なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優

文字の大きさ
上 下
23 / 47

23.兄弟子と弟弟子2

しおりを挟む
 ノエルがジルの弟弟子。思いもよらなかった関係に、顔がひきつりそうになる。

「時期が被っていたわけではありませんし、功績を得たあとに形式上師弟の関係を結んだだけですので、あなたとアンリ殿下のような関係ではありませんよ」

 ノエルが注釈を入れるかのように言う。
 そういえばさっき、半月だけだと言っていた。フロランの弟子だったという衝撃で頭から飛びかけていたが、たしかに聞いた。

「僕とジルは共に研磨し向上しあう関係ではありません。兄弟子と思ったこともありません」
「私の弟弟子は手厳しいね。私はちゃんと、フロランが弟子にした者を弟弟子だと思っているのに……困ったことに、誰も残っていないけど。そこの弟弟子以外は」

 そしてその弟弟子たちがやめる原因のほとんどは、ジルが担っている。
 フロランの教える魔術は地味で、そのうえ業務内容はほとんどが事務。しかも苦情を聞くこともある。
 魔術師というものに憧れを抱いていた人は夢を砕かれ、なんとなく魔力があるから魔術師を目指してみようかと志願した人は、その忙しさに割りに合っていないとやめていく。

「それはともかく、師匠のためを語るのなら、まずはジルが手本となってみてはいかがですか?」
「世の中にはね、反面教師という言葉があるんだよ」

 ノエルの淡々とした言葉をのらりくらりと交わすジル。
 ちなみにそんなやり取りの間、私はジルの手をこれでもかと引っ張っているがびくともしない。椅子に接着剤でもつけたのかと思うぐらいてこでも動かないから、どうにかして動かせないかと躍起になってしまう。

 のけぞるほどに引っ張って、全体重をかけて――ジルが動くよりも前に、手がすっぽ抜けた。
 バランスを崩した体があっけなく倒れそうになる。
 だけど床に体を打ち付けた衝撃はなく、代わりに温かいものが背中に触れた。

「あなたの可愛い弟子が困っていますよ」

 抑揚のない声が真後ろから聞こえる。少しだけ首を動かすと、ノエルの顔がすぐ近くにあった。
 支えてくれているのだと気づいたのは、一拍遅れてから。

「ありがとうございます」
「いえ。礼には及びません」

 そう言って、ノエルが私の肩に手を置く。

「愛する人を守るのが恋人の役目ですから」

 見上げる顔はいつも通りの無表情で、声にも感情はない。
 大量の書類を前に申し訳なくなっている私に「気にしないでください。これが僕の役目ですから」と言っていた時と、まったく変わらない調子なのに顔に熱が集まりそうになるのは、彼が私を慕っていたと知ったからだろう。

「ああ、そういえば。魔術師ジル。このたび、あなたの弟子と結婚を前提とした付き合いをはじめることになりました」

 ノエルがふと、さも今思い出したかのようにジルに向けて言う。

「おや、それはめでたい報告をありがとう。私の可愛い弟子はいつ教えてくれるのかとやきもきしていたところだよ」
「知っていたじゃないですか」
「それでもね、可愛い弟子から直接聞きたいと思うものだろう?」
「それは……たしかに、配慮が足りませんでした。では改めて、我が師ジル。このたび、ノエルと結婚を前提に付き合うことになりました」

 居住まいを正し、改めて言う私にジルが満足そうに頷く。
 そして何か考えるように、顎に指をそえ、小さく首を傾げた。

「祝いの品は何がいいかな? 魔物の首とかはどうだい? 家に飾れば、来客を驚かせること間違いなしだ。それではさっそく、綺麗な毛色をしているものを捕まえて来るとしよう」

 一人で喋って、一人で結論付けて、立ち上がろうとするジルに制止の声をかけたのはノエルだった。

「それについては、フロランと話し合っていただけると助かります。フロランも何かしら結婚式に関わりたいと思っているそうで、贈り物が被るのはあなたもフロランも望んでいないでしょう」

 間違いなく、魔物の首は被らない。そんなものを贈り物にしようとするのはジルぐらいだ。
 だけどノエルの口上に、ジルは「それもそうだね」と頷いて、立ち上がった。

 あれほど行きたがらなかったフロランの研究室に向かうために。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?

satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません! ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。 憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。 お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。 しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。 お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。 婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。 そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。 いきなりビックネーム過ぎませんか?

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

破滅した令嬢は時間が戻ったので、破滅しないよう動きます

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私リーゼは、破滅寸前だった。  伯爵令嬢のベネサの思い通り動いてしまい、婚約者のダーロス王子に婚約破棄を言い渡される。  その後――私は目を覚ますと1年前に戻っていて、今までの行動を後悔する。  ダーロス王子は今の時点でベネサのことを愛し、私を切り捨てようと考えていたようだ。  もうベネサの思い通りにはならないと、私は決意する。  破滅しないよう動くために、本来の未来とは違う生活を送ろうとしていた。

婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。

再婚約ですか? 王子殿下がいるのでお断りしますね

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のレミュラは、公爵閣下と婚約関係にあったが、より位の高い令嬢と婚約しレミュラとは婚約破棄をした。 その事実を知ったヤンデレ気味の姉は、悲しみの渦中にあるレミュラに、クラレンス王子殿下を紹介する。それを可能にしているのは、ヤンデレ姉が大公殿下の婚約者だったからだ。 レミュラとクラレンス……二人の仲は徐々にだが、確実に前に進んでいくのだった。 ところでレミュラに対して婚約破棄をした公爵閣下は、新たな侯爵令嬢のわがままに耐えられなくなり、再びレミュラのところに戻って来るが……。

王子に買われた妹と隣国に売られた私

京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。 サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。 リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。 それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。 サリウスは王様に向かい上奏する。 「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」 リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。

処理中です...