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柳川・立花山編
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ーーそんなこんなで、今日も一日仕事だった。帰宅してシャワーを浴びて、自分の部屋に置いた荷物を片付ける。
ふと、棚のよく見える位置に置いたジェリッシュのCDが目に留まった。最近流行の男性アーティストで、女性ファンのみならず、ダンスのキレの良さと美声に憧れる男性も多いすごい人だ。
「あれ、私ジェリッシュ好きだったっけ……」
確かにジェリッシュは、通勤の時にテンション上げるためによく聞いている。けれど好きな音楽は大抵サブスクで聴いているので、CDという媒体が妙に気になった。CDを買うのはある意味ファングッズだ。それほどのめり込んでいた記憶はあまりない。
手に取って裏を返せば、そこには日付が書かれた付箋が貼られていた。
「誰かに……借りたんだっけ……」
思い出そうとしても、記憶に霧がかかったように思い出せない。
「これも、旬ちゃんに借りたのかな……?」
念のため写真に撮って旬ちゃんに送信するとすぐに返事が返ってくる。
「あ、やっぱり旬ちゃんに借りてたんだ」
返信に安心して、私はドッと疲れを感じてベッドに寝っ転がる。
「疲れた……」
私は毛玉を探して手探りで布団の中を触る。そしてハッとする。
「私は何を探してたの?」
今、確かに私は布団の中に『何か』がいると思って動いていた。急に怖くなって部屋を出て、私はリビングに行く。リビングでは両親がテレビを眺めていた。相変わらず仲の良い夫婦だ。
突然乱入してきた私に、二人は目を丸くして注目する。
「どうした、楓」
「……うち、もふもふの動物お迎えしたことないよね?」
「動物?」
「うん。猫とか、ハムスターとか」
「やだわね、お迎えするわけないでしょう」
きょとんとする父に代わって、母が怪訝な顔をして肩をすくめた。
「楓って昔から動物好きだったけど、『旬ちゃんが嫌がるから、ペットはやだ』って言ってたじゃない」
「……そう、だったね」
そうだ。
小さい頃から、私が動物にもふもふするたびに旬ちゃんがすごく嫌な顔をしていた。
動物園のふれあいコーナーも、誰かお友達の家の犬猫さんも、私は旬ちゃんが嫌がるから触らなかった。
ーーあれ? ならどうして、私は昼間、猫さんを当然のように抱っこできたんだろう。
「それよりほら、動物が見たいならテレビを一緒に見ないか。今キタキツネの一年についてやってるよ」
父がにこにことテレビ画面を指さす。
もふもふでふかふかの冬毛のキツネが、真っ白な雪原で走り回っている様子だった。
「狐……」
ズキンと、特大級の頭痛が私を襲う。
私は両親に心配をかけないように、部屋に戻ってフラフラとベッドに倒れ込んだ。
痛い。痛い。痛い。どうして、こんなに頭が痛いの。
狐の尻尾の手触りや色が、頭の中で断片的にちらつく。ちらつく度に弾けるような痛みが襲う。
深めに切れ上がったスーツのセンターベンツから伸びるふかふかの尻尾。
カレーが辛くてぺたんと伏せる耳。中洲の夜、眩い照明の下で艶を増して輝く毛並み。
ーーそうそう。うどんを食べてる時の尻尾がふわふわ揺れるのが可愛いんだ。カレーを食べてる時、辛いと苦手で耳がぺったりしたり。
「待って、耳? 尻尾……?」
何を私は思い出してるの? 自分で自分が気持ち悪くて、怖い。私は咄嗟に枕元に置いた痛み止めを口に含み、飲み下す。
「これもストレスのせい、なのかな……」
刹那。
頭痛と呼応するように、家を揺らすほどの雷が鳴り響く。
カーテンを開いて窓の外を見れば、暗闇を切り裂く稲光が、雨の中でぎらぎらと輝いていた。
雨を見ているとなんだか、乱れた心が平かに落ち着いていく気がする。
「……寝よう」
痛み止めが効いてきたので、私はそのままベッドに潜り込んで丸くなる。
旬ちゃんから紹介されたお医者さんのお薬は、本当に良く効いてくれる。
ーー仕事に慣れて、変な感覚も消えて、早く普通になりたいと思った。
ふと、棚のよく見える位置に置いたジェリッシュのCDが目に留まった。最近流行の男性アーティストで、女性ファンのみならず、ダンスのキレの良さと美声に憧れる男性も多いすごい人だ。
「あれ、私ジェリッシュ好きだったっけ……」
確かにジェリッシュは、通勤の時にテンション上げるためによく聞いている。けれど好きな音楽は大抵サブスクで聴いているので、CDという媒体が妙に気になった。CDを買うのはある意味ファングッズだ。それほどのめり込んでいた記憶はあまりない。
手に取って裏を返せば、そこには日付が書かれた付箋が貼られていた。
「誰かに……借りたんだっけ……」
思い出そうとしても、記憶に霧がかかったように思い出せない。
「これも、旬ちゃんに借りたのかな……?」
念のため写真に撮って旬ちゃんに送信するとすぐに返事が返ってくる。
「あ、やっぱり旬ちゃんに借りてたんだ」
返信に安心して、私はドッと疲れを感じてベッドに寝っ転がる。
「疲れた……」
私は毛玉を探して手探りで布団の中を触る。そしてハッとする。
「私は何を探してたの?」
今、確かに私は布団の中に『何か』がいると思って動いていた。急に怖くなって部屋を出て、私はリビングに行く。リビングでは両親がテレビを眺めていた。相変わらず仲の良い夫婦だ。
突然乱入してきた私に、二人は目を丸くして注目する。
「どうした、楓」
「……うち、もふもふの動物お迎えしたことないよね?」
「動物?」
「うん。猫とか、ハムスターとか」
「やだわね、お迎えするわけないでしょう」
きょとんとする父に代わって、母が怪訝な顔をして肩をすくめた。
「楓って昔から動物好きだったけど、『旬ちゃんが嫌がるから、ペットはやだ』って言ってたじゃない」
「……そう、だったね」
そうだ。
小さい頃から、私が動物にもふもふするたびに旬ちゃんがすごく嫌な顔をしていた。
動物園のふれあいコーナーも、誰かお友達の家の犬猫さんも、私は旬ちゃんが嫌がるから触らなかった。
ーーあれ? ならどうして、私は昼間、猫さんを当然のように抱っこできたんだろう。
「それよりほら、動物が見たいならテレビを一緒に見ないか。今キタキツネの一年についてやってるよ」
父がにこにことテレビ画面を指さす。
もふもふでふかふかの冬毛のキツネが、真っ白な雪原で走り回っている様子だった。
「狐……」
ズキンと、特大級の頭痛が私を襲う。
私は両親に心配をかけないように、部屋に戻ってフラフラとベッドに倒れ込んだ。
痛い。痛い。痛い。どうして、こんなに頭が痛いの。
狐の尻尾の手触りや色が、頭の中で断片的にちらつく。ちらつく度に弾けるような痛みが襲う。
深めに切れ上がったスーツのセンターベンツから伸びるふかふかの尻尾。
カレーが辛くてぺたんと伏せる耳。中洲の夜、眩い照明の下で艶を増して輝く毛並み。
ーーそうそう。うどんを食べてる時の尻尾がふわふわ揺れるのが可愛いんだ。カレーを食べてる時、辛いと苦手で耳がぺったりしたり。
「待って、耳? 尻尾……?」
何を私は思い出してるの? 自分で自分が気持ち悪くて、怖い。私は咄嗟に枕元に置いた痛み止めを口に含み、飲み下す。
「これもストレスのせい、なのかな……」
刹那。
頭痛と呼応するように、家を揺らすほどの雷が鳴り響く。
カーテンを開いて窓の外を見れば、暗闇を切り裂く稲光が、雨の中でぎらぎらと輝いていた。
雨を見ているとなんだか、乱れた心が平かに落ち着いていく気がする。
「……寝よう」
痛み止めが効いてきたので、私はそのままベッドに潜り込んで丸くなる。
旬ちゃんから紹介されたお医者さんのお薬は、本当に良く効いてくれる。
ーー仕事に慣れて、変な感覚も消えて、早く普通になりたいと思った。
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