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最終話
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それから数週間が過ぎ、ようやく結婚式を挙げられるようになった。約束のひと月は過ぎてしまったけど、そもそも無茶な日程だったので、ノエルは何も言ってこなかった。
無茶だと自覚していたのか、あるいは私に任せたから何も言わなかっただけかはわからないけど。
「ほーら、できたできた。やだかわいー。私ったら天才!」
年齢不詳な甘く可愛らしい声ではしゃいでいるのは、魔術師セレスト。二人しかいない女性魔術師のうちの一人だ。
私の師匠であり、ノエルの兄弟子かつ兄であるジルを除外して式の準備を行うのは、早々に諦めた。どこからともなく現れて首を突っこんでこようとしたので、いっそ開き直って参加したい魔術師は誰でも歓迎という形にした。
その結果、セレスト様が名乗り出た。
柔らかく巻かれたピンク色の髪に色とりどりの花を飾っている彼女は、人でもなんでも、飾り立てるのが好きな人だ。なので、当日のお化粧や式場の飾り付けを任せることにした。
「せめて着付けが終わるまで待てなかったのかい? ああまったく、目の前をふわふわふらふら、目障りったらありゃしない」
花嫁衣裳の着付けを手伝ってくれているのは、残る一人の女性魔術師であるジゼル様。腰に手を当てて全身で怒りを表している。
「だって待たせたら悪いなーって思ったから、しかたないよねー」
悪びれもなく笑うセレスト様に、ジゼル様がため息を落とす。
結婚式の準備を手伝ってくれたのは、彼女たちだけではない。部屋から一歩たりとも出てたまるか、という極度の室内好きな魔術師以外は暇さえあれば顔を出してきた。
現在、登録されている魔術師は十四人。極度の室内好きの人を除いた十三人が手伝ってくれたおかげで、塔のすぐ近くに立派な会場が出来上がった。野外で行うことを伝えていなかったら、教会の一つぐらいは建てそうな勢いで。
「はい。ドレスも終わったよ。走ろうと跳ねようと崩れないだろうから、安心して動き回りな」
「お化粧もねー、泣こうと喚こうと水を被ろうと頭から火に突っこんでも大丈夫だから、安心してね!」
着付けも化粧も、魔術で行われた。だから普通と違う仕様なのは受け入れるけど、いったいこの二人はどんな状況を想定したのかと考えずにはいられない。ただの結婚式なのに。
「わざわざ、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。あの坊やには世話になってるからね」
「ちっちゃな頃から知ってるから他人って感じもしないしねー」
たしかに、とジゼル様が頷くのに合わせて、耳の下で二つに結ばれた緑色の髪が揺れる。
魔術師は皆が皆――というほどではないけど、大体の人は珍しい髪色をしている。元から、ではない。魔術師と証明するのが面倒なので、ひと目で魔術師にはどうすればいいかを考えた結果、髪色を変えるということに落ち着いたらしい。
だからセレスト様もジゼル様も――そしてジルも、本来の髪色を普段はさらさない。
ちなみに、ノエルは自前らしいので、おそらくジルも元は黒髪なのだと思う。
セレスト様とジゼル様は見当もつかないけど。
「もういいかな?」
噂をすればなんとやら、というやつなのか、ノックの音がしたと思ったら間髪入れず扉が開き、ジルがひょっこりと顔を出した。
「ノックは返事を待ってから開けるためにあるんだって、いつになったら覚えるんだか、まったく……着替えてる最中だったらどうするつもりだったんだい?」
「そうだね。その時は責任を取って、私の弟弟子ではなく私が今日の主役を張るとするかな。私の可愛い弟子も、責任感のある義理堅い師匠を持てて光栄だと感極まっただろうね」
「冗談もほどほどにしておいたほうがいいよー。ほらそれよりも、さっさと行ってあげないと待ちくたびれちゃうよ」
ノエルを小さい頃から知っているということは、ジルのことも小さい頃から知っているのだろう。気さくな態度の二人にジルはやれやれと言うように肩をすくめ、私に向けて腕を差し出してきた。
花婿のもとまで付き添ってくれるエスコート役は、大抵の場合は父や兄が務める。だけど私に兄はいなくて、お父様とはあの一件以来顔を合わせていない。
