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26.懐事情1
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そうして話している間に、家具を販売している店にたどり着いた。そのまま中に入ってしまえばよかったのかもしれないけど、できなかった。
「あら、クラリス様ではありませんか」
見知った、というほどではないが、知っている人に話しかけられたからだ。
声のしたほうを見れば、上等なドレスに身を包んだ女性が三人。年の頃は、私と同じくらいだろう。話したことはほとんどない。
それなのに何故知っているのかと言うと、アニエスと一緒にいるのを何度か見かけたことがあるからだ。
「クラリス様の不幸をお聞きして、私たち心配していましたの」
くすり、と微笑みながら言うのは、伯爵家の息女アイリーン。
「ええ、でも……いずれこうなると思っていましたのよ。早いうちでよかったのかもしれませんね?」
そう言って小首を傾げるのは子爵家の息女バーバラ。
「あんな方がお側にいたら、気が休まらなかったのではありませんか?」
興味深そうに言うのは、侯爵家の息女カミラ。
それぞれ家格は違うが、生家が同じ事業に携わっている。その縁で、よく三人で行動していて――アニエスはそこに声をかけにいっていたりした。
「それで、そちらの方は……」
ちらりとアイリーンさんの目がノエルに向く。頭からつま先までを一瞬で見て、品定めを終えたのだろう。同情に満ちた眼差しが私に向けられた。
「アニエス様から傷心中だとお聞きしていたのですが、確かにその通りのようですね」
「どういう意味、でしょうか?」
「……だって、ねえ? もしも困ったことがありましたら、いつでもおっしゃってくださいね」
カミラさんがちらりと、私たちが入ろうとしていた――安価な家具を取り扱う店を見る。
「伯爵夫人だった身では、とうてい耐えられないこともあるでしょうし」
付け加えられた言葉には、貴族階級から転落するであろう私に対する嘲りがこめられている。
魔術師は、役職ではあるが称号ではない。だからノエルと結婚すれば当然、身分としては平民になる。
だが、それでもいいとノエルを選んだのは私だ。傷心による乱心とかではなく、彼を好ましいと思って、求婚した。
「あなたには親切な友人が多いようで、妬ましくなりますね」
一言物申そうと意気込んでいた私だが、ノエルが話しはじめたことで勢いが一気に削がれた。
いやだって、そこは普通、嬉しい、とかではないのだろうか、と思ってしまったから。
「ご親切にありがとうございます。僕の趣味に彼女を付き合わせてしまったので、いらない心配をかけてしまいましたね。ご安心ください。彼女には、それ相応にふさわしいものを用意するつもりなので――そう、彼女の妹にもお伝えください」
淡々と、にこりとも笑わずに、見下ろすように言われたせいか、三人の顔が若干引きつっている。
箱入りで育てられた貴族令嬢からしてみたら、ノエルは未知の生き物だろう。だって彼女たちは、笑顔の奥に本心を隠すことを教え込まれている。
笑顔のまま牽制したり攻撃したり褒め合ったり。本心を曝け出すのは、親しい者の前でだけ。それが、貴族のあり方だ。
「え、ええ、それなら、そうですわね」
そして民からも、本心はどうあれ好意的な態度を向けられる。ノエルのような、表情も声色も変えず話しかけてくる相手は初めてだろう。
「少々気になっただけですので……心配いらないのでしたら、それに越したことはありませんね」
そう言って、三人はそれぞれ別れの言葉を口にして、去っていく。
ノエルは気を悪くしていないだろうかとうかがい見るが、去っていく背中を見送る目にはなんの感情も見られない。
私を見下ろす目も似たようなもなので、彼の顔色を読むのは一生無理かもしれない。
「あら、クラリス様ではありませんか」
見知った、というほどではないが、知っている人に話しかけられたからだ。
声のしたほうを見れば、上等なドレスに身を包んだ女性が三人。年の頃は、私と同じくらいだろう。話したことはほとんどない。
それなのに何故知っているのかと言うと、アニエスと一緒にいるのを何度か見かけたことがあるからだ。
「クラリス様の不幸をお聞きして、私たち心配していましたの」
くすり、と微笑みながら言うのは、伯爵家の息女アイリーン。
「ええ、でも……いずれこうなると思っていましたのよ。早いうちでよかったのかもしれませんね?」
そう言って小首を傾げるのは子爵家の息女バーバラ。
「あんな方がお側にいたら、気が休まらなかったのではありませんか?」
興味深そうに言うのは、侯爵家の息女カミラ。
それぞれ家格は違うが、生家が同じ事業に携わっている。その縁で、よく三人で行動していて――アニエスはそこに声をかけにいっていたりした。
「それで、そちらの方は……」
ちらりとアイリーンさんの目がノエルに向く。頭からつま先までを一瞬で見て、品定めを終えたのだろう。同情に満ちた眼差しが私に向けられた。
「アニエス様から傷心中だとお聞きしていたのですが、確かにその通りのようですね」
「どういう意味、でしょうか?」
「……だって、ねえ? もしも困ったことがありましたら、いつでもおっしゃってくださいね」
カミラさんがちらりと、私たちが入ろうとしていた――安価な家具を取り扱う店を見る。
「伯爵夫人だった身では、とうてい耐えられないこともあるでしょうし」
付け加えられた言葉には、貴族階級から転落するであろう私に対する嘲りがこめられている。
魔術師は、役職ではあるが称号ではない。だからノエルと結婚すれば当然、身分としては平民になる。
だが、それでもいいとノエルを選んだのは私だ。傷心による乱心とかではなく、彼を好ましいと思って、求婚した。
「あなたには親切な友人が多いようで、妬ましくなりますね」
一言物申そうと意気込んでいた私だが、ノエルが話しはじめたことで勢いが一気に削がれた。
いやだって、そこは普通、嬉しい、とかではないのだろうか、と思ってしまったから。
「ご親切にありがとうございます。僕の趣味に彼女を付き合わせてしまったので、いらない心配をかけてしまいましたね。ご安心ください。彼女には、それ相応にふさわしいものを用意するつもりなので――そう、彼女の妹にもお伝えください」
淡々と、にこりとも笑わずに、見下ろすように言われたせいか、三人の顔が若干引きつっている。
箱入りで育てられた貴族令嬢からしてみたら、ノエルは未知の生き物だろう。だって彼女たちは、笑顔の奥に本心を隠すことを教え込まれている。
笑顔のまま牽制したり攻撃したり褒め合ったり。本心を曝け出すのは、親しい者の前でだけ。それが、貴族のあり方だ。
「え、ええ、それなら、そうですわね」
そして民からも、本心はどうあれ好意的な態度を向けられる。ノエルのような、表情も声色も変えず話しかけてくる相手は初めてだろう。
「少々気になっただけですので……心配いらないのでしたら、それに越したことはありませんね」
そう言って、三人はそれぞれ別れの言葉を口にして、去っていく。
ノエルは気を悪くしていないだろうかとうかがい見るが、去っていく背中を見送る目にはなんの感情も見られない。
私を見下ろす目も似たようなもなので、彼の顔色を読むのは一生無理かもしれない。
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