上 下
57 / 145
中洲編

2

しおりを挟む
「私もそう思いますよ! 本当に!」
「同じホステスより中洲なら確実にアン○ン○ンミュージアムの店員の方が向いてるだろ……もしくはラーメン屋の店員……」
「あっご明察です篠崎さん! 実は保育士志望だったんですよ、昔」
「そういや児童教育学科卒業だったっけ、お前」
「はい! でも実習で思いっきりいびられまくっちゃって、資格は取ったんですが保育園の看板を見るだけで胃がシクシクと……」
「なんじゃそりゃ」

 篠崎さんが憐れむような目を向ける。

「……資格が活かせたらいいな、いつか」

 閑話休題。
 なぜホステスデビューする、という話になっているのか。それは通り魔巫女の件と関係している。
 福岡天神地区あやかし自治会のあやかし達との協議の中で、私を使うのはどうかという話になったらしい。

 あやかしが人間相手に手を出すと、仮に人間が加害者だとしても面倒な問題になりやすい。
 ならば人間の御社社員きくいかえでが人間の巫女に接触すればどうか、という話になったそうだ。
 
「ホステスのコスプレをするだけでいいんですよね」
「ああ。ドレスやヘアメイクは用意するから、俺と一緒にうろうろすればいい」
「同伴出勤だー……」
「そういえばお前と初めて会った時も、そんな事言ってたな?」

 篠崎さんが揶揄うように笑う。私は頬が熱くなった。

「だ、だって篠崎さんみたいな派手なイケメンに声をかけられたら、そりゃあびっくりしますよ!」
「そりゃどーも」

 篠崎さんが尖った歯を見せて笑うので、私はドキドキして目を逸らす。
 最初はあまりに綺麗すぎて迫力があって、怖いばかりだった篠崎さん。今では頼もしくて可愛い人だと思う時が増えてきた。
 推しと一緒に仕事ができるって幸せなことだ。尻尾と耳は触り放題だし。それに、き、キスだって……
 ーー待って。触れたいと思うのって、推しとは違うのでは?

「そっ、そ、そういえば篠崎さん」
「ああ、どうした」
「どうして雌の猫又さんはホステスさんが多いんですか?」
「あいつらは元々客商売に慣れてるからな」

 篠崎さんは細い路地を上手に運転しながら、私の質問に答える。

「楓、九州のあちこちに、雌猫ばかりの猫又屋敷の伝説があるのは教えただろ?」
「はい」

 研修で聞いた内容を思い出す。

「確か、雌猫又は各地に異界に通じる猫又屋敷を形成して生きてるんですよね。九州なら熊本阿蘇くまもとあそ根子岳ねこだけに登って修行する雄猫とは対照的に、麓に作られた雌猫だらけの猫屋敷の伝説とか。南西諸島の猫の島の伝説とか」

 雄猫は福岡や大分や、海を超えた山口からも一箇所に集まって修行すると言われているが、雌猫は里に近い場所でコミュニティを作るらしい。子猫の子育てなども関係してるのかな。

「佐賀の猫は……確か違うんですよね?」
肥前鍋島ひぜんなべしまの猫騒動は、ウチの夜の分野だな。大陸伝来の妖猫を使役する呪法の名残りだ。だから夜は、主人が必要な主従ありきの猫だ」
「主従ありき……」

 ここで働きだしてから気づいたことがある。
 夜さんのような、人間との主従を縁にしているあやかしは、殆どいないという事。
 篠崎さん曰く、そういう人間に使役されているタイプのあやかしは、人間社会から捨てられて今はほぼ『此方』に残っていないのだという。

 私はちらり、と篠崎さんを見る。
 篠崎さんは胸に、特定の主人との主従を結んだままだーー彼も、本当は此方に残っているのが珍しいあやかしなのだろう。

 篠崎さんの、大切な主人ってーー誰なんだろう。

「楓? どうした、ボーッとして」
「はわ!? あ、あ、申し訳ありません」
「話続けんぞ」

 篠崎さんは肩をすくめて続ける。

「中洲のクラブのいくつかが、いわゆる『猫又屋敷』のクラブ版みたいになってるんだ。ママからキャストまで全部雌の猫又。出資者は人間の場合が多いがな」
「へー……」
「猫はそもそも夜行性だから、夜の商売の方が調子がいい」
「あ、だから夜の保育園も完備してるんですね」
「そういうこと。子供ガキの方も夜に運動会できる保育園の方が調子が出る。猫はあっという間にでかくなるから、その後の義務教育も何も必要ないしな」
「中洲あたりには人間向けの保育園も、二十四時間の保育園がありますよね、確か。そりゃあ夜も働いている人がいるから、保育園も必要ですよねえ」
 
 猫も人間も生活がある。仕事がある。大多数の人が寝ている時間でも、稼働している保育園があるからこそ助かっている人々がいるのだ。
 話しているうちに社用車は駐車場へと辿り着く。

 飲み屋に向かう客の流れをかき分け、私たちは中洲のビルへと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

書籍化の打診が来ています -出版までの遠い道のり-

ダイスケ
エッセイ・ノンフィクション
ある日、私は「書籍化の打診」というメールを運営から受け取りました。 しかしそれは、書籍化へと続く遠い道のりの一歩目に過ぎなかったのです・・・。 ※注:だいたいフィクションです、お察しください。 このエッセイは、拙作「異世界コンサル株式会社(7月12日に電子書籍も同時発売)」の書籍化の際に私が聞いた、経験した、知ったことの諸々を整理するために書き始めたものです。 最初は活動報告に書いていたのですが「エッセイに投稿したほうが良い」とのご意見をいただいて投稿することにしました。 上記のような経緯ですので文章は短いかもしれませんが、頻度高く更新していきますのでよろしくおねがいします。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...