26 / 47
26.懐事情1
しおりを挟む
そうして話している間に、家具を販売している店にたどり着いた。そのまま中に入ってしまえばよかったのかもしれないけど、できなかった。
「あら、クラリス様ではありませんか」
見知った、というほどではないが、知っている人に話しかけられたからだ。
声のしたほうを見れば、上等なドレスに身を包んだ女性が三人。年の頃は、私と同じくらいだろう。話したことはほとんどない。
それなのに何故知っているのかと言うと、アニエスと一緒にいるのを何度か見かけたことがあるからだ。
「クラリス様の不幸をお聞きして、私たち心配していましたの」
くすり、と微笑みながら言うのは、伯爵家の息女アイリーン。
「ええ、でも……いずれこうなると思っていましたのよ。早いうちでよかったのかもしれませんね?」
そう言って小首を傾げるのは子爵家の息女バーバラ。
「あんな方がお側にいたら、気が休まらなかったのではありませんか?」
興味深そうに言うのは、侯爵家の息女カミラ。
それぞれ家格は違うが、生家が同じ事業に携わっている。その縁で、よく三人で行動していて――アニエスはそこに声をかけにいっていたりした。
「それで、そちらの方は……」
ちらりとアイリーンさんの目がノエルに向く。頭からつま先までを一瞬で見て、品定めを終えたのだろう。同情に満ちた眼差しが私に向けられた。
「アニエス様から傷心中だとお聞きしていたのですが、確かにその通りのようですね」
「どういう意味、でしょうか?」
「……だって、ねえ? もしも困ったことがありましたら、いつでもおっしゃってくださいね」
カミラさんがちらりと、私たちが入ろうとしていた――安価な家具を取り扱う店を見る。
「伯爵夫人だった身では、とうてい耐えられないこともあるでしょうし」
付け加えられた言葉には、貴族階級から転落するであろう私に対する嘲りがこめられている。
魔術師は、役職ではあるが称号ではない。だからノエルと結婚すれば当然、身分としては平民になる。
だが、それでもいいとノエルを選んだのは私だ。傷心による乱心とかではなく、彼を好ましいと思って、求婚した。
「あなたには親切な友人が多いようで、妬ましくなりますね」
一言物申そうと意気込んでいた私だが、ノエルが話しはじめたことで勢いが一気に削がれた。
いやだって、そこは普通、嬉しい、とかではないのだろうか、と思ってしまったから。
「ご親切にありがとうございます。僕の趣味に彼女を付き合わせてしまったので、いらない心配をかけてしまいましたね。ご安心ください。彼女には、それ相応にふさわしいものを用意するつもりなので――そう、彼女の妹にもお伝えください」
淡々と、にこりとも笑わずに、見下ろすように言われたせいか、三人の顔が若干引きつっている。
箱入りで育てられた貴族令嬢からしてみたら、ノエルは未知の生き物だろう。だって彼女たちは、笑顔の奥に本心を隠すことを教え込まれている。
笑顔のまま牽制したり攻撃したり褒め合ったり。本心を曝け出すのは、親しい者の前でだけ。それが、貴族のあり方だ。
「え、ええ、それなら、そうですわね」
そして民からも、本心はどうあれ好意的な態度を向けられる。ノエルのような、表情も声色も変えず話しかけてくる相手は初めてだろう。
「少々気になっただけですので……心配いらないのでしたら、それに越したことはありませんね」
そう言って、三人はそれぞれ別れの言葉を口にして、去っていく。
ノエルは気を悪くしていないだろうかとうかがい見るが、去っていく背中を見送る目にはなんの感情も見られない。
私を見下ろす目も似たようなもなので、彼の顔色を読むのは一生無理かもしれない。
「あら、クラリス様ではありませんか」
見知った、というほどではないが、知っている人に話しかけられたからだ。
声のしたほうを見れば、上等なドレスに身を包んだ女性が三人。年の頃は、私と同じくらいだろう。話したことはほとんどない。
それなのに何故知っているのかと言うと、アニエスと一緒にいるのを何度か見かけたことがあるからだ。
「クラリス様の不幸をお聞きして、私たち心配していましたの」
くすり、と微笑みながら言うのは、伯爵家の息女アイリーン。
「ええ、でも……いずれこうなると思っていましたのよ。早いうちでよかったのかもしれませんね?」
そう言って小首を傾げるのは子爵家の息女バーバラ。
「あんな方がお側にいたら、気が休まらなかったのではありませんか?」
興味深そうに言うのは、侯爵家の息女カミラ。
それぞれ家格は違うが、生家が同じ事業に携わっている。その縁で、よく三人で行動していて――アニエスはそこに声をかけにいっていたりした。
「それで、そちらの方は……」
ちらりとアイリーンさんの目がノエルに向く。頭からつま先までを一瞬で見て、品定めを終えたのだろう。同情に満ちた眼差しが私に向けられた。
「アニエス様から傷心中だとお聞きしていたのですが、確かにその通りのようですね」
「どういう意味、でしょうか?」
「……だって、ねえ? もしも困ったことがありましたら、いつでもおっしゃってくださいね」
カミラさんがちらりと、私たちが入ろうとしていた――安価な家具を取り扱う店を見る。
「伯爵夫人だった身では、とうてい耐えられないこともあるでしょうし」
付け加えられた言葉には、貴族階級から転落するであろう私に対する嘲りがこめられている。
魔術師は、役職ではあるが称号ではない。だからノエルと結婚すれば当然、身分としては平民になる。
だが、それでもいいとノエルを選んだのは私だ。傷心による乱心とかではなく、彼を好ましいと思って、求婚した。
「あなたには親切な友人が多いようで、妬ましくなりますね」
一言物申そうと意気込んでいた私だが、ノエルが話しはじめたことで勢いが一気に削がれた。
いやだって、そこは普通、嬉しい、とかではないのだろうか、と思ってしまったから。
「ご親切にありがとうございます。僕の趣味に彼女を付き合わせてしまったので、いらない心配をかけてしまいましたね。ご安心ください。彼女には、それ相応にふさわしいものを用意するつもりなので――そう、彼女の妹にもお伝えください」
淡々と、にこりとも笑わずに、見下ろすように言われたせいか、三人の顔が若干引きつっている。
箱入りで育てられた貴族令嬢からしてみたら、ノエルは未知の生き物だろう。だって彼女たちは、笑顔の奥に本心を隠すことを教え込まれている。
笑顔のまま牽制したり攻撃したり褒め合ったり。本心を曝け出すのは、親しい者の前でだけ。それが、貴族のあり方だ。
「え、ええ、それなら、そうですわね」
そして民からも、本心はどうあれ好意的な態度を向けられる。ノエルのような、表情も声色も変えず話しかけてくる相手は初めてだろう。
「少々気になっただけですので……心配いらないのでしたら、それに越したことはありませんね」
そう言って、三人はそれぞれ別れの言葉を口にして、去っていく。
ノエルは気を悪くしていないだろうかとうかがい見るが、去っていく背中を見送る目にはなんの感情も見られない。
私を見下ろす目も似たようなもなので、彼の顔色を読むのは一生無理かもしれない。
26
お気に入りに追加
2,242
あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?
satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません!
ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。
憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。
お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。
しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。
お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。
婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。
そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。
いきなりビックネーム過ぎませんか?

