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中洲編

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「ーーーーーー!!!!!」

 完全なる不意打ちだ。頭が真っ白になる。
 体の奥に甘く着火されたように、全身がブワッと火照る。最初のキスの時は分からなかったけれど、今なら全身の細胞という細胞から、霊力が吸い上げられているのが生々しく知覚できる。ぞくぞくする。
 身を乗り出してさらにキスをしてくる篠崎さんのシャツにしがみつき、私はされるがままだ。

「……は…」

 きっと時間では1秒も満たない、触れるだけのキス。
 それなのに私は5年くらい口付けられてる心地がした。

 唇が離れると篠崎さんはすぐに離れようとする。私は反射的に、シャツの腕を掴んだ。
 目が合う。篠崎さんの金色の瞳に、私が映っている。

「篠崎さん」
「……驚かせて悪いな」
「いや、それはいいんですけど。……なんだか悔しいです」
「何が」
「私ばっかり、キスひとつにぐちゃぐちゃになってて」
「こんなにってまだ2回目」
「もー2回目ですよ!」
「……悪いと思ってるよ。心から」

 篠崎さんは私の髪を撫でる。どこか遠慮がちにすら感じる、優しい手だった。
 長いまつ毛が影を落とす奥、私をじっと見つめる眼差しは、彼の申し訳なく思う気持ちが滲んでいる。
 私にとっては、人生二度目のキスなのに。
 だだもれ霊力のためなんてーー契約のためのキスで奪われちゃって。
 
 それでも、この人にキスされて嫌じゃない自分が、切なくて悔しい。

「悪い、以外には……何かあったりしないんですか」
「何かってなんだ。あ、尻尾か? 好きに触れよ」
「えっと……そうじゃなくて………申し訳ありません。私も、自分で何を言ってるのか」

 私は訊ねながら、どんな返事が来て欲しいのか自分でわからないでいた。
 差し出された尻尾をとりあえずもふもふ堪能しつつも、困らせるような事を言ってしまった、と罪悪感が湧いてくる。

「楓」

 篠崎さんが口を開いた。

「なんとも思わないわけじゃない。このやり方しか出来なくて、心から悪いと思っている」

 たっぷりと時間をかけて、篠崎さんは答えてくれた。

 私だって篠崎さんがとても気を遣ってキスをしてくれている事くらい解っている。
 誰もいない、業務内の時間を見計らって、私が気構えないようなタイミングで、不意打ちでキスをしてくれる。
 軽く。まるで行為にそれ以上の意味などないように振る舞う配慮。尻尾だって好きに触ってくれていいと言ってくれる。

 だだ漏れの霊力を吸い上げるにはキスしかない。だから、キスは「仕方ない」のだ。
 最大限に気遣いをしてもらっているはずなのに、私はどうしてこんなに気持ちがぐちゃぐちゃなんだろう。

「楓は楓の人生がある。キスなんてして気分が悪いだろうが、……狐に噛まれたと思ってノーカウントにして、いつかちゃんとしたキスで上書きしてくれ」
「上書き、って」

 篠崎さんは「すまない」ともう一度だけ告げると、空になった皿を下げて事務所を後にした。

「篠崎さん……」

 ーー私は、篠崎さんに私のことをどう思って欲しいんだろう。

 そう思った瞬間。
 ひらめきが頭を駆け抜け、私は一人残された事務所で、自らの唇に触れる。
 頬が熱い。全力疾走した後みたいに鼓動が高鳴って暴れてる。

「そうか……私は、謝って欲しいんじゃなくて……『私とキスしてる』ってことを…どう思ってるのか、知りたいんだ」

 私がどう思うか気遣ってくれる、篠崎さんの気持ちは十分伝わってくる。言葉でだって説明してくれている。
 けれど。
 キスに関して、はーー全くわからないんだ。
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