11 / 47
11.愛ある恋人とは2
しおりを挟む
夕食を食べてくるという手紙を出して、塔の入口に向かう。アンリ殿下と一緒に。
アンリ殿下も今から帰るそうで、外に馬車を待たせているのだとか。
戻ってきて早々帰るなんて、だいぶ疲れたのだろう。アンリ殿下の苦労が偲ばれる。
そうして外に出ると、私を待っていたノエルがちらりとこちらを見た。
「お待たせいたしました」
「いえ、それほど待ってはいないので……アンリ殿下も今から帰られるところですか。魔物が目撃されたとかで、確認しに行かれたとお聞きしましたが、いかがでしたか?」
「ああ……痕跡はあったが、あまり大きな魔物ではなそうだ。兵を向かわせれば十分だろう。申請書はすでに提出してある」
「かしこまりました。それでは、本日はお疲れ様です。また明日もご苦労おかけすると思いますが、ジルの弟子となったのが運のツキと思って諦めてください」
「ああ……そうだな」
アンリ殿下の苦労は塔全体に周知されているのだと、淡々と告げるノエルの言葉が物語っている。
それに乾いた笑いを返すと、アンリ殿下はそれではと言って去ろうとして――何故か、足を止めた。
「ああ、そうだ。……ノエル、彼女は俺の大切な妹弟子だから、くれぐれも傷つけるようなことはしないように」
「肝に銘じておきます」
それだけ言って、今度こそアンリ殿下は馬車に乗って去っていった。
馬車の姿が完全に見えなくなると、ノエルはくるりと私のほうに向きなおった。
「ずいぶんと大切にされているようで」
「二人しかいない弟子ですので」
「そういうものですか……。フロランのところも、もう少し弟子が定着するようになれば、その気持ちもわかるようになるかもしれませんね」
それについては、大変申し訳なく思う。
激務の一端にジルがあるので、その弟子として謝罪したい気持ちでいっぱいになった。
「……まあ、言ってもしかたのないことです。それよりも本日の食事ですが……希望はありますか?」
「好き嫌いはこれといってありませんので、お任せします」
「なるほど……。それではどうぞ、こちらに」
ノエルがそう言うと、馬車が一台走ってきた。御者席には誰もいない。無人の馬車はフロランの発明した魔術のひとつだ。
あれこれと飛び回ることもあるので、一々御者なんて待っていられるか、という理由で手綱が自動で馬に指示を送る。
すごいのはすごいのだが、やはりなんというか、地味だ。道行く人は御者席なんて注視しない。
馬がいなければ目立つかもしれないが、馬は必要だ。人ひとり分の食事やら賃金を減らせることぐらいしかメリットがなく、手綱の操作には絶えず微量の魔力を長さなければいけないので、繊細な技術が必要になるため、使用者はほとんどいない。
そんな神経を使う魔術を使役するぐらいなら、普通に御者を雇う人が大半だった。
つまり、労力に見合っていない魔術だということ。
「……フロラン様の魔術を使役できるなんて、さすが長年弟子をしているだけはありますね」
「お褒めにあずかり光栄です」
先に乗ったノエルの手を借りて、馬車に乗りこむ。ふかふかのクッションに包まれていると、馬車が動き出したのを感じた。
「……揺れが少ないのですね」
「静音や振動の削減の魔術を取り入れてありますので。魔道具に落としこめられれば、流通も可能だと思います」
「そちらも、フロラン様の発明で?」
「はい。あの人は馬車が苦手なようで……どうにか快適に過ごせないかを模索しているのですよ」
フロランは基本的に塔の中にこもりきりなので、この魔術が公表されたとしても、その恩恵に預かれるのはフロラン以外の人だろう。
いや、馬車に乗る機会が少ないからこそ、苦手なのかもしれない。慣れればこういうものだと諦めもつく。
「それはともかく……先日、あなたの婚約者が心変わりしたとお聞きしました」
「ええ、まあ、そうですね。お恥ずかしながら」
「ひとつ伺いますが……その方を愛していたのですか?」
真剣な色を湛えた水色の瞳に見据えられ、慌てて首を横に振る。
おかしな勘違いはしてほしくなかったから。
「愛を語らうには、過ごした時間が短すぎました。あの人は学園に、私は塔に進みましたから」
「見せつけてやりたいなどといった私怨が含まれていないのなら、構いません」
「……見せつけてやろうとは微塵も考えていませんでした」
そももそも、見せつける場所がない。
「そうですか。それならなんの心配もいりませんね。明日、王城で夜会が開かれるのはご存じですよね。そちらに僕のパートナーとして出席していただきたい」
「パートナー……として、ですか?」
「はい。縁談がくるのを避けたいということでしたら、参加したほうが有意義だと思いますが……どうしますか?」
これまで、社交の場でノエルを見たことは一度もない。
だけど夜会に参加するということは招待状が来ているということで。
でも普通、魔術師本人には送っても、魔術師の弟子に招待状は送らない。すぐにやめたりする人もいるので、送ってもしかたないからだ。
「ああ、言い忘れていました」
そんな私の疑問に気付いたのか、ノエルが何の気なく言う。
「僕はフロランの弟子ではありますが、魔術師ノエルとしても登録されています」
アンリ殿下も今から帰るそうで、外に馬車を待たせているのだとか。
戻ってきて早々帰るなんて、だいぶ疲れたのだろう。アンリ殿下の苦労が偲ばれる。
そうして外に出ると、私を待っていたノエルがちらりとこちらを見た。
「お待たせいたしました」
「いえ、それほど待ってはいないので……アンリ殿下も今から帰られるところですか。魔物が目撃されたとかで、確認しに行かれたとお聞きしましたが、いかがでしたか?」
「ああ……痕跡はあったが、あまり大きな魔物ではなそうだ。兵を向かわせれば十分だろう。申請書はすでに提出してある」
「かしこまりました。それでは、本日はお疲れ様です。また明日もご苦労おかけすると思いますが、ジルの弟子となったのが運のツキと思って諦めてください」
「ああ……そうだな」
アンリ殿下の苦労は塔全体に周知されているのだと、淡々と告げるノエルの言葉が物語っている。
それに乾いた笑いを返すと、アンリ殿下はそれではと言って去ろうとして――何故か、足を止めた。
「ああ、そうだ。……ノエル、彼女は俺の大切な妹弟子だから、くれぐれも傷つけるようなことはしないように」
「肝に銘じておきます」
それだけ言って、今度こそアンリ殿下は馬車に乗って去っていった。
馬車の姿が完全に見えなくなると、ノエルはくるりと私のほうに向きなおった。
「ずいぶんと大切にされているようで」
「二人しかいない弟子ですので」
「そういうものですか……。フロランのところも、もう少し弟子が定着するようになれば、その気持ちもわかるようになるかもしれませんね」
それについては、大変申し訳なく思う。
激務の一端にジルがあるので、その弟子として謝罪したい気持ちでいっぱいになった。
「……まあ、言ってもしかたのないことです。それよりも本日の食事ですが……希望はありますか?」
「好き嫌いはこれといってありませんので、お任せします」
「なるほど……。それではどうぞ、こちらに」
ノエルがそう言うと、馬車が一台走ってきた。御者席には誰もいない。無人の馬車はフロランの発明した魔術のひとつだ。
あれこれと飛び回ることもあるので、一々御者なんて待っていられるか、という理由で手綱が自動で馬に指示を送る。
すごいのはすごいのだが、やはりなんというか、地味だ。道行く人は御者席なんて注視しない。
馬がいなければ目立つかもしれないが、馬は必要だ。人ひとり分の食事やら賃金を減らせることぐらいしかメリットがなく、手綱の操作には絶えず微量の魔力を長さなければいけないので、繊細な技術が必要になるため、使用者はほとんどいない。
そんな神経を使う魔術を使役するぐらいなら、普通に御者を雇う人が大半だった。
つまり、労力に見合っていない魔術だということ。
「……フロラン様の魔術を使役できるなんて、さすが長年弟子をしているだけはありますね」
「お褒めにあずかり光栄です」
先に乗ったノエルの手を借りて、馬車に乗りこむ。ふかふかのクッションに包まれていると、馬車が動き出したのを感じた。
「……揺れが少ないのですね」
「静音や振動の削減の魔術を取り入れてありますので。魔道具に落としこめられれば、流通も可能だと思います」
「そちらも、フロラン様の発明で?」
「はい。あの人は馬車が苦手なようで……どうにか快適に過ごせないかを模索しているのですよ」
フロランは基本的に塔の中にこもりきりなので、この魔術が公表されたとしても、その恩恵に預かれるのはフロラン以外の人だろう。
いや、馬車に乗る機会が少ないからこそ、苦手なのかもしれない。慣れればこういうものだと諦めもつく。
「それはともかく……先日、あなたの婚約者が心変わりしたとお聞きしました」
「ええ、まあ、そうですね。お恥ずかしながら」
「ひとつ伺いますが……その方を愛していたのですか?」
真剣な色を湛えた水色の瞳に見据えられ、慌てて首を横に振る。
おかしな勘違いはしてほしくなかったから。
「愛を語らうには、過ごした時間が短すぎました。あの人は学園に、私は塔に進みましたから」
「見せつけてやりたいなどといった私怨が含まれていないのなら、構いません」
「……見せつけてやろうとは微塵も考えていませんでした」
そももそも、見せつける場所がない。
「そうですか。それならなんの心配もいりませんね。明日、王城で夜会が開かれるのはご存じですよね。そちらに僕のパートナーとして出席していただきたい」
「パートナー……として、ですか?」
「はい。縁談がくるのを避けたいということでしたら、参加したほうが有意義だと思いますが……どうしますか?」
これまで、社交の場でノエルを見たことは一度もない。
だけど夜会に参加するということは招待状が来ているということで。
でも普通、魔術師本人には送っても、魔術師の弟子に招待状は送らない。すぐにやめたりする人もいるので、送ってもしかたないからだ。
「ああ、言い忘れていました」
そんな私の疑問に気付いたのか、ノエルが何の気なく言う。
「僕はフロランの弟子ではありますが、魔術師ノエルとしても登録されています」
20
お気に入りに追加
2,241
あなたにおすすめの小説
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
ヒロインは辞退したいと思います。
三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。
「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」
前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。
※アルファポリスのみの公開です。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる