45 / 47
45.魔物討伐
しおりを挟む網状に組まれた糸が、クロードが示した先に向けて駆け巡る。彼を通りすぎて、さらにその奥に進んでいく。
糸は白く透き通り、蜘蛛の糸のようにも見える。だけどすべてを絡み取る蜘蛛の糸とは違い、クロードの足元を通りすぎてもその足がくっついていない。
「それは……?」
はるか遠くで、糸が縦横無尽に広がっていくのが見える。
フロラン様の魔術は、糸や紐を魔力で構成させることが多い。無人の馬車も、紐のように編まれた魔力が手綱を操作している。だから網状のこれも、糸の形をしているのならフロラン様が考えた魔術なのだろう。
そこまではわかるのだけど、これからどうなるのか。何をするのかがわからない。
「もう少し待っていてください」
ノエルの目は糸の先、はるか遠くに向けられている。水面のような瞳にはあいかわらず波ひとつ立たず、何を見ているのか、何を考えているのかわからない。
だけど広範囲に渡る魔術を展開しているのなら、それだけの集中力と魔力が必要なはずなので、おとなしく事の次第を見守ることにした。
案内しようとしていたクロードも足を止めて、ノエルと自分が向かおうと思っていた方角を交互に身ながら黙っている。お父様も困惑したように視線をさまよわせ、アニエスは不満そうな顔をノエルに向けていた。
そうしてどのくらい経ったのか。
「終わりました」
ノエルが静かな声で言うと、足元から広がっていた糸を掴み、引っ張った。
わずかな動作に反して、糸が勢いよくノエルの手元に集まっていく。最初は、陽の光を受けて輝く糸しか見えなかった。網目が変わっている以外はとくに変化がなく、それがなければ糸が動いていることにすら気づけなかったかもしれない。
変化が現れたのは、少ししてからだった。
ちらほらと糸の中に、潰れたなめくじのような形をした人の頭よりも一回り大きな軟体生物がまぎれはじめた。半透明のそれの中に、生きるために必要な器官は見当たらない。それでも絡み取られた糸から逃げようとうごめく姿が、それが生きているのだと物語っている。
「今回の魔物が固まって生活するタイプで助かりました」
するすると縮んでいく糸と、集められた魔物。その数は優に二十を超えている。山のようにつまれた魔物の周りを糸が覆う。魔力で組まれた魔術を破壊することは容易ではない。魔物の持つ魔力次第ではあるけど、これだけ広範囲の魔術を展開できるノエルなら、力負けするということはないだろう。
「今回依頼いただいた魔物はこれですべて回収しました。もし見落としがあった場合は、無償で討伐するので安心してください」
ごろりとボールのようになった魔物の山をぽんと叩いて言うノエルに、お父様がなんとも言えない顔で頷いた。
「……ノエル。それは、どうするの?」
糸が不規則に揺れているので、ボールの中で魔物がうごめいているのが外からでもわかる。
「持って帰ろうかと。生きた検体にどうですか?」
ちらりと、ボールを見上げる。ノエルよりも大きなそれの中に、何匹もの魔物が入っているのだと思うと、寒気がした。せめて、一匹か二匹。いや、それでも分裂型の魔物だから、すぐにその数を増やすだろう。
「分裂型は……研究には向いていないので、いりません」
「そうですか。わかりました」
ノエルが頷くと、轟と音がして、ボールが燃えた。大きな火の山に、ひぇっとお父様の口から悲鳴が出て来た。
灰だけが地面に広がるようになってようやく、燃え盛る火が消える。ちらりと地面を見下ろすと、そこにある草には燃えた跡すらない。
「これが、魔術師の力です。あなたに同じことができますか?」
いまだ口を閉ざされているアニエスに、淡々とした声が向けられる。いつもと変わらない声色なのに、何故か挑発しているようにも聞こえるのだから、不思議なものだ。
「まあ、三日もかかっているのですから……答えるまでもありませんよね」
そもそも口を封じられているから答えられないというのは抜きにしても、あれだけ簡単に討伐できる人はほとんどいない。魔術師を除いて。
ジルなら生息していそうな範囲を一度に潰すだろうし、他の魔術師も一匹一匹対処するのは面倒だからと、一網打尽する。それだけの術と魔力を、彼らは持っている。
「それを踏まえたうえで、もう一度聞きます。魔術師全員を敵に回す覚悟が、あなたにありますか?」
静かな問いに、アニエスが顔を歪める。口を閉ざされていなければ、歯噛みし呻いていたことだろう。
「め、め、め、滅相もございません! あなた方を敵に回すなんて、そんなつもりは毛頭なく。ええと、だからつまり、アニエスも大切な姉を取られたような思いで、思わず心にもないことを言ってしまったのでしょう。だからここはひとつ、魔術師様の広い御心に免じて許してはいただけないでしょうか」
代わりに答えたのは、お父様だった。
魔術師に広い心を期待するのは間違っていると思うけど、ノエルの心の広さがどのぐらいかはわからないので、黙っておこう。
少なくとも、ジルよりは心が広そうだ。
「それでは、これで失礼いたします。次にお会いするのは僕たちの結婚式になるでしょう。招待状を送りますので、是非とも祝福しに来てください」
自然な動作で私の手を取って、馬車に乗りこむ。御者が一瞬とまどうような気配を見せたけど、一連の流れを見たからか、何も言わず出発した。
お父様とクロードとアニエスを置いて。
24
お気に入りに追加
2,246
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました
青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。
しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。
「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」
そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。
実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。
落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。
一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。
※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

人の顔色ばかり気にしていた私はもういません
風見ゆうみ
恋愛
伯爵家の次女であるリネ・ティファスには眉目秀麗な婚約者がいる。
私の婚約者である侯爵令息のデイリ・シンス様は、未亡人になって実家に帰ってきた私の姉をいつだって優先する。
彼の姉でなく、私の姉なのにだ。
両親も姉を溺愛して、姉を優先させる。
そんなある日、デイリ様は彼の友人が主催する個人的なパーティーで私に婚約破棄を申し出てきた。
寄り添うデイリ様とお姉様。
幸せそうな二人を見た私は、涙をこらえて笑顔で婚約破棄を受け入れた。
その日から、学園では馬鹿にされ悪口を言われるようになる。
そんな私を助けてくれたのは、ティファス家やシンス家の商売上の得意先でもあるニーソン公爵家の嫡男、エディ様だった。
※マイナス思考のヒロインが周りの優しさに触れて少しずつ強くなっていくお話です。
※相変わらず設定ゆるゆるのご都合主義です。
※誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません!

妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

従姉妹に婚約者を奪われました。どうやら玉の輿婚がゆるせないようです
hikari
恋愛
公爵ご令息アルフレッドに婚約破棄を言い渡された男爵令嬢カトリーヌ。なんと、アルフレッドは従姉のルイーズと婚約していたのだ。
ルイーズは伯爵家。
「お前に侯爵夫人なんて分不相応だわ。お前なんか平民と結婚すればいいんだ!」
と言われてしまう。
その出来事に学園時代の同級生でラーマ王国の第五王子オスカルが心を痛める。
そしてオスカルはカトリーヌに惚れていく。

婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる