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天神編
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しおりを挟む「ッ……!」
猫さんは私の視線に身構える。
彼も本当は、この社会にいたい人なんじゃないだろうか。
菊井楓(わたし)、落ち着いて。
主任がやらかしたクレーム対応で感情的な人の相手は慣れてるじゃない。
「猫さん。私を今襲っても、何の問題の解決にもならないと思いませんか?」
「……少なくとも俺の霊力は満たされる。『此方』にいられる時間が、長くなる」
「でもどうせ、すぐにお腹がすくんでしょう? 私がどんなに美味しい霊力を持っていようとも、1年、10年って、ずっと満たされていられますか?」
「……」
「そんな短い時間の為に、猫さんの猫生棒に振るのはやめましょうよ」
霊力なんて知らない。あやかしなんてわかんない。
天神に屋台があることだって知らない、私は世間知らずの『普通』のOLだから。
けれど――普通だから。私は困っている彼を、ほおっておけるほど理性的になれない。
「本当は、人を襲うのは嫌いなんですよね? だって私を襲いたいなら、そんな風に宣言なんてしなくていいはずです。後ろからガバっと、爪を立てたら私なんて一発でしょう」
「それは……」
「先日だって、そうです。私に強引にパワーストーン・ブレスレットを押し付けようとして……セールストークを言ってましたけど……本当は、丸暗記したセールストークを口にしていただけですよね」
猫さんの目が見開く。私は確信した。
「私は転職をしたい、普通に生きたいって相談しました。猫さんが真剣な顔をして傾聴してくださっていた時、確かに私の気持ちを汲んでくださっていたように思います。なのに、ブレスレットの話になったとたん……さっきまでの話を聞いていなかったかのように、『出世できる』とか『結婚できる』とか。普通に暮らしたい私の願いと真逆のものが叶うと言いました。だから思ったのです。どこかで貴方は占い師がパワーストーンを売りつける姿を見たことがある。そのやり方で、霊力を吸い取るしかないと思った。だから形だけ見様見真似で真似した……」
表情は固いものの体は素直だ。猫さんの尻尾がふにゃり、と下がる。
やっぱりこの猫さんは悪い人じゃない。ちゃんとした人だ。
「猫さんはとても誠実に傾聴してくださいましたし、凄く信頼できる方だなと思いました。それに記憶力だって、行動力だっておありなんです。形ばかり占い詐欺の振りをして霊力を得ようとするよりも、もっとまっとうに働いて生きたほうが絶対向いてます。……働くのと霊力がどうのは、私はちょっとわかりませんけど」
その時。
私の背後から足音が近づいてきた。
「そいつは人と主従契約をして生きてきたあやかしだ。人と繋がり『此方』に求められていなければ、霊力をみるみる失い死んでしまう」
街灯にきらきらと輝く金髪に、ぴんと伸びた狐耳。篠崎さんだ。どうしてここがわかったのだろうか。もしかして私のカバンにまだ何かいろいろ仕込んでる?
訝しむ私をよそに、彼は猫さんをまっすぐに見つめた。
「かつて、あやかしは人と共に暮らしてきた。今のあやかしだって、人の社会で仕事をする。人に……必要とされることが、あやかしが『此方』で生きていくために……必要だから」
「そうだ」
猫さんが口を開く。
「だから俺は……天神で……」
「わかってるよ。だからスカウトしに来たのに、なんで逃げたんだよ昼間は」
「……」
「あやかしは人間社会に無理に生きずとも、『彼方』に行くことだってできる。それなのに死にかけても『此方』にとどまるって事は――理由があるんだろ? おおかた……自分を飼ってくれていた人間に未練があるってところか」
「……そうだ」
そのときごほ、と猫さんが血を吐いて倒れる。
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