37 / 47
37.魔物の行方1
しおりを挟む
そうして本日の業務時間――もとい、ジルのもとで研鑽を積む時間は終わり、机の上に広げていた魔道具を棚にしまう。
「それではジル。本日は失礼いたします」
「今日もお疲れ様。私の可愛い弟子が勤勉で嬉しいよ。また明日も来るのだろう?」
「ええ、まあ……そうなりますね」
塔にはいくつも空き部屋がある。魔術師には一人一つ研究室が与えられているけど、それでは足りず実験を行いたい時や、寝泊まりする時のために。
空き部屋は誰のものという決まりはなく、申請さえすれば魔術師だろうとその弟子だろうと、塔に所属する人なら誰でも使える。
だから私も、ここ数日はその空き部屋を利用させてもらっていた。 そして申請期間はまだまだあるので、しばらくは塔で寝泊まりすることはジルも承知のはず。弟子の申請には、師匠のサインが必要だから。
なのになんでそんなことを聞くのだろうと首を傾げると、ジルも同じように首を傾げた。
「おや、私の弟弟子の休みは明日だったと思ったのだけど、違ったかい? ああ、昨日休みを取ったから、日程を変更したのかもしれないね。まあ、もしも休みだったら君も休むといいよ。私はとても懐の広い師匠だからね。恋人との逢瀬を楽しみたいといった可愛らしい我侭を咎めたりはしないよ」
「それは、まあ、お気遣いありがとうございます。その懐の広さを日常的に発揮してただけたらと、思わずにはいられませんが」
弟子だけではなく、そこらへんを歩いている人とかにも。そう心の中で付け加えておく。
どうせ言っても右から左に聞き流すことはわかっている。
「そうだね。気が向いたら考えておくよ。それじゃあお疲れ様。何かあったらおいで」
そう言って、ジルはひらりと手を振ると、柔らかな長椅子に体を沈めた。私もお疲れ様と返して、ジルの遊戯室兼私室である研究室を出ようと扉に手をかけて、後ろを振り返る。
「そういえば、アンリ殿下は今日はどうされたのですか?」
「捜索に手間取っているようだよ。私には連絡が来ているから安心するといい」
なるほど、と納得して、今度こそ部屋を出る。
それにしても、昨日からずっと追っているということは、ずいぶんと逃走に長けた魔物のようだ。最初の調査では兵でも事足りると言っていたのに、長年弟子を務めているアンリ殿下が手間取っているのなら、兵の手にも余ったのではないだろうか。
でも、アンリ殿下が調査ミスを犯した、とは思えない。魔術師の弟子としても、王太子としても、杜撰な調査をするはずがない。
「討伐と捜索の違いなのかしら」
だけど逃げることを視野に入れず、判断するだろうか。ううん、と答えの出てこない問いに首を捻っていると、通路の先――私が借りている部屋の近くにノエルが立っているのが見えた。
「どうかしたの?」
「ああ、ちょうどいいところに。只今アンリ殿下から連絡があったのですが……彼の追っていた魔物がミュラトール領に逃げ込んだそうです」
「それではジル。本日は失礼いたします」
「今日もお疲れ様。私の可愛い弟子が勤勉で嬉しいよ。また明日も来るのだろう?」
「ええ、まあ……そうなりますね」
塔にはいくつも空き部屋がある。魔術師には一人一つ研究室が与えられているけど、それでは足りず実験を行いたい時や、寝泊まりする時のために。
空き部屋は誰のものという決まりはなく、申請さえすれば魔術師だろうとその弟子だろうと、塔に所属する人なら誰でも使える。
だから私も、ここ数日はその空き部屋を利用させてもらっていた。 そして申請期間はまだまだあるので、しばらくは塔で寝泊まりすることはジルも承知のはず。弟子の申請には、師匠のサインが必要だから。
なのになんでそんなことを聞くのだろうと首を傾げると、ジルも同じように首を傾げた。
「おや、私の弟弟子の休みは明日だったと思ったのだけど、違ったかい? ああ、昨日休みを取ったから、日程を変更したのかもしれないね。まあ、もしも休みだったら君も休むといいよ。私はとても懐の広い師匠だからね。恋人との逢瀬を楽しみたいといった可愛らしい我侭を咎めたりはしないよ」
「それは、まあ、お気遣いありがとうございます。その懐の広さを日常的に発揮してただけたらと、思わずにはいられませんが」
弟子だけではなく、そこらへんを歩いている人とかにも。そう心の中で付け加えておく。
どうせ言っても右から左に聞き流すことはわかっている。
「そうだね。気が向いたら考えておくよ。それじゃあお疲れ様。何かあったらおいで」
そう言って、ジルはひらりと手を振ると、柔らかな長椅子に体を沈めた。私もお疲れ様と返して、ジルの遊戯室兼私室である研究室を出ようと扉に手をかけて、後ろを振り返る。
「そういえば、アンリ殿下は今日はどうされたのですか?」
「捜索に手間取っているようだよ。私には連絡が来ているから安心するといい」
なるほど、と納得して、今度こそ部屋を出る。
それにしても、昨日からずっと追っているということは、ずいぶんと逃走に長けた魔物のようだ。最初の調査では兵でも事足りると言っていたのに、長年弟子を務めているアンリ殿下が手間取っているのなら、兵の手にも余ったのではないだろうか。
でも、アンリ殿下が調査ミスを犯した、とは思えない。魔術師の弟子としても、王太子としても、杜撰な調査をするはずがない。
「討伐と捜索の違いなのかしら」
だけど逃げることを視野に入れず、判断するだろうか。ううん、と答えの出てこない問いに首を捻っていると、通路の先――私が借りている部屋の近くにノエルが立っているのが見えた。
「どうかしたの?」
「ああ、ちょうどいいところに。只今アンリ殿下から連絡があったのですが……彼の追っていた魔物がミュラトール領に逃げ込んだそうです」
30
お気に入りに追加
2,241
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ヒロインは辞退したいと思います。
三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。
「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」
前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。
※アルファポリスのみの公開です。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる