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三十五話 皇帝6

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「ヴィルヘルム」

 ライラを部屋に帰し、彼女に毒を盛った侍女を牢に入れ、ヴィルヘルムと二人になった部屋の中でルーファスは小さく呟く。

「本当に、あいつが王女で間違いないのか?」

 輝くような髪と色の変わる瞳を持つ彼女がエイシュケルの王女だと言ったのは、ヴィルヘルムだった。 
 森の中で生活していた少女が王女であるというのはにわかには信じがたかったが、特徴からして間違いないと言い張ったのもヴィルヘルムだ。

「色の変わる瞳は、まぎれもなく妖精の血をひく者の特徴です」
「……あいつは王女で、戦争の功労者だ。なのに、どうして死にたがる」

 王族の子は生まれにくい。だから生まれれば大切に育てられるのは当然で、しかも戦争の功労者ともなればよりいっそう大切にされるのは当然のはずだ。
 少なくとも、ルーファスの知る常識の中では。

「昔はどうあれ、今は破格の待遇を受けていると、そう思っていたのが間違いだったのか……?」
「あれだけ頑なに帰ろうとしていなかったんですから、察するべきでしたね。……国では王女とは思えない扱いを受け、妃として嫁ぎ大切にしてもらえるかと思えば認めないだのなんだの言われ……ああ、なんてかわいそうなライラ様。どこにも希望がないと死にたがるのも、しかたないのかもしれませんね」

 やれやれと言わんばかりにため息を落とすヴィルヘルムに、ルーファスは言葉に詰まった。
 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだろう。

「とりあえず、許しを乞うところから初めては? 許していただけるかはわかりませんが」
「……あれだけ妻ではない妃ではないと豪語しておきながら、今さら妻として扱えと言うのか」
「ライラ様の御心についた傷を癒すためには、それしかないと思いますが……まあ、プライドが邪魔して嫌だとおっしゃるのでしたらしかたありませんね。女性の扱いに長けた者を何人か見繕い宛がいましょうか。蝶よ花よと扱われれば、陛下のことを忘れて謳歌していただけるかもしれませんし。子は……誰が相手だろうと陛下が我が子だと承認すれば民も納得してくれるでしょう」

 人ならざるものの血をひく者は子ができにくく、多数の伴侶を持つことがどこの国でも認められている。
 それはアドフィルでも変わらず、妖精の血をひくライラが何人もの異性に囲まれていようと、違和感を抱く者はいないだろう。
 そして女性の扱いになど慣れていないルーファスと絆を深めるよりも、女性の扱いに慣れている者のほうがライラの傷を癒すことができるかもしれないというのは、懇切丁寧に説明されずともルーファスも理解している。

「……それは、最終手段だ。彼女が俺を許してくれなければ、それも……視野に入れよう」

 だが理解できるからといって納得できるかといえば、話は別だ。

「では、彼女に謝るのですか?」
「ああ。……これからは妃として扱うと……この国にとって必要な、生きていていい立場なのだと、伝える」
「妻としては?」
「それは……彼女が俺を許してから、考える」

 考えるも何もすでに結婚しているんですが、というヴィルヘルムの軽口を聞き流しながら、ルーファスはどう謝罪するかを考えはじめた。
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