきはあんなにすぐ食べた癖に。俺が持ってるコアが不思議なんだろうか。不思議なんだろうな。ちょっと光ってるし。
ともかく早くしてほしい。この食われ待ちの時間今まで生きている中で一番嫌だし。あと、牛の眼って間近で見ると超怖い。あー早く攻撃してくんないかな。さっき殺されたときみたいに目を閉じてやった方がいいのか?あぁ?
「ブルラァ」
そんな風に心のなかで凄んでいたとき、突如魔牛が背後を振り返った。見逃されたわけじゃないことは、その臨戦態勢丸出しの素早いステップを見れば明らかだった。
そして、牛がどいてあらわになったその光景を見て、俺は目を疑った。
「何してんだ馬鹿!」
魔牛に背後から攻撃をしたのは、契約を切ったはずのモンスター、獣族のサリュだった。それだけでなく、他の契約を切ったモンスター達も廊下を走ってこちらに来ていた。
魔牛の視線は、既に生を諦めた俺ではなく、モンスターたちの方を向いた。このままじゃ、やばい。今の彼女達は契約が切れている。つまり、殺されれば、死ぬ。
「させるか馬鹿野郎!」
俺は、余所見をした魔牛の顔に横から蹴りをかました。
XXX
まず、せかいにはさいしょに愛があった。
だってういとってなまえのわたしのますたーは、いつもやさしくわたしのなまえをよんで、なでてくれたから。
けど、それが愛だってわかるにはわたしたちはこどもすぎたみたい。だって、やさしくしてもらったとき、どうすればじぶんのうれしさをつたえられるかなんてかんたんなこともわからなかったんだもん。
どうすればいいかわかったときは、わたしはおへやのそとにいた。おそとはおそってくるおおきなのがいっぱいいてこわいけど、みたことないものだらけでおもしろかった。
そうしてそとをあるいていたときにとつぜん、いままでのことをたくさんおもいだして、ようやくわたしはとってもやさしくしてもらったことにきづいた。
それと、いつもういとからながれてきていたあたたかいちからがなくなったことにもきづいた。
とってもさびしくなって、わたしはいそいでおへやにもどった。とちゅうで、おなじへやのこたちともごうりゅうした。かしこくなるまえしかあってないから、おたがいのことはなにもわからないけど……。
おへやにもどると、いつもそとでイジワルをしてくるおおきいうしさんがいた。
ますたーがいじめられている!そうおもってうしさんにこうげきするとますたーにおこられた。うう。こわいな。
でも、ますたーはすごかった。いつもはおへやでねころがってばかりだったのに、とってもはやくうごいてうしさんをよこからけると、こかしてしまった。
そして、うしさんがたおれたあいだに、わたしたちのほうをむいて、わたしとみんなのなまえをよんだ。
あいかわらずわたしのなまえいがいはなんていっているかわからないけど、ういとはおててをのばしてわたしたちのほうにむけた。
すると、いままでずっとかんじていたういとのあったかいのが、もういっかいながれてくるのをかんじた。それをあびていると、けいやくをうけいれますか?って、あたまのなかのなにかがきいてきた。
けいやくってなんだろうとおもうと、もともとわたしがしっていたことみたいに、たくさんのことがあたまのなかにうかびあがった。けいやくをうけいれると、つらいことをいわれてもいうとおりにしないといけないんだってこと。そのかわり、ますたーのまりょくでしななかったり、つよくなったりできるらしいということ。
ういとをみると、とってもかわいそうな、すがるようなかおをしてた。わたしはそのかおにだって、愛をかんじることができた。
わたしはまよわず、けいやくをうけいれることにした。
だって、わたしはやさしいういとのことが好きなんだもん。
XXX
俺の手の甲から光が放たれ、彼女達の元に届いた。
再契約が成功したことを確認して安心する。契約破棄はダンジョンマスターから一方的にできるようだが、契約を新たにする場合は、モンスター側に極めて理不尽な契約を受け入れてもらう必要がある。
