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太宰府・二日市編
ナゾノワゴン—方士方舟—
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「それに、『紫野』も実のところ本名じゃない。過去に主従契約を結んだ時につけられた名だ」
意外にも、篠崎さんはつらつらと説明を続ける。
「本来の狐としての名は、雷の「らい」だ」
「あ、そういえば篠崎さんの下のお名前って」
私は名刺を思い出す。篠崎さんは頷いた。
「頼だな」
「漢字はそのまま使ってないんですね」
「ああ。真名を呼ばれるのはあやかしとしてちょっと気持ち悪いもんだからな」
「そういうものなんですね……」
「俺が霊狐として力を得た古代は、農耕神として人から祀られていたから……まあ、妥当な名だな。だから紫野よりむしろ、今の篠崎頼の方が本名に近いよ」
「すごく丁寧に教えてくださるんですね」
「教えないと思ったのか?」
「……篠崎さんは私に、過去のことは教えてくださらないので。あのお武家さんとお知り合いってことも知らなかったし」
私は先日の太宰府での仕事後、殿と呼ばれていた人と家臣の方の名前を検索した。
家臣の方の名前は出なかったものの、殿と呼ばれていた人の名前はすぐにWikipediaが表示された。ちょうど400年前くらいの歴史上の人物だった。
高橋紹運。
太宰府の四王寺山四王寺山の端に建てられた、岩屋城という城を守って亡くなった方だ。
鹿児島の方から攻めてきた軍勢数万に対して、たった800人弱で二週間籠城して、豊臣秀吉の援軍が来るまで息子たちの守る城を守った武将。
私が会った彼は、スーツ姿の普通の紳士という感じだったけれどーー
私は検索結果を見てぞくりとした。
ーー本当に、篠崎さんは400年前も生きていたんだ。
そう実感した瞬間、篠崎さんがとても遠く感じた。
「最近妙に様子が変だと思ったら、その事を気にしてたんだな」
篠崎さんが肩をすくめる。
「悪かったな、黙ってて。別に他意はない」
「……はい……」
「他にも何か気になることあるなら、なんでも聞いてくれて構わねえよ」
私は腕時計をへと目を落とす。待ち合わせの時間まで十五分以上ある。
もしかして篠崎さんは、最初から私の話を聞くために、時間にゆとりを持って博多駅に車を着けたのかもしれない。具合が悪ければ遠出をする前に早退できるように、と。
優しい人だと思う。けれど今は、その気遣いで与えられた空白の二人っきりの時間が、辛い。
「篠崎さん」
「ん」
「篠崎さんは、今も主従を結んだご主人のことを想っていますか?」
私の言葉に篠崎さんは真顔になって私を見た。
金色の瞳を軽く見開いて、じっと私を見た。
交差点から聞こえる、とおりゃんせのメロディーがやけに大きく私たちの間を流れていく。
「……それは……なんで、そんな事を気にするんだ、お前が」
いつもより、少し低くてざらついた声。それだけで、触れてはいけない場所に踏み込んでしまったのだと感じる。
「……元のご主人のこと、お好きなんですか?」
尋ねた瞬間。
しん、と、車の中の空気が変わった気配がした。
「それは……」
「恋の意味で、お好きだったんですか」
篠崎さんの綺麗な顔が、瞬間真っ赤に染まる。火の目を見るよりも明らかだ。
意外にも、篠崎さんはつらつらと説明を続ける。
「本来の狐としての名は、雷の「らい」だ」
「あ、そういえば篠崎さんの下のお名前って」
私は名刺を思い出す。篠崎さんは頷いた。
「頼だな」
「漢字はそのまま使ってないんですね」
「ああ。真名を呼ばれるのはあやかしとしてちょっと気持ち悪いもんだからな」
「そういうものなんですね……」
「俺が霊狐として力を得た古代は、農耕神として人から祀られていたから……まあ、妥当な名だな。だから紫野よりむしろ、今の篠崎頼の方が本名に近いよ」
「すごく丁寧に教えてくださるんですね」
「教えないと思ったのか?」
「……篠崎さんは私に、過去のことは教えてくださらないので。あのお武家さんとお知り合いってことも知らなかったし」
私は先日の太宰府での仕事後、殿と呼ばれていた人と家臣の方の名前を検索した。
家臣の方の名前は出なかったものの、殿と呼ばれていた人の名前はすぐにWikipediaが表示された。ちょうど400年前くらいの歴史上の人物だった。
高橋紹運。
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鹿児島の方から攻めてきた軍勢数万に対して、たった800人弱で二週間籠城して、豊臣秀吉の援軍が来るまで息子たちの守る城を守った武将。
私が会った彼は、スーツ姿の普通の紳士という感じだったけれどーー
私は検索結果を見てぞくりとした。
ーー本当に、篠崎さんは400年前も生きていたんだ。
そう実感した瞬間、篠崎さんがとても遠く感じた。
「最近妙に様子が変だと思ったら、その事を気にしてたんだな」
篠崎さんが肩をすくめる。
「悪かったな、黙ってて。別に他意はない」
「……はい……」
「他にも何か気になることあるなら、なんでも聞いてくれて構わねえよ」
私は腕時計をへと目を落とす。待ち合わせの時間まで十五分以上ある。
もしかして篠崎さんは、最初から私の話を聞くために、時間にゆとりを持って博多駅に車を着けたのかもしれない。具合が悪ければ遠出をする前に早退できるように、と。
優しい人だと思う。けれど今は、その気遣いで与えられた空白の二人っきりの時間が、辛い。
「篠崎さん」
「ん」
「篠崎さんは、今も主従を結んだご主人のことを想っていますか?」
私の言葉に篠崎さんは真顔になって私を見た。
金色の瞳を軽く見開いて、じっと私を見た。
交差点から聞こえる、とおりゃんせのメロディーがやけに大きく私たちの間を流れていく。
「……それは……なんで、そんな事を気にするんだ、お前が」
いつもより、少し低くてざらついた声。それだけで、触れてはいけない場所に踏み込んでしまったのだと感じる。
「……元のご主人のこと、お好きなんですか?」
尋ねた瞬間。
しん、と、車の中の空気が変わった気配がした。
「それは……」
「恋の意味で、お好きだったんですか」
篠崎さんの綺麗な顔が、瞬間真っ赤に染まる。火の目を見るよりも明らかだ。
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