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第7話 タイムスリップしたよ!

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孤独というものは、どこで過ごすかによってその性格を変える。

例えば、窓も閉め切った暗室の孤独は非常に性格が悪い。特に、瑞羽ちゃんを性悪しょうわるにして脳内に登場させたりするところとか。だけれど、晴れ渡った青空の下の孤独はとてもいい奴だ。今まで気づかなかった様々なものを教えてくれる。

例えば、高校で引きこもりながらの孤独は最悪だった。私の場合は病気と孤独との三人暮らしだったし、当時の私は、阿片あへん中毒者ももくやという困憊っぷりだったろう。反面、幼い頃の孤独は自立心と晴れやかな冒険心というものを私に与えてくれた。

そして私は今。
そういう意味では、久しぶりにさいっっっこうの孤独というものを味わっていた。
「きゃああああ。そらすげえええええええ!!!」

空高っ!自転車気持ちいい!の私、体力すごっ!!!
坂下るだけでなんでこんな楽しいんだろ!

うわ、確か中学の頃このショッピングモール出来たてだったんだよね、来るだけでちょっと大人になった気がしたもんだ。あー!かかってる曲懐かしい!これこんなに人気なのに懐メロにすらなってなかったんだな。

てか、今の私は中学生だからゲーセン一人で入ってもセーフかな!あ、それにここ一回瑞羽ちゃんに連れてってもらったブランドのショップじゃん。中学生なのに入ったら只者じゃないと思われるんじゃない!?

それから私は服屋、未来には潰れていたCD屋とひとしきり遊んだあと、走ったまま家のベッドに飛び込んだ。

ズコーン。
「飽きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

XXX

ベッドにうつ伏せのまま、自室のボロっちいパソコンを眺める。
引きこもりの頃はあれだけ頼もしかったパソコンも、今はどこか頼りなく見える。

私がタイムスリップをしてから、およそ三日が過ぎようとしていた。
状況の把握にはそれほどの時を要さなかったと思う。

目を覚ますと気づけば私は学習机に突っ伏していて、どうやら昼寝から目覚めたばかりだったようだ。
高校に入る前に一度引っ越しをしていたから、本棚の並びまで全てが懐かしかったことを憶えている。

私の命日はおそらく、四月後半だったが確認したカレンダーは十月だったし、三年前だったし、何より私の身体は中学の頃まで縮んでいた。

もちろん混乱はしたけど、私が思い出していたのは『邯鄲かんたんの枕』の物語だ。中国で生まれた物語で、三島由紀夫とかも『邯鄲』っていう物語を書いていたと思うけど、とにかくその物語の主人公と私は、似た状況にあるんじゃないかと思ったのだ。

とある枕で寝る事を友人に進められた青年は、一晩の夢の間に爆裂に成功を収めた夢をがっちり50年分くらいみて、目を覚ました後、「最高の人生を貴方は既に経験しましたよね?これから頑張ってもそれ以上ないですよ?どうするんですか?」と聞かれちゃうという物語である。いい話だけど友人はなんでそんなことするの?

その後青年がどのような人生を送ったかは作者に拠る。やる気をなくしたり、一層奮起したり、まあどうだっていいだろう。受け取り方は様々だ。

重要なのはそんな含蓄溢れる良い物語ではなく、「人生そのものが夢オチ」だというその斬新な設定だ。

私、割と死ぬ時意識あったからな。タイムスリップだと蘇生からの時間遡行という二段階ファンタジーだったが、夢オチなら夢オチという一段階のファンタジーで済む。

ということで私は、今までの中学二年生秋から高校二年生春までの三年間を、とりあえず夢だと思うことにした。こうして事態を飲み込むまで二時間も掛からなかっただろう。

その結論に至った私は、半年間のひきこもりの慣れからか、まずPCを起動した。

そう。ここまではいいのだ。何が夢だったとかはどうでもいい。

問題なのはPCになんにもないことだ。
ここ三年のPCの進歩の凄まじさをまざまざと体感させられた。導入したツールは消えちゃったし、中学生の頃やっていたゲームは今開いてみたらひたすら単純作業の繰り返しだった。

何故私は輝かしい中学時代にクマちゃんを操作してひたすら家具を収集するブラウザゲームをやっていたのか。
まあ、中学生に戻って初日は結局めちゃくちゃ懐かしくなって気がついたらそのゲームをやって一日を過ごしていた。

二日目はパソコンをいじって時間を潰したんだけど、「あと一年経ったらスマホアプリでもっと完成度高いゲームでるのになあ」と思ってしまうのだ。

三日目にして、私は死ぬ前の頃から合算して半年振りに外に飛び出したのだ。娯楽の進化はすごい。

何より、「」と聞かれないのがよかった。
時折親に「なんか変じゃない?」と聞かれることもあったが、私にとっては「最近何してんの」という禁断の質問と比較してしまえば、頭のおかしい奴扱いは一切効かなかった。

まあ、結局外に出ても暇は潰れなかったのだが。
何より三年前だと積み香ちゃんの配信が見れないのだ。辛すぎる。
積み香ちゃんの他にも見ているVtuberは沢山いたんだけど、今はVtuberまだ黎明期すら迎えていないからな…。

中学生飽きたなあ。

あの頃私って何してたんだっけ。
ピコン。タイミングよくPCのモニターに通知が表示される。

くじらの小部屋からの通知である。
ま、あの頃の私が何をしていたかというとくじらの小部屋以外ないんだけどさ…。

中学生になってから三日の間、私はくじらの小部屋を開いていない。当時の私は毎日数時間は絶対に張り付いていたから、この時点で既に私はあの夢から逸脱した生活を送っているといえるだろう。

でもどうしても私はくじらの小部屋を開くことが怖かった。

なにせ私は今日の日付はばっちり記憶している。だって夢の中では、何度も見直してきたんだから。
10月24日、今日は一度目の『メトロトレミー』の舞台が発表される日だ。

ほら、そろそろ。
私は腹をくくってチャットを開く。

亜萌天子[舞台の告知見た???私が主役なんだって!]
阿古照樹[てかよぉ、役者にせよ声優にせよ、こんな風にキャラと個人が結びつくのって初めてじゃないか?]
亜萌天子[それめっっちゃ心配じゃない?だってさ、その個人の演技力の有無で『メトロトレミー』の評価決まっちゃうんでしょ?]
阿古照樹[主演の中田愛弓って奴、調べてみたんだけどネットには画像も映像も落ちてないんだよな]
亜萌天子[絶対失敗するじゃん!てかてか、凜花がいなくなってもう三日だよ!普段の凜花なら絶対このニュース逃さないよね!]
阿古照樹[まああいつ、『メトロトレミー』に関しては本気だからな]

やっぱりかぁ。
私は夢から醒めてから初めて、タイムスリップをしてから初めて、引きこもりの頃のような気分に陥っていた。

辻凜花[舞台?主演とは一体なんのことだ。それに、『メトロトレミー』とはなんだ!!!]
基本的に私は、なりきりチャットのマナーを乱すものは許さない。メタ的視点を持ち込んだらなりきりチャットは終わりである。世間話がしたければ普通のチャットに切り替えてもらうのがくじらの小部屋のルールだ。

亜萌天子[あ、凜花!!!どうして最近いなかったのさ!てか、凜花も舞台に出るんだよ!!!]
ちなみに私が注意してもそれほど直るとは限らない。

てかそっか。あれが夢じゃないなら、最後に病床で聞いた、この亜萌天子が瑞羽ちゃんというのも本当なんだもんね。

辻凜花[少し用事があっただけだ。気にするな。それに、そうか。私も出るのか]
阿古照樹[あ、凜花がデレてんじゃねーか!ずりぃ!天子何したんだよ!]

チャットしているのが瑞羽ちゃんだと思うと、自然に優しくしてしまった。ちょっと恥ずかしい。
頭の中でどうにも考えがまとまらず、お別れをしてからくじらの小部屋を閉じた。

今日。私の記憶の通りに一度目の『メトロトレミー』の告知があった。
ということはつまり、私の記憶は単なる夢ではなく、実際に未来に起こることであるということだ。

舞台の失敗、『メトロトレミー』の終焉、瑞羽ちゃんとの出会い、不治の病、そして。瑞羽ちゃんのいない日々。

その全てが未来に待ち受けているのだと悟った私は、二段階の夢オチであることを期待してベッドに倒れ込んだのだった。
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