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中洲編
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「私もそう思いますよ! 本当に!」
「同じホステスより中洲なら確実にアン○ン○ンミュージアムの店員の方が向いてるだろ……もしくはラーメン屋の店員……」
「あっご明察です篠崎さん! 実は保育士志望だったんですよ、昔」
「そういや児童教育学科卒業だったっけ、お前」
「はい! でも実習で思いっきりいびられまくっちゃって、資格は取ったんですが保育園の看板を見るだけで胃がシクシクと……」
「なんじゃそりゃ」
篠崎さんが憐れむような目を向ける。
「……資格が活かせたらいいな、いつか」
閑話休題。
なぜホステスデビューする、という話になっているのか。それは通り魔巫女の件と関係している。
福岡天神地区あやかし自治会のあやかし達との協議の中で、私を使うのはどうかという話になったらしい。
あやかしが人間相手に手を出すと、仮に人間が加害者だとしても面倒な問題になりやすい。
ならば人間の御社社員が人間の巫女に接触すればどうか、という話になったそうだ。
「ホステスのコスプレをするだけでいいんですよね」
「ああ。ドレスやヘアメイクは用意するから、俺と一緒にうろうろすればいい」
「同伴出勤だー……」
「そういえばお前と初めて会った時も、そんな事言ってたな?」
篠崎さんが揶揄うように笑う。私は頬が熱くなった。
「だ、だって篠崎さんみたいな派手なイケメンに声をかけられたら、そりゃあびっくりしますよ!」
「そりゃどーも」
篠崎さんが尖った歯を見せて笑うので、私はドキドキして目を逸らす。
最初はあまりに綺麗すぎて迫力があって、怖いばかりだった篠崎さん。今では頼もしくて可愛い人だと思う時が増えてきた。
推しと一緒に仕事ができるって幸せなことだ。尻尾と耳は触り放題だし。それに、き、キスだって……
ーー待って。触れたいと思うのって、推しとは違うのでは?
「そっ、そ、そういえば篠崎さん」
「ああ、どうした」
「どうして雌の猫又さんはホステスさんが多いんですか?」
「あいつらは元々客商売に慣れてるからな」
篠崎さんは細い路地を上手に運転しながら、私の質問に答える。
「楓、九州のあちこちに、雌猫ばかりの猫又屋敷の伝説があるのは教えただろ?」
「はい」
研修で聞いた内容を思い出す。
「確か、雌猫又は各地に異界に通じる猫又屋敷を形成して生きてるんですよね。九州なら熊本阿蘇の根子岳に登って修行する雄猫とは対照的に、麓に作られた雌猫だらけの猫屋敷の伝説とか。南西諸島の猫の島の伝説とか」
雄猫は福岡や大分や、海を超えた山口からも一箇所に集まって修行すると言われているが、雌猫は里に近い場所でコミュニティを作るらしい。子猫の子育てなども関係してるのかな。
「佐賀の猫は……確か違うんですよね?」
「肥前鍋島の猫騒動は、ウチの夜の分野だな。大陸伝来の妖猫を使役する呪法の名残りだ。だから夜は、主人が必要な主従ありきの猫だ」
「主従ありき……」
ここで働きだしてから気づいたことがある。
夜さんのような、人間との主従を縁にしているあやかしは、殆どいないという事。
篠崎さん曰く、そういう人間に使役されているタイプのあやかしは、人間社会から捨てられて今はほぼ『此方』に残っていないのだという。
私はちらり、と篠崎さんを見る。
篠崎さんは胸に、特定の主人との主従を結んだままだーー彼も、本当は此方に残っているのが珍しいあやかしなのだろう。
篠崎さんの、大切な主人ってーー誰なんだろう。
「楓? どうした、ボーッとして」
「はわ!? あ、あ、申し訳ありません」
「話続けんぞ」
篠崎さんは肩をすくめて続ける。
「中洲のクラブのいくつかが、いわゆる『猫又屋敷』のクラブ版みたいになってるんだ。ママからキャストまで全部雌の猫又。出資者は人間の場合が多いがな」
「へー……」
「猫はそもそも夜行性だから、夜の商売の方が調子がいい」
「あ、だから夜の保育園も完備してるんですね」
「そういうこと。子供の方も夜に運動会できる保育園の方が調子が出る。猫はあっという間にでかくなるから、その後の義務教育も何も必要ないしな」
「中洲あたりには人間向けの保育園も、二十四時間の保育園がありますよね、確か。そりゃあ夜も働いている人がいるから、保育園も必要ですよねえ」
猫も人間も生活がある。仕事がある。大多数の人が寝ている時間でも、稼働している保育園があるからこそ助かっている人々がいるのだ。
話しているうちに社用車は駐車場へと辿り着く。
飲み屋に向かう客の流れをかき分け、私たちは中洲のビルへと向かった。
「同じホステスより中洲なら確実にアン○ン○ンミュージアムの店員の方が向いてるだろ……もしくはラーメン屋の店員……」
「あっご明察です篠崎さん! 実は保育士志望だったんですよ、昔」
「そういや児童教育学科卒業だったっけ、お前」
「はい! でも実習で思いっきりいびられまくっちゃって、資格は取ったんですが保育園の看板を見るだけで胃がシクシクと……」
「なんじゃそりゃ」
篠崎さんが憐れむような目を向ける。
「……資格が活かせたらいいな、いつか」
閑話休題。
なぜホステスデビューする、という話になっているのか。それは通り魔巫女の件と関係している。
福岡天神地区あやかし自治会のあやかし達との協議の中で、私を使うのはどうかという話になったらしい。
あやかしが人間相手に手を出すと、仮に人間が加害者だとしても面倒な問題になりやすい。
ならば人間の御社社員が人間の巫女に接触すればどうか、という話になったそうだ。
「ホステスのコスプレをするだけでいいんですよね」
「ああ。ドレスやヘアメイクは用意するから、俺と一緒にうろうろすればいい」
「同伴出勤だー……」
「そういえばお前と初めて会った時も、そんな事言ってたな?」
篠崎さんが揶揄うように笑う。私は頬が熱くなった。
「だ、だって篠崎さんみたいな派手なイケメンに声をかけられたら、そりゃあびっくりしますよ!」
「そりゃどーも」
篠崎さんが尖った歯を見せて笑うので、私はドキドキして目を逸らす。
最初はあまりに綺麗すぎて迫力があって、怖いばかりだった篠崎さん。今では頼もしくて可愛い人だと思う時が増えてきた。
推しと一緒に仕事ができるって幸せなことだ。尻尾と耳は触り放題だし。それに、き、キスだって……
ーー待って。触れたいと思うのって、推しとは違うのでは?
「そっ、そ、そういえば篠崎さん」
「ああ、どうした」
「どうして雌の猫又さんはホステスさんが多いんですか?」
「あいつらは元々客商売に慣れてるからな」
篠崎さんは細い路地を上手に運転しながら、私の質問に答える。
「楓、九州のあちこちに、雌猫ばかりの猫又屋敷の伝説があるのは教えただろ?」
「はい」
研修で聞いた内容を思い出す。
「確か、雌猫又は各地に異界に通じる猫又屋敷を形成して生きてるんですよね。九州なら熊本阿蘇の根子岳に登って修行する雄猫とは対照的に、麓に作られた雌猫だらけの猫屋敷の伝説とか。南西諸島の猫の島の伝説とか」
雄猫は福岡や大分や、海を超えた山口からも一箇所に集まって修行すると言われているが、雌猫は里に近い場所でコミュニティを作るらしい。子猫の子育てなども関係してるのかな。
「佐賀の猫は……確か違うんですよね?」
「肥前鍋島の猫騒動は、ウチの夜の分野だな。大陸伝来の妖猫を使役する呪法の名残りだ。だから夜は、主人が必要な主従ありきの猫だ」
「主従ありき……」
ここで働きだしてから気づいたことがある。
夜さんのような、人間との主従を縁にしているあやかしは、殆どいないという事。
篠崎さん曰く、そういう人間に使役されているタイプのあやかしは、人間社会から捨てられて今はほぼ『此方』に残っていないのだという。
私はちらり、と篠崎さんを見る。
篠崎さんは胸に、特定の主人との主従を結んだままだーー彼も、本当は此方に残っているのが珍しいあやかしなのだろう。
篠崎さんの、大切な主人ってーー誰なんだろう。
「楓? どうした、ボーッとして」
「はわ!? あ、あ、申し訳ありません」
「話続けんぞ」
篠崎さんは肩をすくめて続ける。
「中洲のクラブのいくつかが、いわゆる『猫又屋敷』のクラブ版みたいになってるんだ。ママからキャストまで全部雌の猫又。出資者は人間の場合が多いがな」
「へー……」
「猫はそもそも夜行性だから、夜の商売の方が調子がいい」
「あ、だから夜の保育園も完備してるんですね」
「そういうこと。子供の方も夜に運動会できる保育園の方が調子が出る。猫はあっという間にでかくなるから、その後の義務教育も何も必要ないしな」
「中洲あたりには人間向けの保育園も、二十四時間の保育園がありますよね、確か。そりゃあ夜も働いている人がいるから、保育園も必要ですよねえ」
猫も人間も生活がある。仕事がある。大多数の人が寝ている時間でも、稼働している保育園があるからこそ助かっている人々がいるのだ。
話しているうちに社用車は駐車場へと辿り着く。
飲み屋に向かう客の流れをかき分け、私たちは中洲のビルへと向かった。
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