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45.魔物討伐
しおりを挟む網状に組まれた糸が、クロードが示した先に向けて駆け巡る。彼を通りすぎて、さらにその奥に進んでいく。
糸は白く透き通り、蜘蛛の糸のようにも見える。だけどすべてを絡み取る蜘蛛の糸とは違い、クロードの足元を通りすぎてもその足がくっついていない。
「それは……?」
はるか遠くで、糸が縦横無尽に広がっていくのが見える。
フロラン様の魔術は、糸や紐を魔力で構成させることが多い。無人の馬車も、紐のように編まれた魔力が手綱を操作している。だから網状のこれも、糸の形をしているのならフロラン様が考えた魔術なのだろう。
そこまではわかるのだけど、これからどうなるのか。何をするのかがわからない。
「もう少し待っていてください」
ノエルの目は糸の先、はるか遠くに向けられている。水面のような瞳にはあいかわらず波ひとつ立たず、何を見ているのか、何を考えているのかわからない。
だけど広範囲に渡る魔術を展開しているのなら、それだけの集中力と魔力が必要なはずなので、おとなしく事の次第を見守ることにした。
案内しようとしていたクロードも足を止めて、ノエルと自分が向かおうと思っていた方角を交互に身ながら黙っている。お父様も困惑したように視線をさまよわせ、アニエスは不満そうな顔をノエルに向けていた。
そうしてどのくらい経ったのか。
「終わりました」
ノエルが静かな声で言うと、足元から広がっていた糸を掴み、引っ張った。
わずかな動作に反して、糸が勢いよくノエルの手元に集まっていく。最初は、陽の光を受けて輝く糸しか見えなかった。網目が変わっている以外はとくに変化がなく、それがなければ糸が動いていることにすら気づけなかったかもしれない。
変化が現れたのは、少ししてからだった。
ちらほらと糸の中に、潰れたなめくじのような形をした人の頭よりも一回り大きな軟体生物がまぎれはじめた。半透明のそれの中に、生きるために必要な器官は見当たらない。それでも絡み取られた糸から逃げようとうごめく姿が、それが生きているのだと物語っている。
「今回の魔物が固まって生活するタイプで助かりました」
するすると縮んでいく糸と、集められた魔物。その数は優に二十を超えている。山のようにつまれた魔物の周りを糸が覆う。魔力で組まれた魔術を破壊することは容易ではない。魔物の持つ魔力次第ではあるけど、これだけ広範囲の魔術を展開できるノエルなら、力負けするということはないだろう。
「今回依頼いただいた魔物はこれですべて回収しました。もし見落としがあった場合は、無償で討伐するので安心してください」
ごろりとボールのようになった魔物の山をぽんと叩いて言うノエルに、お父様がなんとも言えない顔で頷いた。
「……ノエル。それは、どうするの?」
糸が不規則に揺れているので、ボールの中で魔物がうごめいているのが外からでもわかる。
「持って帰ろうかと。生きた検体にどうですか?」
ちらりと、ボールを見上げる。ノエルよりも大きなそれの中に、何匹もの魔物が入っているのだと思うと、寒気がした。せめて、一匹か二匹。いや、それでも分裂型の魔物だから、すぐにその数を増やすだろう。
「分裂型は……研究には向いていないので、いりません」
「そうですか。わかりました」
ノエルが頷くと、轟と音がして、ボールが燃えた。大きな火の山に、ひぇっとお父様の口から悲鳴が出て来た。
灰だけが地面に広がるようになってようやく、燃え盛る火が消える。ちらりと地面を見下ろすと、そこにある草には燃えた跡すらない。
「これが、魔術師の力です。あなたに同じことができますか?」
いまだ口を閉ざされているアニエスに、淡々とした声が向けられる。いつもと変わらない声色なのに、何故か挑発しているようにも聞こえるのだから、不思議なものだ。
「まあ、三日もかかっているのですから……答えるまでもありませんよね」
そもそも口を封じられているから答えられないというのは抜きにしても、あれだけ簡単に討伐できる人はほとんどいない。魔術師を除いて。
ジルなら生息していそうな範囲を一度に潰すだろうし、他の魔術師も一匹一匹対処するのは面倒だからと、一網打尽する。それだけの術と魔力を、彼らは持っている。
「それを踏まえたうえで、もう一度聞きます。魔術師全員を敵に回す覚悟が、あなたにありますか?」
静かな問いに、アニエスが顔を歪める。口を閉ざされていなければ、歯噛みし呻いていたことだろう。
「め、め、め、滅相もございません! あなた方を敵に回すなんて、そんなつもりは毛頭なく。ええと、だからつまり、アニエスも大切な姉を取られたような思いで、思わず心にもないことを言ってしまったのでしょう。だからここはひとつ、魔術師様の広い御心に免じて許してはいただけないでしょうか」
代わりに答えたのは、お父様だった。
魔術師に広い心を期待するのは間違っていると思うけど、ノエルの心の広さがどのぐらいかはわからないので、黙っておこう。
少なくとも、ジルよりは心が広そうだ。
「それでは、これで失礼いたします。次にお会いするのは僕たちの結婚式になるでしょう。招待状を送りますので、是非とも祝福しに来てください」
自然な動作で私の手を取って、馬車に乗りこむ。御者が一瞬とまどうような気配を見せたけど、一連の流れを見たからか、何も言わず出発した。
お父様とクロードとアニエスを置いて。
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