120 / 145
柳川・立花山編
2
しおりを挟む
「私、浅煎りのコーヒーが好きなの。酸味が強いコーヒーをブラックで飲んでいると、人の姿で生きる醍醐味だわ~って思っちゃう」
いつの間にか黒柴犬の女は、長い足をOL服からまろびだす長身の美女へと変わっていた。艶やかな黒髪を打掛のようにソファーに広げ、頭には狐より分厚く、ふかふかの焦げたトーストのような耳が立っている。
「羽犬姫さん。普段犬の姿なのに、人として生きる醍醐味なんて言っちゃうの?」
尽紫の言葉を受けて、霊犬は大袈裟に肩をすくめる。意志の強い黒々とした眉と、はっきりと大きな眼差し。彫りの深いはっきりとした顔立ちで、羽犬姫は女狐を見て笑う。
「ふふ、犬の姿にでもなっておらねば、妾が弟君の傍にいるのは赦さないだろう? 弟を溺愛する誰かさんが」
「そうね。八つ裂きにしていたかも」
勧められるままに珈琲を飲むと、ふわりと甘い。
「コロンビア産、良い豆ね?」
「一階で特別ブレンドを作ってもらってるのさ」
「へえ……息子さんがバリスタだといいわね。子どもなんて生んで、あの羽犬姫はすっかり落ち目だと思ってたけど」
「弟を玩弄して悦に浸る狐ほどは終わっちゃいないさ」
「……弟には手を出してないでしょうね?」
「可愛いばかりの狐に手を出すほど、飢えちゃいないさ。弟にまで執着する馬鹿はその辺にいるらしいけどね」
九尾狐とまつろわぬあやかしの羽犬姫。強靭な力を持つ女あやかし同士の応酬は続く。
太閤秀吉の他、様々な時代の勢盛んな支配者達に寵愛されてきた羽犬姫は、率直に趣味がいいことは尽紫も認めている。
羽犬姫は土地に根付く霊力を持つ霊犬で、九尾でも迂闊に手を出せない相手だ。
彼女には純然たる暴力以外の、強固な繋がりや歴史がある。
羽犬姫はじっと、尽紫の顔を見た。
「本当に楓ちゃんを、篠崎から引き離す気なのかい?」
「だって、ようやくの好機よ? 弟を忌まわしい因縁から解き放ってあげたいのよ」
「忌まわしい因縁、ねえ……」
羽犬姫は思わせぶりに足を組み替える。
「愛情に囚われた執着を『忌まわしい因縁』とするのなら、姉弟愛としては行き過ぎたそれも『忌まわしい因縁』にしか見えぬがな?」
「行き過ぎてなんかないわ」
狐の美少女は唇で弧を描いて胸を張る。
「私たちは古来から一対の雌雄で双子。この世でたった二人ぼっちの姉弟なんだから」
「まー、古来ならそういうものだったのは、わかるがな」
「時代が変わったって、変わらないものはあるわ。ーーコーヒーご馳走様」
尽紫は立ち上がり、会社を後にした。
「紫野ちゃんの為にも、……楓ちゃんの為にも、これが一番なのよ……」
いつの間にか黒柴犬の女は、長い足をOL服からまろびだす長身の美女へと変わっていた。艶やかな黒髪を打掛のようにソファーに広げ、頭には狐より分厚く、ふかふかの焦げたトーストのような耳が立っている。
「羽犬姫さん。普段犬の姿なのに、人として生きる醍醐味なんて言っちゃうの?」
尽紫の言葉を受けて、霊犬は大袈裟に肩をすくめる。意志の強い黒々とした眉と、はっきりと大きな眼差し。彫りの深いはっきりとした顔立ちで、羽犬姫は女狐を見て笑う。
「ふふ、犬の姿にでもなっておらねば、妾が弟君の傍にいるのは赦さないだろう? 弟を溺愛する誰かさんが」
「そうね。八つ裂きにしていたかも」
勧められるままに珈琲を飲むと、ふわりと甘い。
「コロンビア産、良い豆ね?」
「一階で特別ブレンドを作ってもらってるのさ」
「へえ……息子さんがバリスタだといいわね。子どもなんて生んで、あの羽犬姫はすっかり落ち目だと思ってたけど」
「弟を玩弄して悦に浸る狐ほどは終わっちゃいないさ」
「……弟には手を出してないでしょうね?」
「可愛いばかりの狐に手を出すほど、飢えちゃいないさ。弟にまで執着する馬鹿はその辺にいるらしいけどね」
九尾狐とまつろわぬあやかしの羽犬姫。強靭な力を持つ女あやかし同士の応酬は続く。
太閤秀吉の他、様々な時代の勢盛んな支配者達に寵愛されてきた羽犬姫は、率直に趣味がいいことは尽紫も認めている。
羽犬姫は土地に根付く霊力を持つ霊犬で、九尾でも迂闊に手を出せない相手だ。
彼女には純然たる暴力以外の、強固な繋がりや歴史がある。
羽犬姫はじっと、尽紫の顔を見た。
「本当に楓ちゃんを、篠崎から引き離す気なのかい?」
「だって、ようやくの好機よ? 弟を忌まわしい因縁から解き放ってあげたいのよ」
「忌まわしい因縁、ねえ……」
羽犬姫は思わせぶりに足を組み替える。
「愛情に囚われた執着を『忌まわしい因縁』とするのなら、姉弟愛としては行き過ぎたそれも『忌まわしい因縁』にしか見えぬがな?」
「行き過ぎてなんかないわ」
狐の美少女は唇で弧を描いて胸を張る。
「私たちは古来から一対の雌雄で双子。この世でたった二人ぼっちの姉弟なんだから」
「まー、古来ならそういうものだったのは、わかるがな」
「時代が変わったって、変わらないものはあるわ。ーーコーヒーご馳走様」
尽紫は立ち上がり、会社を後にした。
「紫野ちゃんの為にも、……楓ちゃんの為にも、これが一番なのよ……」
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる