48 / 145
中洲編
2
しおりを挟む「最終面接で一発で、隠し社訓を当てちまったんだよ」
「えっ……あの、社長が無茶振りしてくるあれをですか?」
「ああ。ノーヒントで一発で」
「うわ……何それ。そこまで勘がいいと逆に怖いっすね」
「だろ? やっぱ『霊感女』は違うわ」
ーー二人は気づいていないが、菊井が社長の隠し社訓を当てたのは勘ではなかった。
最終面接が行われた社長室の棚、古今東西のビジネス書が並んでいる中で一際目立つ場所に論語が置かれていたこと。
そして表向きの社訓が「努力は裏切らない」だったこと。
そしてトイレに掛けてあった掛け軸の内容を思い出し、彼女は見事、
「もしかして論語の……『不患無位、患所以立』ですか?」
隠し社訓を言い当てたのだ。
経験を重ねた経営者というものは往々にして自分の考えをアピールしたいもの。彼女は社内に散りばめられていた社長の自己主張を、『なんとなく』で無自覚に情報収集し、そこから答えを導き出していたのだ。
ーー論語の内容まで思い出せたのは、『霊感女』所以かもしれないが。
「でも変な新人だったとしても、ちゃんと仕事ができる新人だったんだな、今思うと」
「菊井さんが言ってた通り社用車、ブレーキおかしくなってましたしね」
「もっと優しくしとけばよかったなー」
「ですね~。あーあ、早く次の事務員入ってこないかなー」
二人はいつものように日替わり定食を無言でがっつき、そして会社に戻りたくねえなー、と言葉に出さずに考えていた。
菊井は業務の中で分厚い引き継ぎ資料を作りながら、退職したいとずっと願い続けてきていた。
そしてある日を境にとんとん拍子に退職手続きが進み、有給を全て消化した上でスッキリと退職してしまった。
噂では彼女を気に入っていた太口の顧客が、円満に辞めさせるよう労基を匂わせながら電話してきたらしい。
その後。
彼女は新しく雇った事務に引き継ぎをしていたが、なんと彼女が辞めた数日後にその新人も辞めてしまった。実に賢明な判断だ。
普通、あれだけ任されたらヤバいと思って逃げるに決まってる。
「まあ、菊井さんが辞めて良かったこともありますよね」
「ああ、主任な」
「ええ」
二人は食後の茶を飲みながら苦笑いする。
「主任、いきなり逃亡するとは思いませんでしたよ。普通バイトでもあの辞め方しなくないですか?」
「俺たちにとってはまあ、良かったことじゃねえか。いっつもマウント取ってきて面倒だったし」
「毎年新卒の女の子いびってましたしね。菊井さん辞めた後も事務職いじめて、流石にその時は社長に注意されてましたね」
「注意が遅いっつーの」
「もういなくなっちゃいましたしね」
「あの人、今頃どこで何してんだろうな……」
「実家が社長の親戚で、どっかの旧家なんでしょ? なら生きてんじゃないですか?」
「憎まれっ子世に憚るってなー」
「俺も太い実家か才能が欲しいなー」
だべりながら二人は、こっそりとスマホに登録した求人情報サイトを眺めているのだった。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
神様の学校 八百万ご指南いたします
浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
八百万《かみさま》の学校。
ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。
1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。
来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる