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23.兄弟子と弟弟子2
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ノエルがジルの弟弟子。思いもよらなかった関係に、顔がひきつりそうになる。
「時期が被っていたわけではありませんし、功績を得たあとに形式上師弟の関係を結んだだけですので、あなたとアンリ殿下のような関係ではありませんよ」
ノエルが注釈を入れるかのように言う。
そういえばさっき、半月だけだと言っていた。フロランの弟子だったという衝撃で頭から飛びかけていたが、たしかに聞いた。
「僕とジルは共に研磨し向上しあう関係ではありません。兄弟子と思ったこともありません」
「私の弟弟子は手厳しいね。私はちゃんと、フロランが弟子にした者を弟弟子だと思っているのに……困ったことに、誰も残っていないけど。そこの弟弟子以外は」
そしてその弟弟子たちがやめる原因のほとんどは、ジルが担っている。
フロランの教える魔術は地味で、そのうえ業務内容はほとんどが事務。しかも苦情を聞くこともある。
魔術師というものに憧れを抱いていた人は夢を砕かれ、なんとなく魔力があるから魔術師を目指してみようかと志願した人は、その忙しさに割りに合っていないとやめていく。
「それはともかく、師匠のためを語るのなら、まずはジルが手本となってみてはいかがですか?」
「世の中にはね、反面教師という言葉があるんだよ」
ノエルの淡々とした言葉をのらりくらりと交わすジル。
ちなみにそんなやり取りの間、私はジルの手をこれでもかと引っ張っているがびくともしない。椅子に接着剤でもつけたのかと思うぐらいてこでも動かないから、どうにかして動かせないかと躍起になってしまう。
のけぞるほどに引っ張って、全体重をかけて――ジルが動くよりも前に、手がすっぽ抜けた。
バランスを崩した体があっけなく倒れそうになる。
だけど床に体を打ち付けた衝撃はなく、代わりに温かいものが背中に触れた。
「あなたの可愛い弟子が困っていますよ」
抑揚のない声が真後ろから聞こえる。少しだけ首を動かすと、ノエルの顔がすぐ近くにあった。
支えてくれているのだと気づいたのは、一拍遅れてから。
「ありがとうございます」
「いえ。礼には及びません」
そう言って、ノエルが私の肩に手を置く。
「愛する人を守るのが恋人の役目ですから」
見上げる顔はいつも通りの無表情で、声にも感情はない。
大量の書類を前に申し訳なくなっている私に「気にしないでください。これが僕の役目ですから」と言っていた時と、まったく変わらない調子なのに顔に熱が集まりそうになるのは、彼が私を慕っていたと知ったからだろう。
「ああ、そういえば。魔術師ジル。このたび、あなたの弟子と結婚を前提とした付き合いをはじめることになりました」
ノエルがふと、さも今思い出したかのようにジルに向けて言う。
「おや、それはめでたい報告をありがとう。私の可愛い弟子はいつ教えてくれるのかとやきもきしていたところだよ」
「知っていたじゃないですか」
「それでもね、可愛い弟子から直接聞きたいと思うものだろう?」
「それは……たしかに、配慮が足りませんでした。では改めて、我が師ジル。このたび、ノエルと結婚を前提に付き合うことになりました」
居住まいを正し、改めて言う私にジルが満足そうに頷く。
そして何か考えるように、顎に指をそえ、小さく首を傾げた。
「祝いの品は何がいいかな? 魔物の首とかはどうだい? 家に飾れば、来客を驚かせること間違いなしだ。それではさっそく、綺麗な毛色をしているものを捕まえて来るとしよう」
一人で喋って、一人で結論付けて、立ち上がろうとするジルに制止の声をかけたのはノエルだった。
「それについては、フロランと話し合っていただけると助かります。フロランも何かしら結婚式に関わりたいと思っているそうで、贈り物が被るのはあなたもフロランも望んでいないでしょう」
間違いなく、魔物の首は被らない。そんなものを贈り物にしようとするのはジルぐらいだ。
だけどノエルの口上に、ジルは「それもそうだね」と頷いて、立ち上がった。
あれほど行きたがらなかったフロランの研究室に向かうために。
「時期が被っていたわけではありませんし、功績を得たあとに形式上師弟の関係を結んだだけですので、あなたとアンリ殿下のような関係ではありませんよ」
ノエルが注釈を入れるかのように言う。
そういえばさっき、半月だけだと言っていた。フロランの弟子だったという衝撃で頭から飛びかけていたが、たしかに聞いた。
「僕とジルは共に研磨し向上しあう関係ではありません。兄弟子と思ったこともありません」
「私の弟弟子は手厳しいね。私はちゃんと、フロランが弟子にした者を弟弟子だと思っているのに……困ったことに、誰も残っていないけど。そこの弟弟子以外は」
そしてその弟弟子たちがやめる原因のほとんどは、ジルが担っている。
フロランの教える魔術は地味で、そのうえ業務内容はほとんどが事務。しかも苦情を聞くこともある。
魔術師というものに憧れを抱いていた人は夢を砕かれ、なんとなく魔力があるから魔術師を目指してみようかと志願した人は、その忙しさに割りに合っていないとやめていく。
「それはともかく、師匠のためを語るのなら、まずはジルが手本となってみてはいかがですか?」
「世の中にはね、反面教師という言葉があるんだよ」
ノエルの淡々とした言葉をのらりくらりと交わすジル。
ちなみにそんなやり取りの間、私はジルの手をこれでもかと引っ張っているがびくともしない。椅子に接着剤でもつけたのかと思うぐらいてこでも動かないから、どうにかして動かせないかと躍起になってしまう。
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だけど床に体を打ち付けた衝撃はなく、代わりに温かいものが背中に触れた。
「あなたの可愛い弟子が困っていますよ」
抑揚のない声が真後ろから聞こえる。少しだけ首を動かすと、ノエルの顔がすぐ近くにあった。
支えてくれているのだと気づいたのは、一拍遅れてから。
「ありがとうございます」
「いえ。礼には及びません」
そう言って、ノエルが私の肩に手を置く。
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見上げる顔はいつも通りの無表情で、声にも感情はない。
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「ああ、そういえば。魔術師ジル。このたび、あなたの弟子と結婚を前提とした付き合いをはじめることになりました」
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「おや、それはめでたい報告をありがとう。私の可愛い弟子はいつ教えてくれるのかとやきもきしていたところだよ」
「知っていたじゃないですか」
「それでもね、可愛い弟子から直接聞きたいと思うものだろう?」
「それは……たしかに、配慮が足りませんでした。では改めて、我が師ジル。このたび、ノエルと結婚を前提に付き合うことになりました」
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だけどノエルの口上に、ジルは「それもそうだね」と頷いて、立ち上がった。
あれほど行きたがらなかったフロランの研究室に向かうために。
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