上 下
96 / 145
太宰府・二日市編

3

しおりを挟む
「っ……!」
「どう? ここで修行させてあげるよ」

 そうか。その手もあったのか。私はその道を一切考えていなかった。
 私が望むなら、きっと私は人間以外の道もあるのだ。

「人間辞めるの楽しいよ? いろんな俗物的な悩みから離れる。たまぁに離れすぎて色々あれなこともあるけどね」
「……でも……私は普通に暮らしたいので…」
「あの太宰府の旦那みたいになればいいのさ。死後に神様になって夫婦仲睦まじく暮らす彼を見ただろう? あれも一つの、普通の幸福さ」

 私はじっと考える。
 普通って、なんだろう。
 あやかしなんて知らないまま、社会人として普通に泣いたり笑ったりしながら歳を重ねて、人間としての人生を全うする暮らしが、普通だと思っていた。
 けれど目の前の方士は言う。夫婦仲睦まじく平和に暮らすのもまた普通の幸福だと。
 何が普通なのかわからない。

 私は友達のような、あやかしとは無関係の「普通」を生きるのは下手かもしれない。
 でも、高橋さんご夫婦の幸せを「普通じゃない」と断じるのも違う気がする。

「さあ、契約書は用意している。サインをするだけでいいのさ、菊井サン」

 どこから取り出したのか、彼は私にひらりと書類を見せてくる。
 そこに書かれている文字は中国語だったけれど、なぜか
 私はめまいを覚えた。

「私……お誘いはありがたいのですが、私は少なくとも、今は人間を辞めたいとは思えません。家族もいるし、人間としての生活も大切にしたいので」
「『普通』というのは、君にとって居心地の悪い人生ではなかったのかい?」

 見透かすように射抜かれ、私は押し黙る。

「狐をも惑わせる強い霊力を持って生まれたら、何かと生きづらい事もあっただろう?」
「それは……」

 睥睨する金の眼差しは、私の人生を全て見抜いているような色をしている。
 カバンにつけたICカードを握りしめ、私は息を整えた。

 少なくとも私はーーまだ、人間として生きるのが、嫌いじゃない。
 だから、今は人間を辞めるつもりはありません。

 そう、口に出そうとしたその時。

「我は狐と古い馴染みだ。狐の主人についても知っている」
「ーーッ!!!」

 反射的に顔を上げてしまった私に、彼はにっこりと笑う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

坂本小牧はめんどくさい

こうやさい
キャラ文芸
 坂本小牧はある日はまっていたゲームの世界に転移してしまった。  ――という妄想で忙しい。  アルファポリス内の話では初めてキャラ名表に出してみました。キャラ文芸ってそういう意味じゃない(爆)。  最初の方はコメディー目指してるんだろうなぁあれだけど的な話なんだけど終わりの方はベクトルが違う意味であれなのでどこまで出すか悩み中。長くはない話なんだけどね。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳
キャラ文芸
 越井克衛(こしい かつえ)は、冴えない底辺校に通う高校2年生。ちゃらんぽらんな父親は昔、妻に逃げられて、克衛と共に田舎から出てきた。  近所のアパートにひとり住まいしている宵野咲耶(よいの さくや)は、幼馴染。なぜかわざわざ同じ田舎から出てきて、有名私学に通っている。  頼りにならない父親に見切りをつけて、自分のことは自分でする毎日を送ってきたが、ある日、大きな変化が訪れる。  こともあろうに、父親が子連れの女を作って逃げてしまったのだ!  代わりにやってきたのは、その女の娘。  頭が切れて生意気で、ゾクっとするほどかわいいけど、それはそれ! これはこれ!  一度は起こって家を飛び出したものの、帰らないわけにはいかない。  ひと風呂浴びて落ち着こうと、家に帰った克衛が見たものは、お約束の……。  可愛い義妹の顔が悪鬼の形相に変わったとき、克衛の運命は大きく動き出す。  幼馴染の正体、人の目には見えない異界、故郷に隠された恐ろしい儀式、出生の秘密。  運命に抗うため、克衛は勇気をもって最初の一歩を踏み出す!   (『小説家になろう』『カクヨム』様との同時掲載です)

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...