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二十九話 すぐに終わったお披露目会
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ゆっくりとした音楽が流れるなか、ルーファス陛下に手を取られて檀上にある椅子に座る。
聞こえてくる音楽は大きすぎず小さすぎず、耳を傾けることもできるし、誰かと話していても邪魔にならない程度のものだ。
談笑しゆるやかな時間を過ごす彼らにとって、この綺麗な音楽ときらびやかな装いに囲まれた空間は、どんなふうに映っているのだろう。
――なんてことを、挨拶しに来た人たちに「よろしくお願いします」と返しながら考える。
すっかりうっかり忘れかけていたけど、ルーファス陛下は暴君と名高い。父親と兄妹を手にかけ、逆らう臣下までも殺して彼は玉座に座った。
つまり、この国の人たちにとって、彼は積極的に関わりたくない相手だということだ。
挨拶をしに来た人たちはみんな丁寧に振る舞っていたけど、用が済めばさっさと立ち去り、次の人に順番を回していた。
一言二言しか交わさない短いやり取りの中で、彼らはルーファス陛下の顔色をちらちらとうかがっていた。
そして挨拶を済ませた――身近にいる人とたわいもない会話に興じている人も、ルーファス陛下の顔色をうかがっている。
ルーファス陛下は肘置きを使って頬杖をつき、それを見ているだけ。そして私はその横で、人形のようにただただ座っているだけだ。
これでは粗相のしようがない。なにしろ、よろしくお願いしますと言っただけで会話が終わる。しかも、彼らの顔に浮かぶ怯えの色からすると、よろしくお願いしませんと言ったところで、誰も異議を唱えてはくれなさそうだ。
ルーファス陛下に粗相を働けばその場で切り捨ててくれるかもしれないけど、この一週間の経験から、それは難しそうに思える。
それにもしも切り捨ててくれても、彼らの怯えがよりいっそう増してしまう。
お母さまはいつも何かに怯えていた。怯えて苦しんで、嘆いていた。
だから、思ってしまう。彼らが怯えることなく、私の死を歓迎してくれないだろうかと。
「……くだらん」
横から聞こえた小さな声に、聞き間違いだろうかと顔をそちらに向ける。赤色の瞳を真正面に向けていたルーファス陛下が、おもむろに立ち上がった。
「くだらん」
短く紡がれた言葉はさきほどよりもはっきりとしていて、広間の空気が一瞬で固まった。
奏でられていた音楽も、会話を楽しんでいる――ように見せていた――人たちも、ぴたりと動きを止める。
ルーファス陛下はそれらを一瞥すると、何も言わず入ってきた扉に向かい、出ていってしまった。
私はそれを、ぽかんと呆けた顔で見送り――広間に広がるざわめきで我に返る。
「る、ルーファス陛下?」
慌てて立ち上がり、一人取り残された王妃――私に向けられる視線から逃れるように、彼のあとを追う。
「ちょっと待ってください。どうしたんですか」
「くだらないからくだらないと言っただけだ」
長く続く廊下を遠慮なく突き進む彼の背中に向けて聞くと、あっさりさっくりきっぱりとした答えが返ってきた。
「どうして俺が、認めてもいない妃の披露目に参加しなければならない」
「何を今さら……いやなら最初からこんなもの開かなければよかったじゃないですか」
「俺が準備したわけではない」
「それは、そうかもしれませんけど……でも妃のお披露目会は必要なんだから、諦めてください」
「俺はお前を妃とは認めていない」
「あなたが認めていなくても、書類上は認められています」
何度繰り返したかわからないやり取り。
私だって妻だろうとなんだろうと構わないけど、妻ではないと認めたらすぐにでも国に帰されてしまう。
なんとしてもここで、敵が多いかもしれないここで、いくつもの国を侵略し、その国の王を殺す力を持っていたアドフィル帝国で死ななければいけない。
エイシュケル王国では、どれほど私を嫌っていても妖精の血をひくからと誰も殺してくれないだろうから。
「私は死ぬまで、あなたの妻です」
だから殺してくださいと、彼と初めて会った時と同じように言外にこめる。
ルーファス陛下の足が止まり、ゆっくりとこちらを向く。ひそめられた眉の下の瞳が私に向いている。
「お前は、妻として扱われたら満足なのか?」
いえ、殺してください。
――なんて言うわけにはいかず口ごもっていると、ルーファス陛下はため息を落として、私に背を向けた。
そしてそのまま、また遠慮のない足取りで歩きはじめる。
足を挫くかどうかの瀬戸際である私では追いつけない速度で。
聞こえてくる音楽は大きすぎず小さすぎず、耳を傾けることもできるし、誰かと話していても邪魔にならない程度のものだ。
談笑しゆるやかな時間を過ごす彼らにとって、この綺麗な音楽ときらびやかな装いに囲まれた空間は、どんなふうに映っているのだろう。
――なんてことを、挨拶しに来た人たちに「よろしくお願いします」と返しながら考える。
すっかりうっかり忘れかけていたけど、ルーファス陛下は暴君と名高い。父親と兄妹を手にかけ、逆らう臣下までも殺して彼は玉座に座った。
つまり、この国の人たちにとって、彼は積極的に関わりたくない相手だということだ。
挨拶をしに来た人たちはみんな丁寧に振る舞っていたけど、用が済めばさっさと立ち去り、次の人に順番を回していた。
一言二言しか交わさない短いやり取りの中で、彼らはルーファス陛下の顔色をちらちらとうかがっていた。
そして挨拶を済ませた――身近にいる人とたわいもない会話に興じている人も、ルーファス陛下の顔色をうかがっている。
ルーファス陛下は肘置きを使って頬杖をつき、それを見ているだけ。そして私はその横で、人形のようにただただ座っているだけだ。
これでは粗相のしようがない。なにしろ、よろしくお願いしますと言っただけで会話が終わる。しかも、彼らの顔に浮かぶ怯えの色からすると、よろしくお願いしませんと言ったところで、誰も異議を唱えてはくれなさそうだ。
ルーファス陛下に粗相を働けばその場で切り捨ててくれるかもしれないけど、この一週間の経験から、それは難しそうに思える。
それにもしも切り捨ててくれても、彼らの怯えがよりいっそう増してしまう。
お母さまはいつも何かに怯えていた。怯えて苦しんで、嘆いていた。
だから、思ってしまう。彼らが怯えることなく、私の死を歓迎してくれないだろうかと。
「……くだらん」
横から聞こえた小さな声に、聞き間違いだろうかと顔をそちらに向ける。赤色の瞳を真正面に向けていたルーファス陛下が、おもむろに立ち上がった。
「くだらん」
短く紡がれた言葉はさきほどよりもはっきりとしていて、広間の空気が一瞬で固まった。
奏でられていた音楽も、会話を楽しんでいる――ように見せていた――人たちも、ぴたりと動きを止める。
ルーファス陛下はそれらを一瞥すると、何も言わず入ってきた扉に向かい、出ていってしまった。
私はそれを、ぽかんと呆けた顔で見送り――広間に広がるざわめきで我に返る。
「る、ルーファス陛下?」
慌てて立ち上がり、一人取り残された王妃――私に向けられる視線から逃れるように、彼のあとを追う。
「ちょっと待ってください。どうしたんですか」
「くだらないからくだらないと言っただけだ」
長く続く廊下を遠慮なく突き進む彼の背中に向けて聞くと、あっさりさっくりきっぱりとした答えが返ってきた。
「どうして俺が、認めてもいない妃の披露目に参加しなければならない」
「何を今さら……いやなら最初からこんなもの開かなければよかったじゃないですか」
「俺が準備したわけではない」
「それは、そうかもしれませんけど……でも妃のお披露目会は必要なんだから、諦めてください」
「俺はお前を妃とは認めていない」
「あなたが認めていなくても、書類上は認められています」
何度繰り返したかわからないやり取り。
私だって妻だろうとなんだろうと構わないけど、妻ではないと認めたらすぐにでも国に帰されてしまう。
なんとしてもここで、敵が多いかもしれないここで、いくつもの国を侵略し、その国の王を殺す力を持っていたアドフィル帝国で死ななければいけない。
エイシュケル王国では、どれほど私を嫌っていても妖精の血をひくからと誰も殺してくれないだろうから。
「私は死ぬまで、あなたの妻です」
だから殺してくださいと、彼と初めて会った時と同じように言外にこめる。
ルーファス陛下の足が止まり、ゆっくりとこちらを向く。ひそめられた眉の下の瞳が私に向いている。
「お前は、妻として扱われたら満足なのか?」
いえ、殺してください。
――なんて言うわけにはいかず口ごもっていると、ルーファス陛下はため息を落として、私に背を向けた。
そしてそのまま、また遠慮のない足取りで歩きはじめる。
足を挫くかどうかの瀬戸際である私では追いつけない速度で。
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