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中洲編

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 とある船着場。
 雲ひとつない青空に似つかわしくない鬱屈した表情で、秋平与志古あきひらよしこは爪を噛んでいた。
 もうすぐ船便が出る。そこから乗り継いで実家の島へと帰ることになる。

「なんで、私が、こんな……」

 ただただこのまま、情けなさばかりを引きずって故郷に帰るのが悔しくてたまらなかった。

「やっぱり、最後にあいつのことーー菊井楓のことをめちゃくちゃにして帰ってやりたい、」

 福岡に戻ろう。
 踵を返そうとした、その時。

「こんにちは、秋平さん」
「……!!」

 彼女の背中に、涼やかな少女の声がかけられる。
 秋平が振り返るとそこには、目に眩しい真っ白なワンピースを着た黒髪の美少女が佇んでいた。

「な……」
「良いお天気ね。ご機嫌、いかが?」

 夏の日差しの下、美少女の手足は不自然なほどに肌が白く、海風に靡く黒髪は夜を切り取ったように昏い。
 秋平は息を呑む。先程までこんな女、いなかったのに、いつの間に?
 違和感を覚えた次の瞬間。
 秋平は霊力で、彼女の背後、を見て、目を大きく見開く。

「あなたは……」
「ちょっと暴れすぎたわね。その辺のあやかしが許しても、私が許さない」

 美少女は秋平に音もなく近づくと、白い腕でぎゅっと秋平を抱きしめる。
 呆然とする彼女に背伸びをして顔を近づけ、

「私の大切なあの子の邪魔をしないで」

 そう告げるとーー彼女は秋平の唇を奪った。

「……!!!!!!」

 そして数秒。
 秋平はそのまま、ばたりと船着場に倒れ込んだ。

不味まっず。なにこの、雑味が強すぎる霊力? 半端な修行しかしてないのね」

 美少女は唇を拭い、露骨に顔を顰めて秋平を見下ろす。秋平はもうすでに気を失っていた。

「まあいいわ。これで大人しく島まで帰ってくれるわね」

 美少女は置いていたレースの日傘を手に取ると開き、くるくる回しながら船着場を後にする。
 バスに乗って駅まで向かい、駅から何度か乗り換えて、天神へ。

 夕方の天神。ゆっくり人混みを歩く彼女は、異質なほどに美しい容姿をしているものの、通行人の誰も彼女を目に留めない。
 彼女は最終的に春吉の、一件のアパートにたどり着いた。

「夜さん、どこー? もう帰ってる?」

 アパートにはちょうど、一人のリクルートスーツ姿の女が帰るところだった。
 彼女はアパートの近くをキョロキョロと見上げ、誰かに声をかけているようだった。

「にゃあ」

 そんな彼女の腕の中に飛び込むように、一匹の雄猫が舞い降りてくる。しなやかな尻尾が二股に分かれた美猫だった。
 猫は抱き止めた主人の頬に擦り付きながら、人間の男の声で彼女に返事する。

「さては楓どの。ぬか炊きを貰ってきたな? 匂いがするぞ」
「ふふふ、ばれたー? 夜さんが帰らないなら独り占めするつもりだったんだけどな」

 美少女は彼女から見られない位置に佇み、スーツ女の様子を伺う。

「早く食べたい。米も欲しい」
「はいはい。お皿洗い宜しくね」

 女は縞合板の階段をカンカンと登り、鍵を開けて部屋に入っていく。
 ーー無防備な女の様子を見届けた後、美少女はむっつりと唇を尖らせる。

「なあに。あの雄猫。猫だからって楓ちゃんに馴れ馴れしすぎじゃない? ……まあ、猫なら別にいいか」

 美少女は妖艶に微笑む。

「唇を奪っちゃったり、するような相手じゃないものね」

 ぺろりと唇を舐めながら、美少女は長いまつ毛の目元を細める。傘をくるくると回しながら、彼女はアパートの前を後にした。

「楓ちゃん。……紫野しのには気をつけて欲しかったのに」

 美少女の持つスマートフォンが震える。彼女は上機嫌に画面をスワイプした。

「そうね……そろそろ、会うのも良い頃合いかもね」
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