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柳川・立花山編
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「桜……前世……?」
「そう。強靭な霊力を見出されて立花家に仕え、私と紫野ちゃんを使役した巫女」
情報が多すぎて、私は頭が真っ白になっていた。
旬ちゃんと篠崎さんは姉弟。そして二人のかつての主人は「桜」という巫女。
篠崎さんの主人ーー篠崎さんが四〇〇年も胸に紋様を刻んで大切にしてきた、好きだった人。
それは前世の私、桜なのだ。
「桜……馬鹿な女よ。紫野ちゃんが将来を約束していたのに、あやかしの呪術をまともに浴びて死んでしまった女」
旬ちゃんは篠崎さんに良く似た美貌で眉を歪めて笑う。唇の赤さが目立つ笑顔だった。
「楓ちゃん、よく聞いて。弟は楓ちゃんを桜の代わりとして見ているのよ。同じ魂のあなたに、過去の女を重ねているだけ。……そんな雄に告白したって、詮無いことと思わない?」
私の頬を撫でる旬ちゃんは、どこか篠崎さんとよく似た匂いがする。甘いような、香水のようなーー嗅覚ではなく感覚で感じるような、蕩けるような匂い。
ふと視線を落とせば、旬ちゃんのデコルテが光っている。ワンピースの襟元から覗いた胸元で紋様が光っている。篠崎さんとお揃いだ。
呆然とする私に、旬ちゃんは堰を切ったように話を続ける。
「私は楓ちゃんと紫野が出会ったのも、そして紫野が楓ちゃんを雇用するという名目で契約を結んで囲っているのも知っていた。陰ながら、どうなるのか様子をずっと見ていたの。けれどもう駄目ね。楓ちゃんは、私の弟を救えない」
「……っ」
私は言葉を発そうとして、口が開かないことに気づく。
指一本動かせない。ただ頬を撫でられて、おくれ毛を指先でくすぐられるのを感じるしかない。
「ねえ楓ちゃん。あなたは結局、桜の代わりでしかないの」
九本の尻尾がそれぞれ別の意志を持つようにぞわぞわと蠢く。
「楓ちゃんも幸せになれないわ。だって紫野ちゃんは、あなたに桜を重ねてるだけだもの」
親友は狐だった。そして悩みの種だった篠崎さんのご主人は、前世の私だった。
前世って何? 情報量が多すぎる。私はどんな顔をすればいいの……?
「楓ちゃん。私は貴方に前世みたいに悲惨な目に遭わず、「普通」の人生を送って欲しいのよ」
旬ちゃんの言葉に、私はハッとする。
私が「普通」に生きなくちゃと思うきっかけは、生きてきた中で何度もあった。
学校で浮いた時をはじめとして、人生で色々「変な」自分を自覚してしまった時に何度も。
この間もまさに、友達との飲み会で「普通」を意識した。
ーーもしかして。
旬ちゃんが、親友の顔をしてーー私に「普通」を勧めてくれていたのは、そういうことだったの?
その時。
「尽紫。いい加減にしろ」
聴きなれた声が届き、私の体がふわ、と自由になる。
反射的に振り返れば、スーツ姿の篠崎さんが肩で息をして立っていた。
狐色の髪は汗でぐっしょりに濡れ、青ざめて色を失った頬に張り付いている。
ぎゅっと握りしめた拳が震えている。ーー尋常ではない様子だった。
「よく頑張ってここまで来れたわね、紫野ちゃん」
尽紫と呼ばれた旬ちゃんは、瞳を光らせ唇で弧を描いた。
「そう。強靭な霊力を見出されて立花家に仕え、私と紫野ちゃんを使役した巫女」
情報が多すぎて、私は頭が真っ白になっていた。
旬ちゃんと篠崎さんは姉弟。そして二人のかつての主人は「桜」という巫女。
篠崎さんの主人ーー篠崎さんが四〇〇年も胸に紋様を刻んで大切にしてきた、好きだった人。
それは前世の私、桜なのだ。
「桜……馬鹿な女よ。紫野ちゃんが将来を約束していたのに、あやかしの呪術をまともに浴びて死んでしまった女」
旬ちゃんは篠崎さんに良く似た美貌で眉を歪めて笑う。唇の赤さが目立つ笑顔だった。
「楓ちゃん、よく聞いて。弟は楓ちゃんを桜の代わりとして見ているのよ。同じ魂のあなたに、過去の女を重ねているだけ。……そんな雄に告白したって、詮無いことと思わない?」
私の頬を撫でる旬ちゃんは、どこか篠崎さんとよく似た匂いがする。甘いような、香水のようなーー嗅覚ではなく感覚で感じるような、蕩けるような匂い。
ふと視線を落とせば、旬ちゃんのデコルテが光っている。ワンピースの襟元から覗いた胸元で紋様が光っている。篠崎さんとお揃いだ。
呆然とする私に、旬ちゃんは堰を切ったように話を続ける。
「私は楓ちゃんと紫野が出会ったのも、そして紫野が楓ちゃんを雇用するという名目で契約を結んで囲っているのも知っていた。陰ながら、どうなるのか様子をずっと見ていたの。けれどもう駄目ね。楓ちゃんは、私の弟を救えない」
「……っ」
私は言葉を発そうとして、口が開かないことに気づく。
指一本動かせない。ただ頬を撫でられて、おくれ毛を指先でくすぐられるのを感じるしかない。
「ねえ楓ちゃん。あなたは結局、桜の代わりでしかないの」
九本の尻尾がそれぞれ別の意志を持つようにぞわぞわと蠢く。
「楓ちゃんも幸せになれないわ。だって紫野ちゃんは、あなたに桜を重ねてるだけだもの」
親友は狐だった。そして悩みの種だった篠崎さんのご主人は、前世の私だった。
前世って何? 情報量が多すぎる。私はどんな顔をすればいいの……?
「楓ちゃん。私は貴方に前世みたいに悲惨な目に遭わず、「普通」の人生を送って欲しいのよ」
旬ちゃんの言葉に、私はハッとする。
私が「普通」に生きなくちゃと思うきっかけは、生きてきた中で何度もあった。
学校で浮いた時をはじめとして、人生で色々「変な」自分を自覚してしまった時に何度も。
この間もまさに、友達との飲み会で「普通」を意識した。
ーーもしかして。
旬ちゃんが、親友の顔をしてーー私に「普通」を勧めてくれていたのは、そういうことだったの?
その時。
「尽紫。いい加減にしろ」
聴きなれた声が届き、私の体がふわ、と自由になる。
反射的に振り返れば、スーツ姿の篠崎さんが肩で息をして立っていた。
狐色の髪は汗でぐっしょりに濡れ、青ざめて色を失った頬に張り付いている。
ぎゅっと握りしめた拳が震えている。ーー尋常ではない様子だった。
「よく頑張ってここまで来れたわね、紫野ちゃん」
尽紫と呼ばれた旬ちゃんは、瞳を光らせ唇で弧を描いた。
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