たしかに死なないだとか、強くなるとかきくとメリットが大きいように感じるが、ダンジョンマスター側はその気になれば契約したモンスターを消去したりDPに変えることまでできてしまうのだ。まともなモンスターならそんな契約はしないだろう。
しかしそれでも、彼女達は再契約を受け入れてくれた。これで、彼女達はコアが破壊されないかぎり、死ぬことはなくなった。
「やっぱり、頼られてるってことだよな」
あの契約を受け入れたということは、帰巣本能だとか安全のために帰ってきたとかそういう理由ではなく、彼女達は俺のため、もしくは俺を頼るために帰ってきたのだということになる。
「どっちにしろ、嬉しいな」
逃げてくれと最初は思ったが、やはり並んだ13匹を見ると、心が通じていたことが嬉しく感じた。
「悪い。ちょっとだけ時間を稼いどいてくれ。もう、諦めるとか言わないから」
ナバルビ様。俺ようやく生きる意味がわかりました。彼女達が成長するまででいいので、時間をください。俺はこの、自分を頼ってくれるモンスターたちのために、生きることにします。
XXX
13匹のモンスターが全力で時間を稼いでいた。文字通り全力で、何度も命を散らしながら。そんななか準備を終えた俺は、わざとらしく音を立てて立ち上がった。
G級モンスター達よりも体躯が大きい俺に、魔牛の視線は集中した。そうだそれでいい。そして、あくまに自然に、本気で魔牛を攻撃しようとしているかのように、俺は手を振り上げて突進する。
魔牛はすぐに迎撃体制を取り、俺の動きを見逃すまいと注視した。そして、間合いのなかに入った瞬間、ダンジョンの入り口でそうしたように俺に頭からかぶりついた。さっきはそれで俺を倒せたのだから、当然だ。
だが、さっきまでの俺と違って、今の俺は、トキメいている。
丸呑みにされた状態で口を開く。とっくに下半身は俺の体から分離されていた。その状態で俺はこみ上げる痛みと不快感によって、吐瀉物と同時にスライムを吐き出した。
「行ってこい!クラリモンド!」
喉だけの振動で激励を送る。下半身がないと声ってこんなに抜けていくんだなと、そのとき知った。クラリモンドは不定形族のスライムの名前である。どうせ俺達は喰われても復活できるのだからと、俺は生きたままクラリモンドを口に含み、頭ごと喰われると同時に、それを牛の食道めがけ吐き出してやったというわけだ。
加えて上半身だけに食い千切られても口のなかで暴れられてやろうと思っていたが全く力が入らず、結果は得られなかった。しかし、俺は食道に向かっていくクラリモンドの姿を見て、満足して死に絶えたのだった。
またコアから這い出る。牛を見ると苦しげにのたうち回っていた。ダンジョンマスター復活のためのクールタイムはどれくらいなのか分からないが、雰囲気からそれほど長い時間が経っていないことがわかる。
牛は腹を天井に晒したまま、左右に揺れ続けていた。
「やっぱり有効みたいだな」
G級モンスターであるスライムの攻撃では傷ひとつつきそうにない魔牛であっても、スライムを生きたまま食べて、器官内で広がられると呼吸ができなくなるだろう。そこに、牛自身の身体の丈夫さは関係ない。
やはり丈夫さのパラメーターとは別に、生物の形状である以上弱点がモンスターには存在する。その仮説は正解だった。牛は呼吸を封じられ、地獄のような苦しみを味わっているようだった。
そのとき、床で暴れまわっていた牛が突如、方向転換してこちらに向かってくる。自分の呼吸が止まってしまうまえにコアを破壊するつもりなのだろう。やっぱり、さっきまではこいつコアという弱点の存在を知りながら俺達を殺して遊んでやがったな。
俺は魔牛に対してベッドのシーツを掴んで広げる。さっきの作戦でクラリモンドが教えてくれた。いくら相手が硬かろうと、覆いかぶさる動きを防ぐことはできない。グーに対するはパーってわけだ。
ま、もちろんそれで無力化できるはずもなく、いくら息ができないとはいえ魔牛はすぐにシーツを振りほどき、コアの方に向いた。しかし、その間十全に俺は移動ができていた。
「最後に来いよ。牛公。相手になってやる」
言葉が通じなくとも精一杯魔牛を馬鹿にする。俺はこの牛の戦闘センスについて、ある種の信頼を持っていた。弱きを弄ぶ残虐性と、けれど決して油断はしない慎重さ。コアへの最短ルートに調子に乗った俺がいれば、こいつは俺を殺しにくる。そういう確信があった。
魔牛の突進に対して、相手の脚を蹴って止めようとする素振りをする。魔牛は当然裏をかき、さらに俺が口内にスライムを忍ばせている心配のない下半身に食いついた。
その作戦が読まれているとも知らずに。
自慢じゃないが、俺はこういう勝敗を決する最後の駆け引きで、今まで一度だって負けたことがなかった。
「そうやって持ち上げて貰えると、ようやく届くな。お前の目に」
俺は、脚の痛みを感じていないかのように、精一杯強がった。腰には魔牛の牙が深く突き刺さっており、喋ることもままならなかったが、それでもこの場面は全ての決着がつく正念場だと思ったのだ。俺は魔牛に噛まれたまま持ち上げられ、本来であれば、もう食い捨てられて終わりのはずだった。
しかし俺は残基無限のゾンビアタック人間。それに、前世を合わせるともう三回、死を経験しているんだ。最初から、ただ持ち上げてもらうためだけに、下半身など捨てるつもりで痛みに備えていた。俺は、魔牛の牙に刺さったままの状態で身体を起こそうとする
……しかし、腹筋にどう頑張っても力が入らないことが分かると、腕力で上半身を持ち上げ、右ストレートで魔牛の眼孔に腕を突っ込んだ。
「ギモモモヴォー」
魔牛が悲痛な叫びをあげる。人間のものですら眼球は意外と硬いらしい。こちらが上半身のみなら、でかい牛の眼を攻撃しても致命傷にすらならない可能性がある。だから、眼ではなく眼孔を攻撃した。
当然、その間も魔牛の食道はスライムで喉を塞がれっぱなしである。
「クラリモンド!もうちょっとだけ踏ん張れよ!」
魔牛は、あまりの痛みによるものか、あるいは呼吸ができなかった影響なのか、最後に人間のようなうめき声をあげて息絶えた。ま、下半身を失った俺もその後すぐ死んだのだが。
俺はコアから這い出ながらそう考えていた。敗北条件にダンジョンマスターの死がなかったからもしやとは思ったが、どうやらモンスター同様コアを破壊されない限り俺は死なないらしい。あの牛……魔物の牛だから魔牛と呼ぼう。魔牛に喰われた痛みはもうなかったが、喰われた瞬間の記憶は残っている。目を閉じていてよかった。そうでなければ、恐怖で立ち直れなかっただろう。魔牛、何故か肉食だったし。
……いや、もう頑張る必要はないのか。あんなのに攻められてしまっては、もう勝てないだろう。
そう思って諦めかけた時だった。眼前に広がるコアルームを見て、2週間ずっと一緒にいたモンスター達の姿を思い出す。コミュニケーションは確かになかったけれど、彼女達は確かに、そこに生きていた。
そうだ。俺にはまだ出来ることはあるはずだ。幸い、うちのモンスター達はみんな外に出ているから、こいつに襲われる心配はない。
このままモンスター達を俺の道連れになんてしてたまるか。俺は復活してすぐに、彼女達が集めた素材を全てコアにぶちこんだ。合計25DPにもなった。
そして、まず契約魔法を取得し、残ったポイント全てを使ってモンスターの強化を始める。産み出したモンスター達を解放するためである。Gランクの彼女達を解放したところですぐに厳しい自然に殺されてしまうかもしれないが、それでもこのまま俺と一緒に死ぬよりはマシだろう。俺は、全力で頭を巡らせた。
あの魔牛がたった50mの廊下を進んでやってくるまでに、少しでも彼女達が外の世界でやっていけるような強化方法を決めなければならない。長く生き残るなら体力か?いや、餌を取るためには攻撃力か……。
迷った末、俺は全員の知力を強化することにした。
それが生き残るために最適な選択なのかは分からない。けれど設計欄に書いた通り、生きていられる間に何か一つでも大切なものを見つけてほしいとそう考えたときに、知性を磨くべきだと思ったのだ。
全員の知力がGランクからFランクにまで上昇したことを確認すると、俺は契約魔法を発動する。
