116 / 145
柳川・立花山編
2
しおりを挟む
「やだわ。私が虐めて楽しいのは紫野ちゃんだけよ?」
旬ちゃんの髪の毛が広がる。瞬間、ネクタイを掴まれた篠崎さんの体が電流を流されたようにびくりと跳ねる。倒れ込もうとする篠崎さんの体を、旬ちゃんは前髪を掴んで持ち上げる。
「……篠崎さん……!!」
旬ちゃんは、愛おしむような眼差しで篠崎さんの汗を舐り、晒した額に口付ける。体に力が入らないのか、篠崎さんはされるがままだ。
「やめて。やめて……」
私は首を横に振る。けれど旬ちゃんは、私なんか無視して長い睫毛を伏せた。
「紫野ちゃん……恋心を拗らせて、未だそよ風のような霊力のままの幼さで懸命に生きている、愚かでばかな可愛い弟」
愛情を滲ませた蕩ける声音に反して荒っぽい手つきで、旬ちゃんは篠崎さんのネクタイを強く引っ張り引き寄せる。
華奢な体で成人男性の体を抱き止めて、汗に濡れたワイシャツの背中に腕を回し、篠崎さんの頬にキスを落とす。キスの度に、篠崎さんの表情が歪む。霊力を吸われているのだろう、篠崎さんはどんどん憔悴していく様子だった。
篠崎さんはそれでも、顔を歪めて姉を睨みつける。
旬ちゃんはにこり、と唇で不気味な弧を描いた。
「ねえ、紫野ちゃん。私は楓が産声を上げた時、すぐに『桜』だと気づいたわ。だから、だだ漏れの霊力で再び不幸な目に遭わないよう、見た目と立場を変えて楓を守り続けた」
篠崎さんを抱き寄せる、旬ちゃんの容姿がさまざまに変わる。
保育士の先生。学校の担任の先生。クラスメイト。そして懐かしい、いろんな年齢の旬ちゃん。
ーー私はずっと、旬ちゃんに見守られていたんだ。
愕然とする私にチラリと視線をよこし、旬ちゃんは話を続ける。
「けれど楓ちゃんが就職した頃から、『旬ちゃん』として頻繁に会うことができなくなって、張り続けていた結界が弱くなった。そんな時、天神駅の改札口で楓ちゃんは貴方に見つけられてしまったの。……貴方と出会ったことで最後の結界が剥がれたのよ」
春ちゃは私を振り返った。鋭い眼差しを向けられ、ぶわ、と前髪が浮くほどの霊力を感じる。
「楓ちゃん。私の弟と離れて頂戴」
「旬ちゃん……」
「『桜』の魂を持つあなたに囚われて、弟は哀れにも四〇〇年もの間『天神のはぐれ狐』としてあなたを待っていたの。けれどあなたは『桜』じゃないわ。もし貴方がそれでも紫野の傍にいたい、離れたくないと言うのなら」
その瞬間。
圧倒的な風に吹き飛ばされるような感覚がした。
鞄に吊るした愛用のICカードがバキンと割れる。九尾の狐の霊力で、私は気を失いそうになった。
「止めろ!」
振り絞るように、篠崎さんが叫ぶ。嘘のように風が止む。
篠崎さんは庇うように、私と旬ちゃんの間に立ち塞がった。
「なあ、尽紫。目的は俺なんだろう? 楓に手を出すなら許さねえ」
「九尾相手に、たかが一尾のあなたがどう抗うの?」
「俺は楓のためなら命だって惜しくない。だがお前も、弟を殺すことはできないだろ?」
すっと旬ちゃんの表情が消える。
旬ちゃんの髪の毛が広がる。瞬間、ネクタイを掴まれた篠崎さんの体が電流を流されたようにびくりと跳ねる。倒れ込もうとする篠崎さんの体を、旬ちゃんは前髪を掴んで持ち上げる。
「……篠崎さん……!!」
旬ちゃんは、愛おしむような眼差しで篠崎さんの汗を舐り、晒した額に口付ける。体に力が入らないのか、篠崎さんはされるがままだ。
「やめて。やめて……」
私は首を横に振る。けれど旬ちゃんは、私なんか無視して長い睫毛を伏せた。
「紫野ちゃん……恋心を拗らせて、未だそよ風のような霊力のままの幼さで懸命に生きている、愚かでばかな可愛い弟」
愛情を滲ませた蕩ける声音に反して荒っぽい手つきで、旬ちゃんは篠崎さんのネクタイを強く引っ張り引き寄せる。
華奢な体で成人男性の体を抱き止めて、汗に濡れたワイシャツの背中に腕を回し、篠崎さんの頬にキスを落とす。キスの度に、篠崎さんの表情が歪む。霊力を吸われているのだろう、篠崎さんはどんどん憔悴していく様子だった。
篠崎さんはそれでも、顔を歪めて姉を睨みつける。
旬ちゃんはにこり、と唇で不気味な弧を描いた。
「ねえ、紫野ちゃん。私は楓が産声を上げた時、すぐに『桜』だと気づいたわ。だから、だだ漏れの霊力で再び不幸な目に遭わないよう、見た目と立場を変えて楓を守り続けた」
篠崎さんを抱き寄せる、旬ちゃんの容姿がさまざまに変わる。
保育士の先生。学校の担任の先生。クラスメイト。そして懐かしい、いろんな年齢の旬ちゃん。
ーー私はずっと、旬ちゃんに見守られていたんだ。
愕然とする私にチラリと視線をよこし、旬ちゃんは話を続ける。
「けれど楓ちゃんが就職した頃から、『旬ちゃん』として頻繁に会うことができなくなって、張り続けていた結界が弱くなった。そんな時、天神駅の改札口で楓ちゃんは貴方に見つけられてしまったの。……貴方と出会ったことで最後の結界が剥がれたのよ」
春ちゃは私を振り返った。鋭い眼差しを向けられ、ぶわ、と前髪が浮くほどの霊力を感じる。
「楓ちゃん。私の弟と離れて頂戴」
「旬ちゃん……」
「『桜』の魂を持つあなたに囚われて、弟は哀れにも四〇〇年もの間『天神のはぐれ狐』としてあなたを待っていたの。けれどあなたは『桜』じゃないわ。もし貴方がそれでも紫野の傍にいたい、離れたくないと言うのなら」
その瞬間。
圧倒的な風に吹き飛ばされるような感覚がした。
鞄に吊るした愛用のICカードがバキンと割れる。九尾の狐の霊力で、私は気を失いそうになった。
「止めろ!」
振り絞るように、篠崎さんが叫ぶ。嘘のように風が止む。
篠崎さんは庇うように、私と旬ちゃんの間に立ち塞がった。
「なあ、尽紫。目的は俺なんだろう? 楓に手を出すなら許さねえ」
「九尾相手に、たかが一尾のあなたがどう抗うの?」
「俺は楓のためなら命だって惜しくない。だがお前も、弟を殺すことはできないだろ?」
すっと旬ちゃんの表情が消える。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる