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中洲編
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キラキラの衣装を着るのはちょっと楽しみだったけれど、女性黒服の衣装を着て仕事をする方が私にはずっと気楽だった。普段からパンツのリクルートスーツで仕事をしているから通常営業、という感じだ。ストッキング苦手だしね。
私は女性黒服の姿で、出勤する雌猫又さんを出迎えたり、お店の周りを巡回したりした。同伴出勤の雌猫又さんに連絡を受ければ、彼女とお客さんの後をつけてそっと見守ったり、送迎タクシーに一緒に乗ったり。
夜間保育園の方は夜さんが待機してくれているので、万全だ。
水炊き屋の同伴から出勤の連絡が入る。送迎タクシーの助手席に乗って水炊き屋まで向かうと、タクシーに乗り込んできたのは昨日、夜さんが助けた子猫のママ猫さんだった。
綺麗に巻いた髪に同伴用の瀟洒なスーツを着たママ猫さんは、私を見て軽くウインク一つを飛ばす。
その後、いかにも裕福そうな社長さんと楽しそうに会話して同伴出勤した彼女は、お客様を席に案内して一旦席を立ち、裏方でヘアメイクと化粧とドレスを手早く整える。
美容師さんにセットされながら、彼女は私に素の笑顔で笑った。
「楓ちゃん、昨日はうちの子がお世話になったわ。ありがとう」
早朝迎えに来てくれた時は普通のママのような装いだったが、こうして見ると完璧な夜の蝶だ。艶やかに整えた巻毛の上に、三毛猫の耳が美しく尖っている。
「娘さん、あれから大丈夫でした?」
「大丈夫だったわ! ちょっとびっくりしてたけど、今日も保育園に行く前に「夜しゃんがいるの!?」って大はしゃぎでね。夜さん、すっかりあの子のヒーローみたい」
「安心しました」
「さて、昨日嫌な思いさせられた分、きっちり今夜は働くわよ」
彼女は細い肩で気合を入れると、力強く笑ってホールへと戻っていく。
高いヒールを履いて煌びやかなドレスを纏って、颯爽とお客さんに向かっていく彼女はとても凛々しい。
鍵しっぽの先端で揺れる、スワロフスキーのアクセサリーが綺麗だ。そういえば鍵しっぽと言えば、長崎だーーもしかしてママ猫さんは、長崎から移住の猫さんなのかもしれない。
彼女を見送ってすぐに、篠崎さんが私に声をかけてきた。
「楓。外の様子はどうだったか?」
私は首を横に振る。
「今のところは。でも帰り際を襲った事例もありますし、引き続き警戒は続けます」
「頼んだ」
肩をポンと叩き、篠崎さんもまた、ホールへと出ていく。
篠崎さんの姿を見て、お客様のあやかしが上機嫌に破顔した。
「おお、貴方が噂の『天神のはぐれ狐』殿ですか。いやはやお噂には」
「偶然私も中洲で仕事がありましたので、よろしければご挨拶だけでもできたらと思い伺いました」
「会いたかったですよ、さ、こちらへ」
ホストだ……と出そうになった言葉を飲み込む。
篠崎さんはここで働いている訳では勿論はないけれど、色々と顔見知りの社長さんやあやかしがご来店しているので挨拶しない訳にはいかないらしい。
蛸のお化けのようなあやかしの社長さんや、武士のような姿をしたあやかしさん。人間の団体の方々。
手が空いた私は灰皿を磨いて席に置きながら、そっとホールを見回す。
ーー猫又屋敷に訪れる、お客様は様々だ。
お店に入った瞬間から人間の姿を解いて、あやかしの姿で接客を受ける人たちや、あやかしの存在を知る普通の会社の社長さん。少なくとも共通しているのは、彼らにとって「あやかし」が当然の存在であること。
裏に戻る前に最後に、チラリと篠崎さんを目で追う。
色んな人たちとにこやかに話す、篠崎さんはとても慣れた様子だ。
「大変そうだな……」
私は率直な感想を漏らしながら、同時に篠崎さんを格好いいと思う。
居場所のないあやかし達に居場所を作るために、彼は一生懸命、縁故を繋いでいる。
