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中洲編

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「『此方』の爪弾きものなのに、居座ろうとしてる連中を追い出して何が悪いのよ」

 質問に乗らなかったらどうしよう。不安だったが主任はすんなりと話に乗ってきた。

「私は爪弾き者だなんて思いません。けれど、主任はそう思うだけの理由があるのですよね?」
「理由なんて、語るほどでもないでしょう」

 主任は大袈裟に肩をすくめる。

「必要のない者、居場所のない者は淘汰される。それが社会の摂理よ。貴方が会社から『淘汰』されたようにね」
「……主任には、私はそう見えてるのですね」
「とにかく、『此方』の世界には、あやかしの居場所なんてないの。そんな場所だと分かった上でも『此方』で暮らしたいのなら、あやかしは黙って隅でコソコソ生きているべきなのよ。それが嫌なら『彼方』に行けばいいのだから」

 主任の手のひらでシュルシュルと動く水に警戒しながら、私は問いかける。

「『此方』で生まれ育ったあやかしでも、誰に迷惑をかけていなくても、『此方』に住んではならないのでしょうか? なんの犯罪もせず、ただ働いて一生懸命生きてるあやかしを襲う理由があるのですか?」
「働いて? あやかしが働いてるからって、何が偉いの?」

 当然のことのように主任は口にして、ふん、と腕を組む。
 ーーその瞬間。あの幸せそうにする母子の姿が、私を奮い立たせる。

「主任」
「何よ」

 私は、主任の目を真正面から見つめて言葉にした。

「……主任は、

 ピシリと主任の顔が強ばる。私は怒りを感じながらも、自分でも驚くほど静かな気持ちだった。

 ーー私が今なすべき事。それは時間稼ぎ。
 ーーそして主任は、一方的に私に「マウンティング」されていると感じている。

 それならば、それを利用するのが一番だ。

「~の癖に、だとか。~だから追い出されて当然だ、とか。主任は序列やジャッジで生きてるのかもしれませんけど、そんなの主任が勝手に序列づけしたり、ジャッジしてるだけです」
「勝手にじゃないわよ。世間一般的な常識でものを言ってるのよ? 普通のことよ」
「普通?」

 私は意図的に、煽るように小首を傾げて見せる。
 脳裏に浮かぶのは、学生時代に巫女役として舞台に立ったときのことだ。
 役柄を演じきれ。私は主任をマウントする女。主任が一番、言われたくないことを口にしろ。

「特別になりたい貴方が、普通に縛られるんですか?」

 ひく、と主任の眉が引き攣る。しめた。
 私は冷や汗が流れるのを感じながら、ぎゅっと拳を握る。

「ああでも、自分の思い通りにならないからって反発できない相手に八つ当たりするのは「普通」じゃないですね」
「……あんた……!!」

 私が逆恨みされることも、悪く言われるのもどうでもいい。
 けれど、こっちで一生懸命頑張って生きている「普通」のあやかしを脅かすのが「普通」と言われるのならばーー私は彼女を逃す訳には行かない、あやかし転職サービスの社員として。

「主任。貴方自身が拗らせて、ジャッジングで縛られて生き辛くなるのは構いませんけど、それで人を傷つけるなら私は見過ごせません」
「人じゃないわ。あやかしよ」
「そうですか」

 私はICカードを構え、戦隊モノのようなポーズを構える。
 煽られて冷静さを失った主任は、私のポージングだけでも明らかに狼狽する。
 実はポージングだけなんてバレたら怒られそうだ。

「な、何よ」

 みじろぎながら、主任は片手に水の奔流を生み出す。それは鎌のような形になり、私へと向かう刃になる。
 ぎゅっと柄を握ったところで、闘志が漲ったのだろう。主任はギリ、と歯を食いしばった。

「生意気よ。会社じゃ何も言い返せないで、黙ってヘラヘラしてただけの貴方が、よくもペラペラと。自分がちょっと能力に目覚めたからって、偉そうに」
「偉そうに見えますか? どんな風に偉そうに見えるのか、言葉で具体的にご教示ください」
「うるさいわね!!!!!!!」

 鎌が私に振り下ろされるが、乱れた感情でめちゃくちゃに振り下ろされる鎌なんて怖くない。
 私はバリアを張り、弾き飛ばす。

 その瞬間。

「楓。足止めご苦労さん」

 私の後ろから革靴の音、そして頼もしい上司の声。主任の目が大きく見開いた。

秋平与志古あきひらよしこ。……公務員陰陽師を多く輩出している、秋平家の長女」
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