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27.懐事情2
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こちらを見下ろすノエルをじっと見つめ返すと、小さく首を傾げられた。
「どうかしましたか?」
わずかな動作と言動。それ以外は何も変わらない。彼女たちの言葉に不快感を抱いたのかどうかすらわからない。
削がれたはずの感情が、ぶり返してくる。
「ノエルは……あのように言われて気にならないのですか?」
「あのような?」
「お門違いの同情についてです」
私は言い返そうと思うぐらいには苛立った。もしもまた同じことがあったら、止まれる気がしない。だけどもしもノエルが何も思っていないのなら、私が口を出すのは余計なお世話かもしれない。
だから、ノエルが何を嫌って、何を不快に思うのかを、彼の口からしっかりと聞いておきたい。
「……まあ、薄給なのは事実ですから」
「魔術師なのに?」
ノエルの口から出てきた予想外の回答に、思わず目を瞬かせる。
魔術師は研究費が国から出るが、割り当てられる予算は決まっている。その枠を超えたら自腹になるので高級取りとは言えないが、薄給だと言うほどではないはず。
「依頼を受けて派遣されれば特別手当が出ますが、僕はあまり塔を出ないので……ジルに比べると薄給ですよ」
それは比べる対象がおかしいと思う。
ジルは緊急性の高い依頼――危険度の高い依頼を受ける。だから特別手当も他の人と比べると多い。
ただ、依頼と関係ないところで呪ったりの賠償金の一部をジルも払っているから、手元にはあまり残っていないと思うけど。
「ですが、たまには依頼を受けるのもいいかもしれませんね。あなたに不便な思いをさせたくはありませんし」
「……いえ、私は……その心遣いだけでじゅうぶんです」
湧き上がっていた怒りが一気にしぼんでいく。
依頼を受けて派遣された先で待っているのは――兵士では対処しきれない魔物だ。当然そこには危険がつきものなわけで。
「私のためにと無理をさせたくはありません」
「無理な依頼は受けませんよ」
「ですが、怪我をするかもでしょう? 私は、傷ついたノエルを見たくはありません」
傷を負っても、彼の顔色は変わらない気がする。眉ひとつひそめずに血を流す姿を想像して、胸が苦しくなる。
「そうですか……ところで、どうしてそんなことを聞いてきたんですか?」
「それは……ノエルが何をされたら嫌なのかを知りたくて……」
口にしてみると、もっと違う聞き方があったのでは、と思ってしまう。
最初から、何が嫌いかを聞いておけばよかった。それなら、彼の中に依頼を受けるという選択肢は生まれなかったはずだ。
「僕が嫌なこと、ですか。そうですね……僕の大切な人を貶められれば、さすがに怒りますよ」
「……怒るんですか?」
怒ったノエルが想像できない。
「はい。誰でも、自分の大切なものを馬鹿にされたら怒るものでしょう?」
「それは、そうですけど」
「だから僕は今、嬉しく思っているんですよ」
話に脈略がなくて、首を傾げる。
今の会話の流れのどこに、嬉しく思うところがあったのだろう。
「僕が馬鹿にされたと思って怒っていたんですよね? 少しは大切に思ってくれているのだとわかって、嬉しくなりました」
柔らかく、髪を撫でられる。
ここで笑顔のひとつでも向けられたらきっと、胸が高鳴るのだろう。
だけどノエルの顔はあいかわらずで、眉ひとつ動いていない。高鳴る要素は見つからない。
それなのに何故か、少しだけ、鼓動が早くなったような気がした。
「どうかしましたか?」
わずかな動作と言動。それ以外は何も変わらない。彼女たちの言葉に不快感を抱いたのかどうかすらわからない。
削がれたはずの感情が、ぶり返してくる。
「ノエルは……あのように言われて気にならないのですか?」
「あのような?」
「お門違いの同情についてです」
私は言い返そうと思うぐらいには苛立った。もしもまた同じことがあったら、止まれる気がしない。だけどもしもノエルが何も思っていないのなら、私が口を出すのは余計なお世話かもしれない。
だから、ノエルが何を嫌って、何を不快に思うのかを、彼の口からしっかりと聞いておきたい。
「……まあ、薄給なのは事実ですから」
「魔術師なのに?」
ノエルの口から出てきた予想外の回答に、思わず目を瞬かせる。
魔術師は研究費が国から出るが、割り当てられる予算は決まっている。その枠を超えたら自腹になるので高級取りとは言えないが、薄給だと言うほどではないはず。
「依頼を受けて派遣されれば特別手当が出ますが、僕はあまり塔を出ないので……ジルに比べると薄給ですよ」
それは比べる対象がおかしいと思う。
ジルは緊急性の高い依頼――危険度の高い依頼を受ける。だから特別手当も他の人と比べると多い。
ただ、依頼と関係ないところで呪ったりの賠償金の一部をジルも払っているから、手元にはあまり残っていないと思うけど。
「ですが、たまには依頼を受けるのもいいかもしれませんね。あなたに不便な思いをさせたくはありませんし」
「……いえ、私は……その心遣いだけでじゅうぶんです」
湧き上がっていた怒りが一気にしぼんでいく。
依頼を受けて派遣された先で待っているのは――兵士では対処しきれない魔物だ。当然そこには危険がつきものなわけで。
「私のためにと無理をさせたくはありません」
「無理な依頼は受けませんよ」
「ですが、怪我をするかもでしょう? 私は、傷ついたノエルを見たくはありません」
傷を負っても、彼の顔色は変わらない気がする。眉ひとつひそめずに血を流す姿を想像して、胸が苦しくなる。
「そうですか……ところで、どうしてそんなことを聞いてきたんですか?」
「それは……ノエルが何をされたら嫌なのかを知りたくて……」
口にしてみると、もっと違う聞き方があったのでは、と思ってしまう。
最初から、何が嫌いかを聞いておけばよかった。それなら、彼の中に依頼を受けるという選択肢は生まれなかったはずだ。
「僕が嫌なこと、ですか。そうですね……僕の大切な人を貶められれば、さすがに怒りますよ」
「……怒るんですか?」
怒ったノエルが想像できない。
「はい。誰でも、自分の大切なものを馬鹿にされたら怒るものでしょう?」
「それは、そうですけど」
「だから僕は今、嬉しく思っているんですよ」
話に脈略がなくて、首を傾げる。
今の会話の流れのどこに、嬉しく思うところがあったのだろう。
「僕が馬鹿にされたと思って怒っていたんですよね? 少しは大切に思ってくれているのだとわかって、嬉しくなりました」
柔らかく、髪を撫でられる。
ここで笑顔のひとつでも向けられたらきっと、胸が高鳴るのだろう。
だけどノエルの顔はあいかわらずで、眉ひとつ動いていない。高鳴る要素は見つからない。
それなのに何故か、少しだけ、鼓動が早くなったような気がした。
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