私も彼に助けられた一人だ。
黒服の人に指示されてゴミを纏めていたところで、背後からそっと誰かが近づいてきた。
ママの音琴さんだ。
私は女性黒服の姿で、出勤する雌猫又さんを出迎えたり、お店の周りを巡回したりした。同伴出勤の雌猫又さんに連絡を受ければ、彼女とお客さんの後をつけてそっと見守ったり、送迎タクシーに一緒に乗ったり。
夜間保育園の方は夜さんが待機してくれているので、万全だ。
水炊き屋の同伴から出勤の連絡が入る。送迎タクシーの助手席に乗って水炊き屋まで向かうと、タクシーに乗り込んできたのは昨日、夜さんが助けた子猫のママ猫さんだった。
綺麗に巻いた髪に同伴用の瀟洒なスーツを着たママ猫さんは、私を見て軽くウインク一つを飛ばす。
その後、いかにも裕福そうな社長さんと楽しそうに会話して同伴出勤した彼女は、お客様を席に案内して一旦席を立ち、裏方でヘアメイクと化粧とドレスを手早く整える。
美容師さんにセットされながら、彼女は私に素の笑顔で笑った。
「楓ちゃん、昨日はうちの子がお世話になったわ。ありがとう」
早朝迎えに来てくれた時は普通のママのような装いだったが、こうして見ると完璧な夜の蝶だ。艶やかに整えた巻毛の上に、三毛猫の耳が美しく尖っている。
「娘さん、あれから大丈夫でした?」
「大丈夫だったわ! ちょっとびっくりしてたけど、今日も保育園に行く前に「夜しゃんがいるの!?」って大はしゃぎでね。夜さん、すっかりあの子のヒーローみたい」
「安心しました」
「さて、昨日嫌な思いさせられた分、きっちり今夜は働くわよ」
彼女は細い肩で気合を入れると、力強く笑ってホールへと戻っていく。
高いヒールを履いて煌びやかなドレスを纏って、颯爽とお客さんに向かっていく彼女はとても凛々しい。
鍵しっぽの先端で揺れる、スワロフスキーのアクセサリーが綺麗だ。そういえば鍵しっぽと言えば、長崎だーーもしかしてママ猫さんは、長崎から移住の猫さんなのかもしれない。
彼女を見送ってすぐに、篠崎さんが私に声をかけてきた。
「楓。外の様子はどうだったか?」
私は首を横に振る。
「今のところは。でも帰り際を襲った事例もありますし、引き続き警戒は続けます」
「頼んだ」
肩をポンと叩き、篠崎さんもまた、ホールへと出ていく。
篠崎さんの姿を見て、お客様のあやかしが上機嫌に破顔した。
「おお、貴方が噂の『天神のはぐれ狐』殿ですか。いやはやお噂には」
「偶然私も中洲で仕事がありましたので、よろしければご挨拶だけでもできたらと思い伺いました」
「会いたかったですよ、さ、こちらへ」
ホストだ……と出そうになった言葉を飲み込む。
篠崎さんはここで働いている訳では勿論はないけれど、色々と顔見知りの社長さんやあやかしがご来店しているので挨拶しない訳にはいかないらしい。
蛸のお化けのようなあやかしの社長さんや、武士のような姿をしたあやかしさん。人間の団体の方々。
手が空いた私は灰皿を磨いて席に置きながら、そっとホールを見回す。
ーー猫又屋敷に訪れる、お客様は様々だ。
お店に入った瞬間から人間の姿を解いて、あやかしの姿で接客を受ける人たちや、あやかしの存在を知る普通の会社の社長さん。少なくとも共通しているのは、彼らにとって「あやかし」が当然の存在であること。
裏に戻る前に最後に、チラリと篠崎さんを目で追う。
色んな人たちとにこやかに話す、篠崎さんはとても慣れた様子だ。
「大変そうだな……」
私は率直な感想を漏らしながら、同時に篠崎さんを格好いいと思う。
居場所のないあやかし達に居場所を作るために、彼は一生懸命、縁故を繋いでいる。
私も彼に助けられた一人だ。
黒服の人に指示されてゴミを纏めていたところで、背後からそっと誰かが近づいてきた。
ママの音琴さんだ。
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