こちら、あやかし移住就職サービスです。ー福岡天神四〇〇年・お狐社長と私の恋ー

太宰府・二日市編

4

「君が義理立てしている筑紫野の霊狐は、まだ色んなことを君に隠している。主人についても、そのほかにも。あいつはそういう男さ」
「……」
「我は元人間だ。君の苦労も君の不安も十分にわかる。懸念も承知だ。それら全てを丸く収める方法を、僕は知っている。君に秘密を隠したままの狐よりもね」

　ゴクリ。
　生唾を飲みながら、私は目の前に差し出された契約書を見つめる。
　丸め込まれて流されて、飴と鞭。思考力を奪われているのは自分でもわかる。
　ここに書いてしまうのが楽なんじゃないか。

　ーー普通に生きられない私が、篠崎さんに迷惑をかけずに生きるには、徐徐さんの元で働くべきなのでは？

　ボールペンに手をとり、私は流されるままに名前を書こうとする。

「いい子だ」

　徐徐さんがにっこりと微笑んで、私の髪を撫でてくれた。
　その感触を感じた瞬間。
　篠崎さんの笑顔と、髪をくしゃっと撫でる手の感触がフラッシュバックした。

　ーー違う。
　私は、仮に片思いだとしても。私だけが契約のキスで、めちゃくちゃになっているんだとしても。
　あの人から離れたくない。

「申し訳ありません」

　ボールペンを置いた私に、徐徐さんは「おや」と片眉をあげる。

「いいのかい」
「私は……難しいことは今はまだよくわかりません。けれどはっきりしているのは、弊社篠崎と一緒にいたいということだけです。なので御社に就職はできません。申し訳ありません」
「元の主人について、知りたくはないの」
「篠崎さんが教えてくれるまで、聞きたくありません」
「……」

　数秒。沈黙が室内を支配する。

「まあいいさ」

　彼は意外にあっさりと、肩をすくめて勧誘をやめた。

「君は若い。まだ、幾らでも人間としての生をゆっくり楽しめばいいさ。我は急がないよ。人生は長いからね」

　人の生を超えた方士あやかしは、ピアスを揺らしてにこり、と紫水晶アメジストの目を細めた。

「またおいで、君ならいつでも歓迎するよ。菊井サン」