8 / 47
8.結婚相手に求める条件1
しおりを挟む
ノエルと一瞬目を合わせてからゆっくりと音のしたほうを見ると、フロランの頭が書類の山に埋まっていた。
そしてまた、もう一度ノエルと視線を交わし、二人して慌ててそちらに駆け寄る。
「フロラン様!?」
「いったい何が……」
過労で倒れてもしたのか。こういう時は体を起こしたほうがいいのか、それとも人を呼んだほうがいいのか。おろおろと悩んでいると、ゆっくりとフロランの顔が上がった。
「……ひとつ、伺うが……君は、ノエルのことを好きなのか?」
胡乱な目で問われ、少しだけ首を傾ける。
好きか嫌いかで言えば、嫌いではない。嫌いな相手を結婚相手として選びはしない。
「結婚相手としては申し分ないと思っております」
「……そうか。それでは、そういった話は書類の整理が終わってからするように。今は書類を片付けるのを優先させろ」
確かに、今するような話ではなかった。申し訳ございませんと謝って、大人しく与えられた書類の山を片付けに戻る。
ジルは緊急時にしか依頼が回ってこないのに、書類が多い。それは日常生活でもジルに迷惑をかけられた人がいるからだろう。ただ、ジルに難癖をつけたいだけの人もいるので、正当な要求かどうかを見極めないといけない。
ジルのために用意された書類なだけあって、ジルでなければわからないことも多い。どうして呪ったのかとか、どうして家の前を水浸しにしたのか。いや本当に、どうして水浸しにした。
ううむ、と唸っているとトントンと机の端が叩かれた。書類に落としていた視線を上げると、ノエルが机の横に立っていた。
「食事の時間です。書類は置いてください」
「あ、はい。わかりました」
没頭していたのか、時計を見ると思っていたよりも時間が経っていた。仕分け終わった書類を棚にしまい、未処理の書類は箱の中に置き、席を立つ。
塔には食堂といった高尚なものはない。塔に所属する魔術師のほとんどは個人主義で、食堂を作ったところで誰もそこで食べないからだ。無駄なことに回す費用はなく、食事は各々好きな時に好きな場所で食べていい。
だけどさすが真面目な魔術師フロランとでも言うべきか、お腹が空いたら食べるジルと違い、お昼になれば昼ご飯を食べるらしい。
「それで、先ほどの話ですが」
「先ほどの?」
執務机から離れ、部屋の隅にある綺麗なテーブルに持ってきた食事を置く。我が家で働く料理人が手間暇かけて作ってくれたお弁当だ。
ノエルは私の対面に腰かけ、サンドイッチの入った箱を広げた。
「結婚を前提にしたお付き合いとやらの話です。……本気ですか?」
水色の瞳はサンドイッチに向いていて、私を見てはいない。私はお弁当箱と一緒に入っていたフォークを手に取り、どれから食べ始めるか考えながら、頷いて返す。
「冗談であのようなことは言いません」
「なるほど。それでは結婚を前提にあなたと付き合ったとして、それで得られるメリットは答えられますか?」
「可愛いお嫁さんができますよ」
「可愛いだけの嫁であればどうとでも作れます」
「人体を作ることは禁じられていますけど」
「ええ、そこがネックですが……バレなければなんてことはありません」
しれっと言うノエルは、フロランの弟子でフロランに育てられたにもかかわらず、そこまで真面目じゃない。必要となれば法を破ることも厭わないのだろう。
そういうところを、私は好ましく思う。
そしてまた、もう一度ノエルと視線を交わし、二人して慌ててそちらに駆け寄る。
「フロラン様!?」
「いったい何が……」
過労で倒れてもしたのか。こういう時は体を起こしたほうがいいのか、それとも人を呼んだほうがいいのか。おろおろと悩んでいると、ゆっくりとフロランの顔が上がった。
「……ひとつ、伺うが……君は、ノエルのことを好きなのか?」
胡乱な目で問われ、少しだけ首を傾ける。
好きか嫌いかで言えば、嫌いではない。嫌いな相手を結婚相手として選びはしない。
「結婚相手としては申し分ないと思っております」
「……そうか。それでは、そういった話は書類の整理が終わってからするように。今は書類を片付けるのを優先させろ」
確かに、今するような話ではなかった。申し訳ございませんと謝って、大人しく与えられた書類の山を片付けに戻る。
ジルは緊急時にしか依頼が回ってこないのに、書類が多い。それは日常生活でもジルに迷惑をかけられた人がいるからだろう。ただ、ジルに難癖をつけたいだけの人もいるので、正当な要求かどうかを見極めないといけない。
ジルのために用意された書類なだけあって、ジルでなければわからないことも多い。どうして呪ったのかとか、どうして家の前を水浸しにしたのか。いや本当に、どうして水浸しにした。
ううむ、と唸っているとトントンと机の端が叩かれた。書類に落としていた視線を上げると、ノエルが机の横に立っていた。
「食事の時間です。書類は置いてください」
「あ、はい。わかりました」
没頭していたのか、時計を見ると思っていたよりも時間が経っていた。仕分け終わった書類を棚にしまい、未処理の書類は箱の中に置き、席を立つ。
塔には食堂といった高尚なものはない。塔に所属する魔術師のほとんどは個人主義で、食堂を作ったところで誰もそこで食べないからだ。無駄なことに回す費用はなく、食事は各々好きな時に好きな場所で食べていい。
だけどさすが真面目な魔術師フロランとでも言うべきか、お腹が空いたら食べるジルと違い、お昼になれば昼ご飯を食べるらしい。
「それで、先ほどの話ですが」
「先ほどの?」
執務机から離れ、部屋の隅にある綺麗なテーブルに持ってきた食事を置く。我が家で働く料理人が手間暇かけて作ってくれたお弁当だ。
ノエルは私の対面に腰かけ、サンドイッチの入った箱を広げた。
「結婚を前提にしたお付き合いとやらの話です。……本気ですか?」
水色の瞳はサンドイッチに向いていて、私を見てはいない。私はお弁当箱と一緒に入っていたフォークを手に取り、どれから食べ始めるか考えながら、頷いて返す。
「冗談であのようなことは言いません」
「なるほど。それでは結婚を前提にあなたと付き合ったとして、それで得られるメリットは答えられますか?」
「可愛いお嫁さんができますよ」
「可愛いだけの嫁であればどうとでも作れます」
「人体を作ることは禁じられていますけど」
「ええ、そこがネックですが……バレなければなんてことはありません」
しれっと言うノエルは、フロランの弟子でフロランに育てられたにもかかわらず、そこまで真面目じゃない。必要となれば法を破ることも厭わないのだろう。
そういうところを、私は好ましく思う。
16
お気に入りに追加
2,246
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが


婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました
青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。
しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。
「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」
そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。
実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。
落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。
一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。
※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる