悪鬼羅刹の如く

nekuro

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第3章 ロキ編

8話 力と力

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 久方ぶりのご対面であった。
 白鷺にとっては忘れたい相手であり、忘れられない相手。
 先程軽口を叩いた白鷺ではあったが、内心余裕などなかった。
 相手を見ているだけで斧槍を持っている手が震えてしまう。

(落ち着き……落ち着くんや)

 細く長い息を吐く。心を落ち着かせて平常心を取り戻し、鋭くロキを睨む。
 どういった経緯でロキと九条が戦っているのか理解できていない白鷺ではあるが、現状で分かっている事が一つあった。
 それは、ロキが未だ戦う気を起こしていない事だ。

(今なら……いけるかもしれへんな)

 ぐっ、と足に力を込めると、地面を蹴り上げてロキめがけて走り出す白鷺。
 驚いた事に、白鷺は一直線に最短ルートを猛進する。それはあまりにも無謀と思われる行為。ロキの足元から無数の影の帯が噴き出してくる。それらは白鷺めがけてあらゆる角度から襲い掛かる。白鷺は手にした斧槍に力を込め、大きく前に足を踏み込むと。

「邪魔やぁああ! どけぇええ!」

 雄叫びと同時に持っているそれを振るった。
 襲い掛かった帯達はその、白鷺のたった一振りで粉々に砕けて消え失せる。先程九条にはどうしようも無かったそれを、いともたやすく打ち砕いた。
 これを見たロキが、ほぅ、と感心したような声を漏らす。障害を蹴散らし、再び猛進を始める白鷺を見て即座にロキは地面を一度足踏みすると、白鷺の足元から影の蔦が飛び出して絡みつく。その数は先程九条を縛り付けた時とは比べ物にならない。その四肢をおびただしい数の蔦が白鷺を拘束する。


「何や、アンタは女を束縛するタイプかいな」


 身動きの取れなくなった白鷺だが、その表情は何故か余裕が見られる。


「悪いけどな、うちは束縛する男が大嫌いやねん!」


 ふっ! と白鷺が四肢に力を入れると、束縛していた蔦を苦も無く簡単に引きちぎる。手足を束縛していた蔦を、その場に投げ捨てる。
 あれほど手をこまねいていた攻撃を易々と打ち破る白鷺。だが、それらは眠れる獅子の興味を目覚めさせてしまう。
 それを証明するように、迫ってくる獲物しろさぎを瞳でしっかりと捉えていた。
 白鷺の方は距離を詰めながらもロキの行動を観察する。未だ動く気配がないのが不気味ではあった。
 既に白鷺は自分の間合いにまで詰め寄った。ここまで来たのなら、あれこれ考えるよりも取るべき行動は一つだった。
 先手必勝。ギリギリ、と音が聞こえそうなぐらい上体を捻り、溜めた力を一気に解き放ち、ロキの首めがけて横一文字に振り切った。
 全力の一撃は轟音と共に首を刈り取る死神の鎌と化す。黒い影で防御しようと、今までの結果を見れば、それごと切り落とされるのは目に見えていた。その首に届こうとした刹那。
 音がした。
 それは、何かが引っかかったような鈍い音だった。
 ロキの首は胴体と繋がったまま。そして、その首を刈ろうとしたギロチンはたった一本の細腕の壁に阻まれていた。
 幅にすれば三十センチ程だろう。だが、それは白鷺にとってあまりにも厚い壁であった。何しろ、斧槍の刃がロキの腕の皮一枚切れていないのだから。
 手加減しているわけではなかった。現に、白鷺の腕は力を入れるあまり小刻みに震え、その鬼気迫る表情から見て分かる。


……アカンか!」


 一度斧槍を外し、再度攻撃を試みる。脳天から一気にカチ割る勢いで、斧槍をロキの頭上めがけて振り下ろした。
 それをあろうことか、ロキは片手で受け止める。受け止めた瞬間、座っていたベンチにその衝撃が伝わり、それに耐え切れず瓦解する。腰かけていたベンチが崩れた事で、ロキはゆっくりと立ち上がる。
 白鷺は必死に押し込もうとするが、ロキは片手だけでそれを制していた。
 ロキの空いているもう片方の手が白鷺の眼前にやってくる。そして、ロキは中指で軽く白鷺の額を弾いた。
 瞬間、白鷺の身体が車に体当たりでもされたかのように、物凄い勢いで後方へ転がっていく。地面を何度も転がり、叩きつけられた後、うつ伏せで倒れこむ。


「がっ……は?」


 何が起こったのか白鷺は理解できなかった。
 分かることは額に激痛が走っているのと、自分が地面に倒れている事だけだった。
 頭の整理も追いついていない状況だったが、それの整理をすることも許されない。
 うつ伏せで倒れている白鷺の目線の先に、靴が見える。見上げると、そこには見下みくだすような視線で見下みおろしているロキが立っていた。
 手に持っていた白鷺の武器を、ゴミのように白鷺の傍らに投げ捨てる。


「寝るには早いぞ。宴は始まったばかりなのだからな」


 白鷺は立ち上がると同時に、武器を拾って再度攻撃を試みる。
 だが、力の差は歴然としていた。
 白鷺の攻撃は空を切り、向こうが軽くいなすために放たれる拳だけが当たる。大抵の攻撃では白鷺の身体はびくともしない。だが、ロキの拳は重く、鋭い痛みが体に走る。大人と子供の喧嘩と表現するほど一方的であり、加えてロキに遊ばれている事が更なる苛立ちを白鷺に募らせる。
 一方的にあしらわれ、その上能力を使ってこないのが何よりの証拠。分かっているのだ、能力を使われれば一瞬で白鷺も終わる事を。
 単純にロキの能力は一対一では圧倒的な強さを誇る。言うなれば、あの影はロキの手足と同様。一緒に攻撃をされれば防ぐ手立てなどない。
 たった数分の殴り合いで、白鷺は肩で息をするほど体力を失い、ロキは息一つ乱していない。ロキの拳は血にまみれていたが、それらは全て白鷺の血であった。


「頑丈だな。加えて、自然治癒力が高い。サンドバックとしては及第点をやってもいいぐらいだ」
「言わせて……おけば!」


 ふらふらでキレの無い白鷺の攻撃。そんな攻撃が当たるわけもなく、逆に腹部にロキの拳が命中する。体がくの字に折れ、足が地面から離れるほどの衝撃だった。
 思わず膝をつき、口から胃の中身を吐き出す。悶絶し、苦悶の表情を浮かべる。いくら治癒力が高いといえ、痛みはある。激痛による激痛は白鷺の精神をすり減らす。
 心は既に折れかけていた。
 最初から勝てる見込みは無かった。相手の力量を再確認させられるだけの戦いで、今にも逃げ出したい衝動に駆られていた。
 だが、それでも彼女の心が完全に折れないのには理由があった。
 立ち上がる。手に持っていた武器を杖代わりにしてでも立ち上がり、尚戦う気概を見せていた。


「まだや……まだ終わってないで」


 反抗的な目を見せる白鷺。そんな白鷺を見たロキはくっくっ、と肩を震わせて笑う。


「何がおかしい。うちの姿がそんなに滑稽か?」
「滑稽? 何故そう思う」
「アンタに傷一つ負わせてない上に、こうやって悪あがきする姿を滑稽以外なんて描写するんや」
「他の奴はどう思うか知らんが、私はそうは思わない。みじめでみっともないというのはお前の視点だけの論点だ。最後の最後の最後まで足掻く姿はとても美しいと思っている。それだけ命を燃やしているのだからな」
「それが、うちっていう訳か」
「そうだ。もっと楽しませろ。腕がちぎれようが、足が動かなくなろうが、足掻け! 諦めればそこで終わりだ!」


 嬉々として語るロキに対して、狂っている、という印象を白鷺は一層強めた。だが、少しだけ疑問に思った事があった。


「……なぁ、ロキ。アンタの目的は何や?」
「私の目的だと?」
「せや。アンタが人類滅ぼそうとするのなら、直ぐにでもできる筈や。けど、全くそんな気配がない。かといって、何か目的があって動いている気配も無い」
「そんな事を聞いてどうする? お前に何か得があるのか?」
「興味本位や。冥土の土産に聞いても別ええやろ」
「下らんな。お前は、自分が生まれてきた意味を知っているのか?」
「生まれてきた意味?」
「知らないだろう。だからお前達はその意味を探してこの世を彷徨い続ける。
「どういう意味や?」
「さあな。そろそろ小休止おしゃべりは終わりだ」


 ロキの足元から這い出る無数の黒い帯。それを見た白鷺は険しい表情で身構えた。
 万事休すと言った様子で、白鷺は武器を構えるだけしかできなかった。一緒に襲われればどうすることもできない。死という存在が白鷺の直ぐ後ろにまで迫ってきていた。
 ロキも自身の勝利を信じて疑わなかった。
 目の前の女は多少なりとも自分を楽しませてくれた。このままでも勝ちは揺るがないが、能力を使用するのはその礼も兼ねての事。
 全力で叩き潰すのが筋というものだ、とロキは思っていた。
 と違って、と。


 ――――そういえば、あの餓鬼は?


 目の前の女と戦り合うのに夢中になっていたか、それともあまりにも弱すぎてその存在自体忘れていたのか。おそらく、その両方であっただろう。
 白鷺がこれほど傷ついていたというのに、九条は一度として戦いに参加する事が無かった。最早逃げてしまったのではないか? そう、感じてもおかしくは無かった。
 居たところで何の脅威にもなりはしない。それはロキも分かっていた。
 だが、何故かロキは九条が気になった。目の前の白鷺を放置してでも、その存在を確認することをロキは選ぶ。
 ぐるりと白鷺に背を向け九条が居た方向に視線を向けた。
 そこに、九条は立っていた。
 刀を鞘に納め、その柄を握り締めて今にも抜刀する態勢。白鷺とロキが争う中で、九条はその場から一度も動いていなかった。
 目を閉じ、微かに唇が細かく動いている事から、何かを呟いている様子。
 一心に、その事だけに全神経を傾けていた。
刀全体に青白い炎が宿り、それが九条の腕に纏わりつく。何が起こっているのかは九条本人でしか分からない。
 先程までロキにとって九条とは道端に転がる小石以下の存在だった。小石である以上、それには何ら価値は無い。
 しかし、それは誤りであった。
 本当の価値を、今になってロキは知らされた結果であった。
 何年ぶりであっただろう。いや、もしかしたら初めてだったのかもしれない。
 全身に震えるような感情の昂ぶりが起きたのは。


 この時、初めてロキは『敵』を認識した。
 
 









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