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36.結婚式の準備
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家と家具と親への挨拶と、怒涛のように結婚に向けた準備が進んでいる。順番が色々おかしい気はするけど。
対して、私側の準備といえば――まったく進んでいない。
式については一任すると言われている以上、会場やらドレスやら、招待客やら、色々なものを準備しないといけないのに、展開についていくので精一杯だった。
だからせめて、招待客ぐらいは決めないと、とジルの研究室で机に向き合ったわけだけど。
「お父様とお母様は、招待するべきよね。アニエスは……」
そこで、手が止まってしまう。ぐりぐりと書かれた意味もない丸が紙の上を占拠している。
「おや、私の可愛い弟子は今度は何を悩んでいるのかな? ふむ、その紙を見るかぎり、誰かに呪いをかけるつもりのようだ。それなら師匠である私を頼ってくれていいのに、まったく律儀なことだね。さて、呪う相手は誰かな? そこに書かれている名前でいいかい?」
紙に書かれているのは私の両親の名前だ。慌てて紙を折りたたみ、首を横に振る。
弟子の両親を呪う師匠と広まれば、今以上にジルの立場が危うくなる。とんでもない被害は出すけど、実力があるからと目溢しされているけど、非人道的だと判断されれば――どうなるのか、まったく想像できない。
だって、この師匠を誰が困らせられるだろうか。
「……ジルって、どういう時に困るんですか?」
「そうだね。私の可愛い弟子が結婚式にすら呼んでくれなかったら困るかもしれないね。もしもそうなったら、私はきっと胸が張り裂けそうなほど悲しみに溢れ、国中に止まない雨を降り注いでしまうかもしれないよ」
それで困るのは、私やこの国に住む人たちじゃないだろうか。
とんでもない脅迫に、私は折りたたんでいた紙を広げ、ジルの名前を書き足した。
「……私とノエルの結婚式なので、おとなしく祝福すると約束してくれますか?」
だけど胸に一抹の不安を抱き、念を押しておく。
「もちろん。私の可愛い弟子と弟弟子が結婚するのだから、祝福するに決まっているだろう? 私がそんな、弟子甲斐のない師匠に見えるかい?」
「おとなしくの部分を勝手に省かないでください」
「まあ細かいことは置いておくとして、アンリはどうするのかな? 呼んでもらえないときっと悲しむだろうね」
「勝手に置かないでほしいのですけど……アンリ殿下は……どうしましょう」
兄弟子という関係であれば、招待するのが普通だと思う。
だけど彼は、王太子だ。我が国の王太子をそんなほいほい招待してもいいものだろうか。それに彼を招待するのなら、国王夫妻にも――参加するかどうかはともかく――礼儀として招待状ぐらいは送っておくべきだろうか。
だけど、国王夫妻と面識があるとも言いにくく、王城のパーティーで挨拶をした程度の関係でしかない。
そして王太子を招待するとなれば、自分も参加したいと言い出す貴族もいそうだ。それにジルも来るとなれば、王太子と魔術師に同時に接近できるチャンスと捉える人も多そうで。
考えがまとまらないまま、紙の上に丸が増えていく。
「それほど悩むのなら、会場を塔の横にしてみるのはどうかな? 何もないけど、器材さえ持ち込めばそれらしいものを作れると思うよ。飛び入り参加もよいことにすれば、他の魔術師も参加できるだろうしね」
「……それはそれで、話を聞きつけた人が押し寄せて来そうですけど」
魔術師と個人的な繋がりを持ちたい人はそれなりにいる。
個人的に魔術師が人助けをするのなら――塔を介していないのなら、依頼料は必要ない。
貴族が自分たちの子供を王立魔術学院に通わせるのも、箔をつけたい以外にもそのあたりが関係している。自分たちで対処すれば、高額な依頼料を支払う必要がなくなるから。
王太子であるアンリ殿下が魔術師の弟子を許されているのも、そういった理由からだった。
魔術師は生活には欠かせない存在だけど、何から何まで魔術師に頼れば、国は、貴族は、破産する。
それぐらい、魔術師に依頼するのは多額の報酬が必要で、できる限り浮かせたい人が大勢いるというわけだ。
「魔術師が一堂に会している場に足を踏み入れる度胸のある者が、そんなにいるとは思えないけどね。右を見ても左を見ても魔術師ばかりとなれば、そこらの宴に参加する以上に気を張らなければいけない。君だったら参加したいと思うかい?」
「いえ、まったく」
「だろう? もしも粗相を働けば、依頼を受け付けてくれなくなる。人命を賭して魔物を討伐したとして、兵士の家族は魔術師に喧嘩を売った領主を恨むだろうね。最初は微々たるものでも、積み重なれば反乱の火種となる。魔物の脅威と反乱の脅威に板挟みになりたいと思う者は、そんなにはいないんだよ」
「その結論からいくと、私も魔術師の皆さんを招待したいとは思えないのですけど」
そんな胃が痛くなるような結婚式を挙げたい人がどれぐらいいるだろうか。私は絶対に嫌だ。
「おや、私の可愛い弟子はずいぶんと心配性だね。私の可愛い弟子とフロランの弟子に喧嘩を売る愚か者がこの塔にいるはずがないだろう? 私はね、この塔にいる者すべてが束になろうと負ける気はしないよ。それに、フロランが怒って仕事を放棄したら、困るのは他の皆だからね。君たちの結婚式では節度ある行動をとるはずだよ。私以外はね」
最後の一言さえなければ、なるほどと納得できたのに。
他の魔術師は全員招待して、ジルだけ省いてしまおうか。そんなことを考えてしまうけど、招待状を貰えなかったジルがどんな呪いをかけてくるかわからないので、すぐに振り払う。
ジルのことだから、お伽話になぞらえて百年の眠りぐらいは普通にかけてきそうだ。
対して、私側の準備といえば――まったく進んでいない。
式については一任すると言われている以上、会場やらドレスやら、招待客やら、色々なものを準備しないといけないのに、展開についていくので精一杯だった。
だからせめて、招待客ぐらいは決めないと、とジルの研究室で机に向き合ったわけだけど。
「お父様とお母様は、招待するべきよね。アニエスは……」
そこで、手が止まってしまう。ぐりぐりと書かれた意味もない丸が紙の上を占拠している。
「おや、私の可愛い弟子は今度は何を悩んでいるのかな? ふむ、その紙を見るかぎり、誰かに呪いをかけるつもりのようだ。それなら師匠である私を頼ってくれていいのに、まったく律儀なことだね。さて、呪う相手は誰かな? そこに書かれている名前でいいかい?」
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だって、この師匠を誰が困らせられるだろうか。
「……ジルって、どういう時に困るんですか?」
「そうだね。私の可愛い弟子が結婚式にすら呼んでくれなかったら困るかもしれないね。もしもそうなったら、私はきっと胸が張り裂けそうなほど悲しみに溢れ、国中に止まない雨を降り注いでしまうかもしれないよ」
それで困るのは、私やこの国に住む人たちじゃないだろうか。
とんでもない脅迫に、私は折りたたんでいた紙を広げ、ジルの名前を書き足した。
「……私とノエルの結婚式なので、おとなしく祝福すると約束してくれますか?」
だけど胸に一抹の不安を抱き、念を押しておく。
「もちろん。私の可愛い弟子と弟弟子が結婚するのだから、祝福するに決まっているだろう? 私がそんな、弟子甲斐のない師匠に見えるかい?」
「おとなしくの部分を勝手に省かないでください」
「まあ細かいことは置いておくとして、アンリはどうするのかな? 呼んでもらえないときっと悲しむだろうね」
「勝手に置かないでほしいのですけど……アンリ殿下は……どうしましょう」
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だけど彼は、王太子だ。我が国の王太子をそんなほいほい招待してもいいものだろうか。それに彼を招待するのなら、国王夫妻にも――参加するかどうかはともかく――礼儀として招待状ぐらいは送っておくべきだろうか。
だけど、国王夫妻と面識があるとも言いにくく、王城のパーティーで挨拶をした程度の関係でしかない。
そして王太子を招待するとなれば、自分も参加したいと言い出す貴族もいそうだ。それにジルも来るとなれば、王太子と魔術師に同時に接近できるチャンスと捉える人も多そうで。
考えがまとまらないまま、紙の上に丸が増えていく。
「それほど悩むのなら、会場を塔の横にしてみるのはどうかな? 何もないけど、器材さえ持ち込めばそれらしいものを作れると思うよ。飛び入り参加もよいことにすれば、他の魔術師も参加できるだろうしね」
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貴族が自分たちの子供を王立魔術学院に通わせるのも、箔をつけたい以外にもそのあたりが関係している。自分たちで対処すれば、高額な依頼料を支払う必要がなくなるから。
王太子であるアンリ殿下が魔術師の弟子を許されているのも、そういった理由からだった。
魔術師は生活には欠かせない存在だけど、何から何まで魔術師に頼れば、国は、貴族は、破産する。
それぐらい、魔術師に依頼するのは多額の報酬が必要で、できる限り浮かせたい人が大勢いるというわけだ。
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「いえ、まったく」
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「その結論からいくと、私も魔術師の皆さんを招待したいとは思えないのですけど」
そんな胃が痛くなるような結婚式を挙げたい人がどれぐらいいるだろうか。私は絶対に嫌だ。
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