だからどうにもエスコート役を頼むのは気が引けて、どうしたものかと悩んでいた私に、ジルが名乗りを挙げた。
師匠ならエスコートをしてもおかしくはないんじゃないかなと言われて、思わず頷いてしまった。
本当に、ジルでよかったのだろうかとここにきて一抹の不安がよぎる。これまでの経験則から、途中でおかしなことをしでかすかもと思えてならなかったからだ。
だけど、背に腹は代えられない。やっぱりいいですと今ここで断ったら、ジルは間違いなくすねる。それに、承諾したのは私だ。今さらどうにもならない。
意を決してジルの腕に手を添え、控室と銘打たれた小屋から出る。
一歩踏み出した瞬間、わっと歓声が広がった。
視界に映るのは、想像していたよりも多くの人たち。ジルが提案した来たければ来ればいい方式にしたけど、魔術師の巣窟に近づきたい人はいないだろうから、そこまでたくさんは集まらないと思っていた。
だけど私が想定していたのは貴族だけで、一般市民までは考えに入っていなかった。
一般市民からすれば、魔術師は畏怖の対象であることが多い。ジルがよく呪うことも相まって、大抵の人は魔術師に近づかない。
だからそもそも、来るとすら考えていなかった。
だけど、魔術師の結婚式という早々ない祭に、恐怖心よりも好奇心のほうが勝ったようだ。
周囲を見回すと、知らない顔ばかり。ちらほらと混じる奇抜な髪色で、そこに魔術師がいるのだとわかる程度。
これは、お父様やお母様――それからアニエスが来ていても、わからないかもしれない。
ちなみに、私の実家にはノエルが招待状を送ってある。自由参加なのに。
「私の可愛い弟子が祝福されているようで、師匠である私は嬉しいよ」
「ほとんどが物見遊山だと思いますけど」
小さな声で言うジルに合わせて、私も小さな声で答える。
そうして、人の間に敷かれた絨毯の上をゆっくりと歩く。絨毯の先にある、講壇に向けて。
結婚式を挙げるには、司祭様の祝福が必要になる。司祭の資格を持つ魔術師もいたけど、そこは丁重にお断りをして、司祭一筋の人を呼んでもらった。
だけど、司祭兼魔術師の人に頼めばよかったかもしれない。講壇の後ろに立つ司祭様が、なんとも言えない顔をしていた。
野外で、しかも自由参加な結婚式は一般的ではない。しかも何かと爆発の起こる塔のすぐ近くでとなると、不安でしかたないのだろう。
爆発を起こす張本人が私の横にいるので、司祭様の気持ちはよくわかる。
「はい、じゃあ私はここまでだね」
ジルの小さな声に、司祭様から花婿――ノエルに視線を移す。こちらを見ている顔は、今日も相変わらずだ。
差し出されたノエルの手を取り、彼の前に立つ。すると、大きな泣き声が聞こえてきた。
わからないかも、なんて心配はいらなかったようだ。突然聞こえてきた泣き声にざわめきが起こりはじめ、司祭様がこほんと咳払いを落とした。
「それではこれより、魔術師ノエルとクラリス・ミュラトールの婚姻の儀を執り行います」
厳かな声で紡がれる祝福の言葉。
神は地上を見守り、今この瞬間も新たな門出を見てくれている。そんな意味の言葉が終わると、ノエルと私で婚姻契約書にそれぞれの名前を綴る。
「神はお二人を夫婦と認めました。皆さま、祝福を」
司祭様の言葉に合わせて拍手が起こる。そして同時に――大きな何かが破裂するような音が響いた。
あまりの爆音に何かと顔を上げると、空に、大きな花が咲いていた。
ノエルが夜空に描いた流れ星とは違う。眩い何かが空に花を描いている。
思わず見惚れてしまうそれが何かわかったのは、花が崩れるように消えはじめてから。
降り注ぐ火の粉に、あちこちで悲鳴が起きる。だけど悲鳴は長くは続かなかった。
「こんなことをしですかのは、間違いなくジルですね」
すぐ近くから聞こえてきたノエルの声に、小さく頷いて返す。
火の粉は降り注いではこなかった。会場が透明な膜に覆われているかのように、一定の距離で弾かれて、消えたから。
そして続けて何度も、大きな花が空に咲いた。危なくないとわかれば、心の底から安心して見惚れていられる。
ジルにしては珍しく、まともな結婚祝いだ。
「クラリス」
名前を呼ばれて、どうしたのだろうとノエルのほうを見て――頬に口づけが落ちる。
「これからもよろしくお願いします」