「『対象は全モンスター』『契約の神シャンナムに乞い願う』『陽光は貴方の目であり腕である』『サルカルキド・サルカルキド』『捨てられしものは捧げられしもの』『ダンジョンモンスター契約解除』」
契約が切れただけなのだから当然なのだが俺の身体には何の現象も感じられない。今、俺の心にあるのは、ただ彼女達の前途の無事を祈る心のみだった。
「これでお別れだ。今までありがとう」
契約解除を終えるともうすぐそばまで魔牛が来ていた。死の間際に、人為的に走馬灯を見ようと色々なことを思い出してみる。真っ先に頭に浮かぶことは、恋を求めて各地を旅してまわったことだった。
結局一度も人間を好きになることはできなかったが、ナバルビ女神の壁画で恋愛の感覚を味わうことができたし、なんだかんだ色んなことを体験できたいい人生だった。
それに最後に、ナバルビ女神が本当にいたことを知ることができた。この世界に俺を呼び寄せて何をしてほしかったのかは分からないが、ひどいことをするつもりじゃなかったことはわかる。俺には、いくらでもダンジョンで頑張るチャンスはあったんだから。
「昔の俺だったら、もっとなりふり構わずダンジョンで頑張っていたかもな。それこそ、あの壁画を見つける前の俺なら……」
そうだ。思えば、前世で惚れ薬を飲んで死んだ時だって、俺はもう人生に満足していたんだろう。
「そもそも、無理して人間に恋なんてしなくてよかったんだ。俺は…………俺は…………生きる理由が見つかればそれで。でも、一体運命の人を探す以外に、何をすればよかったんだ?」
俺はコアを抱きかかえて魔牛の前に立った。そいつは、俺の独り言を聞いて何か首をかしげているようだった。その様子を見て、俺は空気を読んでほしいなぁと思って溜息をついた。
「別になんでもないって。文句もなければ、もう戦う意味もないんだ。あ、でもあんまり痛くすんなよ」
俺がそう言っても、魔牛はとても不思議そうに俺を見ているのみだった。さっきはあんなにすぐ食べた癖に。俺が持ってるコアが不思議なんだろうか。不思議なんだろうな。ちょっと光ってるし。
ともかく早くしてほしい。この食われ待ちの時間今まで生きている中で一番嫌だし。あと、牛の眼って間近で見ると超怖い。あー早く攻撃してくんないかな。さっき殺されたときみたいに目を閉じてやった方がいいのか?あぁ?
「ブルラァ」
そんな風に心のなかで凄んでいたとき、突如魔牛が背後を振り返った。見逃されたわけじゃないことは、その臨戦態勢丸出しの素早いステップを見れば明らかだった。
そして、牛がどいてあらわになったその光景を見て、俺は目を疑った。
「何してんだ馬鹿!」
魔牛に背後から攻撃をしたのは、契約を切ったはずのモンスター、獣族のサリュだった。それだけでなく、他の契約を切ったモンスター達も廊下を走ってこちらに来ていた。
魔牛の視線は、既に生を諦めた俺ではなく、モンスターたちの方を向いた。このままじゃ、やばい。今の彼女達は契約が切れている。つまり、殺されれば、死ぬ。
「させるか馬鹿野郎!」
俺は、余所見をした魔牛の顔に横から蹴りをかました。
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まず、せかいにはさいしょに愛があった。
だってういとってなまえのわたしのますたーは、いつもやさしくわたしのなまえをよんで、なでてくれたから。
けど、それが愛だってわかるにはわたしたちはこどもすぎたみたい。だって、やさしくしてもらったとき、どうすればじぶんのうれしさをつたえられるかなんてかんたんなこともわからなかったんだもん。
どうすればいいかわかったときは、わたしはおへやのそとにいた。おそとはおそってくるおおきなのがいっぱいいてこわいけど、みたことないものだらけでおもしろかった。
そうしてそとをあるいていたときにとつぜん、いままでのことをたくさんおもいだして、ようやくわたしはとってもやさしくしてもらったことにきづいた。
それと、いつもういとからながれてきていたあたたかいちからがなくなったことにもきづいた。
とってもさびしくなって、わたしはいそいでおへやにもどった。とちゅうで、おなじへやのこたちともごうりゅうした。かしこくなるまえしかあってないから、おたがいのことはなにもわからないけど……。
おへやにもどると、いつもそとでイジワルをしてくるおおきいうしさんがいた。
ますたーがいじめられている!そうおもってうしさんにこうげきするとますたーにおこられた。うう。こわいな。
でも、ますたーはすごかった。いつもはおへやでねころがってばかりだったのに、とってもはやくうごいてうしさんをよこからけると、こかしてしまった。
そして、うしさんがたおれたあいだに、わたしたちのほうをむいて、わたしとみんなのなまえをよんだ。
あいかわらずわたしのなまえいがいはなんていっているかわからないけど、ういとはおててをのばしてわたしたちのほうにむけた。
すると、いままでずっとかんじていたういとのあったかいのが、もういっかいながれてくるのをかんじた。それをあびていると、けいやくをうけいれますか?って、あたまのなかのなにかがきいてきた。
けいやくってなんだろうとおもうと、もともとわたしがしっていたことみたいに、たくさんのことがあたまのなかにうかびあがった。けいやくをうけいれると、つらいことをいわれてもいうとおりにしないといけないんだってこと。そのかわり、ますたーのまりょくでしななかったり、つよくなったりできるらしいということ。
ういとをみると、とってもかわいそうな、すがるようなかおをしてた。わたしはそのかおにだって、愛をかんじることができた。
わたしはまよわず、けいやくをうけいれることにした。
だって、わたしはやさしいういとのことが好きなんだもん。
XXX
俺の手の甲から光が放たれ、彼女達の元に届いた。
再契約が成功したことを確認して安心する。契約破棄はダンジョンマスターから一方的にできるようだが、契約を新たにする場合は、モンスター側に極めて理不尽な契約を受け入れてもらう必要がある。
たしかに死なないだとか、強くなるとかきくとメリットが大きいように感じるが、ダンジョンマスター側はその気になれば契約したモンスターを消去したりDPに変えることまでできてしまうのだ。まともなモンスターならそんな契約はしないだろう。
しかしそれでも、彼女達は再契約を受け入れてくれた。これで、彼女達はコアが破壊されないかぎり、死ぬことはなくなった。
「やっぱり、頼られてるってことだよな」
あの契約を受け入れたということは、帰巣本能だとか安全のために帰ってきたとかそういう理由ではなく、彼女達は俺のため、もしくは俺を頼るために帰ってきたのだということになる。
「どっちにしろ、嬉しいな」
逃げてくれと最初は思ったが、やはり並んだ13匹を見ると、心が通じていたことが嬉しく感じた。
「悪い。ちょっとだけ時間を稼いどいてくれ。もう、諦めるとか言わないから」
ナバルビ様。俺ようやく生きる意味がわかりました。彼女達が成長するまででいいので、時間をください。俺はこの、自分を頼ってくれるモンスターたちのために、生きることにします。
XXX
13匹のモンスターが全力で時間を稼いでいた。文字通り全力で、何度も命を散らしながら。そんななか準備を終えた俺は、わざとらしく音を立てて立ち上がった。
G級モンスター達よりも体躯が大きい俺に、魔牛の視線は集中した。そうだそれでいい。そして、あくまに自然に、本気で魔牛を攻撃しようとしているかのように、俺は手を振り上げて突進する。
魔牛はすぐに迎撃体制を取り、俺の動きを見逃すまいと注視した。そして、間合いのなかに入った瞬間、ダンジョンの入り口でそうしたように俺に頭からかぶりついた。さっきはそれで俺を倒せたのだから、当然だ。
だが、さっきまでの俺と違って、今の俺は、トキメいている。
丸呑みにされた状態で口を開く。とっくに下半身は俺の体から分離されていた。その状態で俺はこみ上げる痛みと不快感によって、吐瀉物と同時にスライムを吐き出した。
「行ってこい!クラリモンド!」
喉だけの振動で激励を送る。下半身がないと声ってこんなに抜けていくんだなと、そのとき知った。クラリモンドは不定形族のスライムの名前である。どうせ俺達は喰われても復活できるのだからと、俺は生きたままクラリモンドを口に含み、頭ごと喰われると同時に、それを牛の食道めがけ吐き出してやったというわけだ。
加えて上半身だけに食い千切られても口のなかで暴れられてやろうと思っていたが全く力が入らず、結果は得られなかった。しかし、俺は食道に向かっていくクラリモンドの姿を見て、満足して死に絶えたのだった。
またコアから這い出る。牛を見ると苦しげにのたうち回っていた。ダンジョンマスター復活のためのクールタイムはどれくらいなのか分からないが、雰囲気からそれほど長い時間が経っていないことがわかる。
牛は腹を天井に晒したまま、左右に揺れ続けていた。
「やっぱり有効みたいだな」
G級モンスターであるスライムの攻撃では傷ひとつつきそうにない魔牛であっても、スライムを生きたまま食べて、器官内で広がられると呼吸ができなくなるだろう。そこに、牛自身の身体の丈夫さは関係ない。
やはり丈夫さのパラメーターとは別に、生物の形状である以上弱点がモンスターには存在する。その仮説は正解だった。牛は呼吸を封じられ、地獄のような苦しみを味わっているようだった。
そのとき、床で暴れまわっていた牛が突如、方向転換してこちらに向かってくる。自分の呼吸が止まってしまうまえにコアを破壊するつもりなのだろう。やっぱり、さっきまではこいつコアという弱点の存在を知りながら俺達を殺して遊んでやがったな。
俺は魔牛に対してベッドのシーツを掴んで広げる。さっきの作戦でクラリモンドが教えてくれた。いくら相手が硬かろうと、覆いかぶさる動きを防ぐことはできない。グーに対するはパーってわけだ。
ま、もちろんそれで無力化できるはずもなく、いくら息ができないとはいえ魔牛はすぐにシーツを振りほどき、コアの方に向いた。しかし、その間十全に俺は移動ができていた。
「最後に来いよ。牛公。相手になってやる」
言葉が通じなくとも精一杯魔牛を馬鹿にする。俺はこの牛の戦闘センスについて、ある種の信頼を持っていた。弱きを弄ぶ残虐性と、けれど決して油断はしない慎重さ。コアへの最短ルートに調子に乗った俺がいれば、こいつは俺を殺しにくる。そういう確信があった。
魔牛の突進に対して、相手の脚を蹴って止めようとする素振りをする。魔牛は当然裏をかき、さらに俺が口内にスライムを忍ばせている心配のない下半身に食いついた。
その作戦が読まれているとも知らずに。
自慢じゃないが、俺はこういう勝敗を決する最後の駆け引きで、今まで一度だって負けたことがなかった。
「そうやって持ち上げて貰えると、ようやく届くな。お前の目に」
俺は、脚の痛みを感じていないかのように、精一杯強がった。腰には魔牛の牙が深く突き刺さっており、喋ることもままならなかったが、それでもこの場面は全ての決着がつく正念場だと思ったのだ。俺は魔牛に噛まれたまま持ち上げられ、本来であれば、もう食い捨てられて終わりのはずだった。
しかし俺は残基無限のゾンビアタック人間。それに、前世を合わせるともう三回、死を経験しているんだ。最初から、ただ持ち上げてもらうためだけに、下半身など捨てるつもりで痛みに備えていた。俺は、魔牛の牙に刺さったままの状態で身体を起こそうとする
……しかし、腹筋にどう頑張っても力が入らないことが分かると、腕力で上半身を持ち上げ、右ストレートで魔牛の眼孔に腕を突っ込んだ。
「ギモモモヴォー」
魔牛が悲痛な叫びをあげる。人間のものですら眼球は意外と硬いらしい。こちらが上半身のみなら、でかい牛の眼を攻撃しても致命傷にすらならない可能性がある。だから、眼ではなく眼孔を攻撃した。
当然、その間も魔牛の食道はスライムで喉を塞がれっぱなしである。
「クラリモンド!もうちょっとだけ踏ん張れよ!」
魔牛は、あまりの痛みによるものか、あるいは呼吸ができなかった影響なのか、最後に人間のようなうめき声をあげて息絶えた。ま、下半身を失った俺もその後すぐ死んだのだが。
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