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夫の弟

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「イアンは私のことを好きって言ってくれるの!  早く離縁してよ!」



朝、気持ちよく散歩していると外から大きな声がした。



(離縁なんてできるならもうしてるわ。)



私の夫は色んなところで愛人を作っている。本当に色んなところだ。一応伯爵家の人間だが、平民にも手を出したそうだ。多分先程の声の主は平民なんだろう。貴族のご婦人方はきっと遊びで夫の相手をしているのだと思う。まぁ、たまに本気の方がいるがその場合は毎回顔を腫らしてイアンが家に帰ってくる。



「どなたですか?」



「私はイアンの彼女よ! もうすぐ嫁になるのだけどね!  とりあえず早く離縁してくれない?  イアンはいつも私だけだと言ってくれるわ!」



それはきっと愛人の皆さん全員に言っていることだろう。言うならば、私も昨日言われた。薔薇の花束と一緒に。私が好きなのは薔薇じゃないなんてイアンが知っているわけないだろう。花だけじゃない。好きな色も好きな食べ物も全部だ。



「忙しいのでもう帰ってもらえないかしら?  ここに来る暇があるならイアンに会いに行けばよろしいのでは?」



イアンがどこにいるのかは知らないが。伯爵家の仕事は私が全て行っている。昨日やっと一段落してぐっすり眠れたかと思えば夫の愛人が家に訪れたのだ。



(いっそ平民に生まれてたら幸せだったのかしら。)



そんな高望みをしても意味は無い。私は貴族に生まれたのだから。



私と話しても無駄だと気づいたのか、何か大声で叫びながら帰っていった。イアンの趣味って謎ね。私がもし男性で愛人を持つならもっと物静かな方を選ぶと思うけれど。



「シャル、兄上は?」



後ろから声が聞こえ、振り向くと夫と似た顔をしている男性が立っていた。



「ノア! イアンはいないわ。きっと王宮にいると思うわ。」



ノアは少しきまづそうに視線を逸らす。あの人が王宮で、真面目に仕事をしているはずがないのはノアなら分かるのだろう。ノアはイアンの弟で、イアンとは違い静かな子だ。



(静かだけど威圧感はすごいのよね。)



「またか。兄上に会ったら注意しておく。これ、たまたま近くを通ったから買ったんだがみんなで食べてくれ。」



「これ……。」



平民街で人気のケーキ屋さんのものだ。朝早くに並んでも待ち時間が1時間以上あるというのに。ノアのことだから、使用人に並ばせずに時分で買いに行ってくれたのだろう。本当、不器用な子だ。



「ノア、ありがとう」



ノアは少しだけ顔を赤くしたがすぐ無表情にもどった。



(そういえば、最近笑った顔みてないな。昔はあんなに笑ってくれたのに。)



「シャル」



「どうしたの?」



「いや、なんでもない。また来る。」



イアンがいなかったせいでとんぼがえりになるのは可哀想だ。せめて、飲み物だけでも飲んでいってもらおう。



「ノア、あたらしい紅茶があるの。飲んでいかない?」



「いらない。兄上によろしく頼む。」



……私、ノアに嫌われるようなことしたのかしら。


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ごめんなさいサブタイトル変えました。またイアン死んでなかった()
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