「え、ええ、こちらこそ、よろしくお願いするわ」
顔が熱くなるのを感じながら頷くと、私を見ている水色の瞳が、いつもよりも少しだけ、温かく感じた。
無茶だと自覚していたのか、あるいは私に任せたから何も言わなかっただけかはわからないけど。
「ほーら、できたできた。やだかわいー。私ったら天才!」
年齢不詳な甘く可愛らしい声ではしゃいでいるのは、魔術師セレスト。二人しかいない女性魔術師のうちの一人だ。
私の師匠であり、ノエルの兄弟子かつ兄であるジルを除外して式の準備を行うのは、早々に諦めた。どこからともなく現れて首を突っこんでこようとしたので、いっそ開き直って参加したい魔術師は誰でも歓迎という形にした。
その結果、セレスト様が名乗り出た。
柔らかく巻かれたピンク色の髪に色とりどりの花を飾っている彼女は、人でもなんでも、飾り立てるのが好きな人だ。なので、当日のお化粧や式場の飾り付けを任せることにした。
「せめて着付けが終わるまで待てなかったのかい? ああまったく、目の前をふわふわふらふら、目障りったらありゃしない」
花嫁衣裳の着付けを手伝ってくれているのは、残る一人の女性魔術師であるジゼル様。腰に手を当てて全身で怒りを表している。
「だって待たせたら悪いなーって思ったから、しかたないよねー」
悪びれもなく笑うセレスト様に、ジゼル様がため息を落とす。
結婚式の準備を手伝ってくれたのは、彼女たちだけではない。部屋から一歩たりとも出てたまるか、という極度の室内好きな魔術師以外は暇さえあれば顔を出してきた。
現在、登録されている魔術師は十四人。極度の室内好きの人を除いた十三人が手伝ってくれたおかげで、塔のすぐ近くに立派な会場が出来上がった。野外で行うことを伝えていなかったら、教会の一つぐらいは建てそうな勢いで。
「はい。ドレスも終わったよ。走ろうと跳ねようと崩れないだろうから、安心して動き回りな」
「お化粧もねー、泣こうと喚こうと水を被ろうと頭から火に突っこんでも大丈夫だから、安心してね!」
着付けも化粧も、魔術で行われた。だから普通と違う仕様なのは受け入れるけど、いったいこの二人はどんな状況を想定したのかと考えずにはいられない。ただの結婚式なのに。
「わざわざ、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。あの坊やには世話になってるからね」
「ちっちゃな頃から知ってるから他人って感じもしないしねー」
たしかに、とジゼル様が頷くのに合わせて、耳の下で二つに結ばれた緑色の髪が揺れる。
魔術師は皆が皆――というほどではないけど、大体の人は珍しい髪色をしている。元から、ではない。魔術師と証明するのが面倒なので、ひと目で魔術師にはどうすればいいかを考えた結果、髪色を変えるということに落ち着いたらしい。
だからセレスト様もジゼル様も――そしてジルも、本来の髪色を普段はさらさない。
ちなみに、ノエルは自前らしいので、おそらくジルも元は黒髪なのだと思う。
セレスト様とジゼル様は見当もつかないけど。
「もういいかな?」
噂をすればなんとやら、というやつなのか、ノックの音がしたと思ったら間髪入れず扉が開き、ジルがひょっこりと顔を出した。
「ノックは返事を待ってから開けるためにあるんだって、いつになったら覚えるんだか、まったく……着替えてる最中だったらどうするつもりだったんだい?」
「そうだね。その時は責任を取って、私の弟弟子ではなく私が今日の主役を張るとするかな。私の可愛い弟子も、責任感のある義理堅い師匠を持てて光栄だと感極まっただろうね」
「冗談もほどほどにしておいたほうがいいよー。ほらそれよりも、さっさと行ってあげないと待ちくたびれちゃうよ」
ノエルを小さい頃から知っているということは、ジルのことも小さい頃から知っているのだろう。気さくな態度の二人にジルはやれやれと言うように肩をすくめ、私に向けて腕を差し出してきた。
花婿のもとまで付き添ってくれるエスコート役は、大抵の場合は父や兄が務める。だけど私に兄はいなくて、お父様とはあの一件以来顔を合わせていない。
だからどうにもエスコート役を頼むのは気が引けて、どうしたものかと悩んでいた私に、ジルが名乗りを挙げた。
師匠ならエスコートをしてもおかしくはないんじゃないかなと言われて、思わず頷いてしまった。
本当に、ジルでよかったのだろうかとここにきて一抹の不安がよぎる。これまでの経験則から、途中でおかしなことをしでかすかもと思えてならなかったからだ。
だけど、背に腹は代えられない。やっぱりいいですと今ここで断ったら、ジルは間違いなくすねる。それに、承諾したのは私だ。今さらどうにもならない。
意を決してジルの腕に手を添え、控室と銘打たれた小屋から出る。
一歩踏み出した瞬間、わっと歓声が広がった。
視界に映るのは、想像していたよりも多くの人たち。ジルが提案した来たければ来ればいい方式にしたけど、魔術師の巣窟に近づきたい人はいないだろうから、そこまでたくさんは集まらないと思っていた。
だけど私が想定していたのは貴族だけで、一般市民までは考えに入っていなかった。
一般市民からすれば、魔術師は畏怖の対象であることが多い。ジルがよく呪うことも相まって、大抵の人は魔術師に近づかない。
だからそもそも、来るとすら考えていなかった。
だけど、魔術師の結婚式という早々ない祭に、恐怖心よりも好奇心のほうが勝ったようだ。
周囲を見回すと、知らない顔ばかり。ちらほらと混じる奇抜な髪色で、そこに魔術師がいるのだとわかる程度。
これは、お父様やお母様――それからアニエスが来ていても、わからないかもしれない。
ちなみに、私の実家にはノエルが招待状を送ってある。自由参加なのに。
「私の可愛い弟子が祝福されているようで、師匠である私は嬉しいよ」
「ほとんどが物見遊山だと思いますけど」
小さな声で言うジルに合わせて、私も小さな声で答える。
そうして、人の間に敷かれた絨毯の上をゆっくりと歩く。絨毯の先にある、講壇に向けて。
結婚式を挙げるには、司祭様の祝福が必要になる。司祭の資格を持つ魔術師もいたけど、そこは丁重にお断りをして、司祭一筋の人を呼んでもらった。
だけど、司祭兼魔術師の人に頼めばよかったかもしれない。講壇の後ろに立つ司祭様が、なんとも言えない顔をしていた。
野外で、しかも自由参加な結婚式は一般的ではない。しかも何かと爆発の起こる塔のすぐ近くでとなると、不安でしかたないのだろう。
爆発を起こす張本人が私の横にいるので、司祭様の気持ちはよくわかる。
「はい、じゃあ私はここまでだね」
ジルの小さな声に、司祭様から花婿――ノエルに視線を移す。こちらを見ている顔は、今日も相変わらずだ。
差し出されたノエルの手を取り、彼の前に立つ。すると、大きな泣き声が聞こえてきた。
わからないかも、なんて心配はいらなかったようだ。突然聞こえてきた泣き声にざわめきが起こりはじめ、司祭様がこほんと咳払いを落とした。
「それではこれより、魔術師ノエルとクラリス・ミュラトールの婚姻の儀を執り行います」
厳かな声で紡がれる祝福の言葉。
神は地上を見守り、今この瞬間も新たな門出を見てくれている。そんな意味の言葉が終わると、ノエルと私で婚姻契約書にそれぞれの名前を綴る。
「神はお二人を夫婦と認めました。皆さま、祝福を」
司祭様の言葉に合わせて拍手が起こる。そして同時に――大きな何かが破裂するような音が響いた。
あまりの爆音に何かと顔を上げると、空に、大きな花が咲いていた。
ノエルが夜空に描いた流れ星とは違う。眩い何かが空に花を描いている。
思わず見惚れてしまうそれが何かわかったのは、花が崩れるように消えはじめてから。
降り注ぐ火の粉に、あちこちで悲鳴が起きる。だけど悲鳴は長くは続かなかった。
「こんなことをしですかのは、間違いなくジルですね」
すぐ近くから聞こえてきたノエルの声に、小さく頷いて返す。
火の粉は降り注いではこなかった。会場が透明な膜に覆われているかのように、一定の距離で弾かれて、消えたから。
そして続けて何度も、大きな花が空に咲いた。危なくないとわかれば、心の底から安心して見惚れていられる。
ジルにしては珍しく、まともな結婚祝いだ。
「クラリス」
名前を呼ばれて、どうしたのだろうとノエルのほうを見て――頬に口づけが落ちる。
「これからもよろしくお願いします」
「え、ええ、こちらこそ、よろしくお願いするわ」
顔が熱くなるのを感じながら頷くと、私を見ている水色の瞳が、いつもよりも少しだけ、温かく感じた。
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