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四十一話 どうしてそこまで

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 曖昧な笑みを浮かべる私にヴィルヘルムさんは事情を察したのだろう。小さく肩をすくめ、私に向けて手を差し伸べた。

「ライラ様。ひとまず、あなたの部屋に行きましょう。私では不足かもしれませんが、エスコートをしてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ、はい。もちろんです」

 ヴィルヘルムさんの手に自分の手を重ね、立ち上がる。座り込んでいたせいでドレスが皺になっているので簡単に直すが、しっかり整えるのは難しかった。
 皺の残るドレスにヴィルヘルムさんはなんとも言えない顔をしたけど、さすがに彼自身の手で直すのは憚られたのだろう。
 何も言わず、私の手を引いて歩きはじめた。

「それで、エイシュケルの姫君がいらしたとのことですが……陛下と彼女はどちらに?」
「それは……聞いてません。伝えるようにとしか言われなかったので」

 ルーファス陛下は普段執務室にしかいない。そこにお姫様を連れていった、とは考えにくい。
 ならばどこに――と考えても答えは出ない。私事と考えて自分の部屋に連れていったのかもしれないし、仕事と考えて謁見の間に連れていったのかもしれない。
 こんな時にどう対応するのか。書類の山と格闘するルーファス陛下しか知らない私では、結論なんて出しようがなかった。

「そう、ですか。……密入国したとは考えにくいし、塔に連れていってはいないだろうから……応接間か玉座の間か……適当な部屋に放り込んだのかもしれないし……」


 ぶつぶつと呟き、候補を挙げていくヴィルヘルムさん。
 何故適当な部屋、という候補が出てくるのだろう。

「塔、とは?」
「……ああ、失礼いたしました。ライラ様はまだご存じなかったのですね」

 口を挟むと、ヴィルヘルムさんは柔和な笑みを浮かべ、ちらりと窓の外に視線を投げかけた。
 私もそちらを見てみるけど、青い空が広がっているだけで、塔らしきものは見えない。

「離れに塔が建っているのですよ。高貴な者の牢獄として用意されたもので……今は一人しか幽閉されていませんが、あまりよい場所ではないので近づかないことをおすすめします」
「……牢獄ですか。それって、何をしたらそこに入れられるんですか?」
「具体的にはなんとも……処刑されてもおかしくない罪を犯し、ですが処刑するには問題のある人物であれば、といったところでしょうか」

 そんなところがあるなんて盲点だった。
 一刀両断してもおかしくないほど怒らせて冷静さを奪わないと、幽閉される可能性があったということだ。
 一応、立場上は他国から嫁いできた姫君なので、殺せないと判断されればそれまで。殺されることもなく無為な時間を過ごすことになる。

「今はどんな人が幽閉されているんですか?」

 ギリギリのラインを見極めるためには、今幽閉されている人――大きな罪を犯しながらも冷静さを奪えなかった人の情報が必要だ。
 好奇心を剥き出しにして聞く私に、ヴィルヘルムさんはちょっと困ったような笑みを浮かべた。

「以前……先代皇帝の側仕えをしていた者です」
「その人はどんな罪を?」
「しいていえば……反逆罪、といったところでしょうか」

 ルーファス陛下は父親と家臣を殺し、玉座に座った。それなのに反逆してきた者を、たった一人とはいえ生かしている。
 積もる疑問に別のことを聞こうとして――ヴィルヘルムさんが足を止めた。

「それでは部屋に着きましたので、私はこれで。……ライラ様。塔に幽閉されている者について、どなたにも言わないように。知らない者も多いので……」

 新しく入ってきた人も多いから、ということなのだろうか。
 知らない人に聞いて微妙な反応を返されても困るので、私はおとなしく頷くことにした。

「もしもまたご用がありましたら、いつでもベルを鳴らしてください」
「はい。今度は忘れないようにします」
「……持ち歩いても構いませんよ。あのベルは……このイヤリングと繋がっているので、どこで鳴らしても音が届くようになっております」
「……あのベルも遺物なんですか?」

 ヴィルヘルムさんの片耳で輝く金色のイヤリング。言われてみれば、色合いがベルに似ている。

「そうですね。ですがたいしたものではないので、気負うことはありませんよ」
「気負うなって言われても……どうしてそんな、大切なものを私に使ってくれているんですか? 眼鏡も……私が失くしたらどうしようとか、考えなかったんですか?」

 眼鏡もベルも、簡単に壊れてしまう。眼鏡はともかく、ベルは私が城に着いた日から部屋にある。私の人となりもわからないのに、よく貸し出そうと思ったものだ。

「どうしよう、ですか。形あるものはいつか壊れるものです。壊れたり失くされても、そういう定めだったのだろうと、そう考えるだけのことですよ。……それに、ライラ様は陛下が気にされていたお方ですからね。誠心誠意、万全の体勢を整えるべきだと判断したまでです」
「……万全の体勢というわりには、城に人が少ないですけど」
「物はともかく、人手は簡単には手に入りませんからね」

 どことなくこそばゆさを感じて皮肉を言うと、ヴィルヘルムさんは肩をすくめて苦笑を浮かべた。

 それからヴィルヘルムさんはルーファス陛下とお姫様を探しに去り、私は部屋の中で柔らかいソファに体を沈めた。
 机の上には金色に輝くベル。持ち手にはピンク色のリボンが結ばれている。このリボンも遺物なのだろうかと考えたけど、真新しい感じがするので違うかもしれない。

「持ち歩くには大きすぎるような気がするけど……」

 持ち歩いてもいいとヴィルヘルムさんは言っていたけど、牛飼いが持っているようなサイズなので、鞄でもないと普段使いは難しそうだ。

「……それに間違えて鳴らしたらヴィルヘルムさんに申し訳ないし、飾っておこう」

 うっかり落として鳴ったら、呼んでもいないのにヴィルヘルムさんが来てしまう。
 私はそっとベルを手に取って、普段は近づきそうにない棚の上に置こうと手を伸ばし――うっかり、本当にうっかり、ベルが手から零れ落ちた。

 床にぶつかるベル。その拍子にけたまましい音が鳴るかと思えば、カランと小さな音だけが耳に届く。

「鳴らなかったのかな」

 さすが古代の遺物。意図していなければ鳴らないのかもしれない。
 そう思って落ちたベルを拾おうと屈み――それと同時に、大きな音を立てて扉が開かれた。
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