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました
青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。
しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。
「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」
そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。
実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。
落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。
一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。
※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆

破滅した令嬢は時間が戻ったので、破滅しないよう動きます
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私リーゼは、破滅寸前だった。
伯爵令嬢のベネサの思い通り動いてしまい、婚約者のダーロス王子に婚約破棄を言い渡される。
その後――私は目を覚ますと1年前に戻っていて、今までの行動を後悔する。
ダーロス王子は今の時点でベネサのことを愛し、私を切り捨てようと考えていたようだ。
もうベネサの思い通りにはならないと、私は決意する。
破滅しないよう動くために、本来の未来とは違う生活を送ろうとしていた。

婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。

再婚約ですか? 王子殿下がいるのでお断りしますね
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のレミュラは、公爵閣下と婚約関係にあったが、より位の高い令嬢と婚約しレミュラとは婚約破棄をした。
その事実を知ったヤンデレ気味の姉は、悲しみの渦中にあるレミュラに、クラレンス王子殿下を紹介する。それを可能にしているのは、ヤンデレ姉が大公殿下の婚約者だったからだ。
レミュラとクラレンス……二人の仲は徐々にだが、確実に前に進んでいくのだった。
ところでレミュラに対して婚約破棄をした公爵閣下は、新たな侯爵令嬢のわがままに耐えられなくなり、再びレミュラのところに戻って来るが……。

王子に買われた妹と隣国に売られた私
京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。
サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。
リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。
それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。
サリウスは王様に向かい上奏する。
「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」
リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる