70 / 145
中洲編
2
しおりを挟む
「ーーーーーー!!!!!」
完全なる不意打ちだ。頭が真っ白になる。
体の奥に甘く着火されたように、全身がブワッと火照る。最初のキスの時は分からなかったけれど、今なら全身の細胞という細胞から、霊力が吸い上げられているのが生々しく知覚できる。ぞくぞくする。
身を乗り出してさらにキスをしてくる篠崎さんのシャツにしがみつき、私はされるがままだ。
「……は…」
きっと時間では1秒も満たない、触れるだけのキス。
それなのに私は5年くらい口付けられてる心地がした。
唇が離れると篠崎さんはすぐに離れようとする。私は反射的に、シャツの腕を掴んだ。
目が合う。篠崎さんの金色の瞳に、私が映っている。
「篠崎さん」
「……驚かせて悪いな」
「いや、それはいいんですけど。……なんだか悔しいです」
「何が」
「私ばっかり、キスひとつにぐちゃぐちゃになってて」
「こんなにってまだ2回目」
「もー2回目ですよ!」
「……悪いと思ってるよ。心から」
篠崎さんは私の髪を撫でる。どこか遠慮がちにすら感じる、優しい手だった。
長いまつ毛が影を落とす奥、私をじっと見つめる眼差しは、彼の申し訳なく思う気持ちが滲んでいる。
私にとっては、人生二度目のキスなのに。
だだもれ霊力のためなんてーー契約のためのキスで奪われちゃって。
それでも、この人にキスされて嫌じゃない自分が、切なくて悔しい。
「悪い、以外には……何かあったりしないんですか」
「何かってなんだ。あ、尻尾か? 好きに触れよ」
「えっと……そうじゃなくて………申し訳ありません。私も、自分で何を言ってるのか」
私は訊ねながら、どんな返事が来て欲しいのか自分でわからないでいた。
差し出された尻尾をとりあえずもふもふ堪能しつつも、困らせるような事を言ってしまった、と罪悪感が湧いてくる。
「楓」
篠崎さんが口を開いた。
「なんとも思わないわけじゃない。このやり方しか出来なくて、心から悪いと思っている」
たっぷりと時間をかけて、篠崎さんは答えてくれた。
私だって篠崎さんがとても気を遣ってキスをしてくれている事くらい解っている。
誰もいない、業務内の時間を見計らって、私が気構えないようなタイミングで、不意打ちでキスをしてくれる。
軽く。まるで行為にそれ以上の意味などないように振る舞う配慮。尻尾だって好きに触ってくれていいと言ってくれる。
だだ漏れの霊力を吸い上げるにはキスしかない。だから、キスは「仕方ない」のだ。
最大限に気遣いをしてもらっているはずなのに、私はどうしてこんなに気持ちがぐちゃぐちゃなんだろう。
「楓は楓の人生がある。キスなんてして気分が悪いだろうが、……狐に噛まれたと思ってノーカウントにして、いつかちゃんとしたキスで上書きしてくれ」
「上書き、って」
篠崎さんは「すまない」ともう一度だけ告げると、空になった皿を下げて事務所を後にした。
「篠崎さん……」
ーー私は、篠崎さんに私のことをどう思って欲しいんだろう。
そう思った瞬間。
ひらめきが頭を駆け抜け、私は一人残された事務所で、自らの唇に触れる。
頬が熱い。全力疾走した後みたいに鼓動が高鳴って暴れてる。
「そうか……私は、謝って欲しいんじゃなくて……『私とキスしてる』ってことを…どう思ってるのか、知りたいんだ」
私がどう思うか気遣ってくれる、篠崎さんの気持ちは十分伝わってくる。言葉でだって説明してくれている。
けれど。
キスに関して、篠崎さんがどう思っているかはーー全くわからないんだ。
完全なる不意打ちだ。頭が真っ白になる。
体の奥に甘く着火されたように、全身がブワッと火照る。最初のキスの時は分からなかったけれど、今なら全身の細胞という細胞から、霊力が吸い上げられているのが生々しく知覚できる。ぞくぞくする。
身を乗り出してさらにキスをしてくる篠崎さんのシャツにしがみつき、私はされるがままだ。
「……は…」
きっと時間では1秒も満たない、触れるだけのキス。
それなのに私は5年くらい口付けられてる心地がした。
唇が離れると篠崎さんはすぐに離れようとする。私は反射的に、シャツの腕を掴んだ。
目が合う。篠崎さんの金色の瞳に、私が映っている。
「篠崎さん」
「……驚かせて悪いな」
「いや、それはいいんですけど。……なんだか悔しいです」
「何が」
「私ばっかり、キスひとつにぐちゃぐちゃになってて」
「こんなにってまだ2回目」
「もー2回目ですよ!」
「……悪いと思ってるよ。心から」
篠崎さんは私の髪を撫でる。どこか遠慮がちにすら感じる、優しい手だった。
長いまつ毛が影を落とす奥、私をじっと見つめる眼差しは、彼の申し訳なく思う気持ちが滲んでいる。
私にとっては、人生二度目のキスなのに。
だだもれ霊力のためなんてーー契約のためのキスで奪われちゃって。
それでも、この人にキスされて嫌じゃない自分が、切なくて悔しい。
「悪い、以外には……何かあったりしないんですか」
「何かってなんだ。あ、尻尾か? 好きに触れよ」
「えっと……そうじゃなくて………申し訳ありません。私も、自分で何を言ってるのか」
私は訊ねながら、どんな返事が来て欲しいのか自分でわからないでいた。
差し出された尻尾をとりあえずもふもふ堪能しつつも、困らせるような事を言ってしまった、と罪悪感が湧いてくる。
「楓」
篠崎さんが口を開いた。
「なんとも思わないわけじゃない。このやり方しか出来なくて、心から悪いと思っている」
たっぷりと時間をかけて、篠崎さんは答えてくれた。
私だって篠崎さんがとても気を遣ってキスをしてくれている事くらい解っている。
誰もいない、業務内の時間を見計らって、私が気構えないようなタイミングで、不意打ちでキスをしてくれる。
軽く。まるで行為にそれ以上の意味などないように振る舞う配慮。尻尾だって好きに触ってくれていいと言ってくれる。
だだ漏れの霊力を吸い上げるにはキスしかない。だから、キスは「仕方ない」のだ。
最大限に気遣いをしてもらっているはずなのに、私はどうしてこんなに気持ちがぐちゃぐちゃなんだろう。
「楓は楓の人生がある。キスなんてして気分が悪いだろうが、……狐に噛まれたと思ってノーカウントにして、いつかちゃんとしたキスで上書きしてくれ」
「上書き、って」
篠崎さんは「すまない」ともう一度だけ告げると、空になった皿を下げて事務所を後にした。
「篠崎さん……」
ーー私は、篠崎さんに私のことをどう思って欲しいんだろう。
そう思った瞬間。
ひらめきが頭を駆け抜け、私は一人残された事務所で、自らの唇に触れる。
頬が熱い。全力疾走した後みたいに鼓動が高鳴って暴れてる。
「そうか……私は、謝って欲しいんじゃなくて……『私とキスしてる』ってことを…どう思ってるのか、知りたいんだ」
私がどう思うか気遣ってくれる、篠崎さんの気持ちは十分伝わってくる。言葉でだって説明してくれている。
けれど。
キスに関して、篠崎さんがどう思っているかはーー全くわからないんだ。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
あやかし姫を娶った中尉殿は、西洋料理でおもてなし
枝豆ずんだ
キャラ文芸
旧題:あやかし姫を娶った中尉殿は、西洋料理を食べ歩く
さて文明開化の音がする昔、西洋文化が一斉に流れ込んだ影響か我が国のあやかしやら八百万の神々がびっくりして姿を表しました。
猫がしゃべって、傘が歩くような、この世とかくりよが合わさって、霧に覆われた「帝都」のとあるお家に嫁いで来たのは金の尾にピンと張った耳の幼いあやかし狐。帝国軍とあやかしが「仲良くしましょう」ということで嫁いで来た姫さまは油揚げよりオムライスがお好き!
けれど困ったことに、夫である中尉殿はこれまで西洋料理なんて食べたことがありません!
さて、眉間にしわを寄せながらも、お国のためにあやかし姫の良き夫を務めねばならない中尉殿は遊び人の友人に連れられて、今日も西洋料理店の扉を開きます。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる