なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優

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34.家に2

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 こっそりと戻るため、屋敷から少し離れた場所に馬車を止める。

「こっちよ」

 表からだとすぐに気付かれるので、裏に回りながら屋敷の様子をうかがう。今は夕食時。普段なら、食堂で家族そろってご飯を食べているはず。
 裏手にある小さな門は、人目を避けたい客人や使用人の出入り口なので、忙しい時間にはあまり使われない。
 鍵を開けて中に入り、自分の部屋を見上げる。問題は、どうやって侵入するか。
 裏から入ったのに玄関を使うと意味がない。かといって使用人用の扉は部屋から遠く、部屋に向かっている間に気づかれるだろう。

「あなたの部屋はあそこですか?」

 ううん、と悩んでいるとノエルが指さしながら聞いてきた。
 三階の、バルコニーのある部屋。ノエルの指の先がそちらに向いているのを確認して頷く。

「あのぐらいの距離なら……届きそうですね」

 そう言って、ノエルはいつの間にか持っていた縄を宙に放った。まるで生きているかのように、蛇のようにうごめきながら空に昇り、バルコニーの柱に絡みつく。
 ぐい、と強めに引っ張ってしっかり固定されているのを確認してから、ノエルが私のほうを向いた。

「掴まってください」
「え、ええ。わかった、わ」

 片手で縄を掴み、もう片方の手を広げるノエル。
 それは、手に掴まれ、という意味ではないだろう。恐る恐るノエルの体に腕を回すと、広げていた手がしっかりと抱え込んできた。
 そしてぐん、と上に引っ張られる。その勢いに呆気に取られて顔を上げると、縄がどんどん短くなっていくのが見えた。

「ノエル。その縄は」
「魔術で作り上げたものです」

 バルコニーに降り立ち、縄があった場所を見るが、影も形もない。

「……普通の縄にしか見えなかったわ」
「フロランと僕で細部にまでこだわりましたから」

 ノエルとフロラン様は凝り性なのかもしれない。ただ縛ったり、今みたいに使うにしても、普通の縄と遜色ない出来にする必要はない。
 普通の縄に似せる利点があるとすれば、相手の油断を誘うぐらい。だけど、縄を投げられたり縛られたら誰でも警戒するわけで――

「あの、ノエル。もしかしてこれって……」

 そこまで考えて、ついさっき見たばかりの光景を考える。

「はい。対ジル用です」

 縄で縛られようと投げられようと、ジルは警戒しない。彼にとって、縄なんて綿で包まれているようなものだ。それが普通の縄なら。

「まあ、それはともかく、どうぞ行ってきてください」
「え? ノエルは来ないの?」

 部屋に繋がる窓を示され、首を傾げる。

「夕刻に女性の部屋に押しかけるものではありませんから」
「それはもう、今さらじゃないかしら」

 ノエルはすでにバルコニーにいて、窓一枚分の隔たりしかない。

「おもてなしはできないけど、休むぐらいはできるわよ」

 馬車の操縦もバルコニーに上るのも、ノエルがやってくれた。その分の魔力を消費しているし、精神的にも疲労がたまっているはず。
 帰りもあるのだから、休める時に休むのが一番いい。

「……それなら、お邪魔します」

 少しだけ間を置いて、頷いた。それを確認してから、窓を開ける。部屋の中は夜会の日から変わっていない。ほんの二日しか経っていないのだから、劇的な変化があるはずないのは当たり前だけど。

 ノエルに椅子を勧めてから、衣装棚の中を物色する。
 舞踏会や夜会用の飾り立てられたドレスではなく、動きやすさを重視した服を何着か出して、持ってきた鞄に詰め込む。それから何かあった時のためにアクセサリーを数点。

 他にも細々としたものを鞄に入れて、終わったことをノエルに知らせようと思った瞬間。

 勢いよく扉が開かれた。
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