上 下
2 / 47

2.今日この日、この時間だからこそ

しおりを挟む
 アニエスが私の前に立ちふさがったのはこれが初めてではない。

 年が両手の数で足りる程度の頃、お父様がお土産に青いドレスとピンクのドレスを買ってきた。

「お姉さまもピンク色がいいの? ……でも私も、ピンク色がいいなぁ。お姉さまには青色のほうが似合うと思うから、ピンク色は私にじゃ、駄目?」

 可愛らしくおねだりする妹に、両親は陥落した。
 ドレスだけでなく、宝石から髪飾りに至るまでがその調子だ。私用にと選ばれたものですら、アニエスの手に渡ることがあった。

 両親が私よりもアニエスのほうが大切だったわけではない。可愛らしくおねだりできるアニエスに甘くなる節はあっても、あからさまな優遇を見せたことはない。
 ただ、アニエスは自分に似合うものをよく知っていただけだ。そして似合うように見せる方法も知っていた。
 質は同じ、色や装飾が少し違う程度の物なら、より似合うほうに似合うものを渡しくなるというのが心情だろう。しかもアニエスが選ばなかった物のほうが私に似合っていたのだから、アニエスの言うとおりにするのが最良だと判断するのもしかたない。

 そうして少しずつ、アニエスの言うことなら間違いないという刷りこみが行われていただけで、両親にとって私もアニエスも大切な子供であることに変わりはなかった。

 ある一度を除いて。

「お姉様も王立魔術学院に受かったの?」

 四年前、家に届けられた二通の合格通知。それぞれに記された名前は、私とアニエスのもの。

 王立魔術学院は豪勢な建物と高度な教育と、それに見合った学費と寄付金で知られている。在学生は貴族がほとんどで、稀に裕福な家の子供がまぎれる程度。
 高難易度の入学試験をくぐり抜け、ふるい落とすかのように行われる模擬試験や筆記試験の数々。それらをすべて突破し卒業できるのは、入学した当時の半数以下。
 卒業はもちろん、入学しただけでも噂になるほどの学校だ。

 そこに私とアニエスの二人が入学となったら、両親も鼻高高だっただろう。入学できれば、の話ではあるが。
 学院には入学するにあたって、特別なルールが一つある。
 それは、一年に入学できるのは一家門に一人だけというもの。

 何十年か前に、とある貴族が卒業生を多く輩出したと名を馳せたいがために大量の孤児を養子に迎えた。
 その中の何人かが受かり、一人か二人卒業できればとでも考えたのだろう。
 一度だけであればまだしも、それを毎年――学院が禁止するまで続けた。

 入学できなかった子や卒業できなかった子の面倒をしっかりと見きっていれば、学院も目を瞑っていただろう。
 だが貴族は役に立たない子はさっさと捨て置き、半端な知識を持った孤児が国中に広がった。
 詐欺やらなんやらが横行し、同じようなことをする者が増えたら国が混乱に陥ると判断し、学院は新しいルールを作った。

 それが、一年につき一人というルールだ。

「……私も通いたかったなぁ」

 ルールはアニエスも知っている。たとえ双子だろうと覆せない。例外を認めれば、顔の似ていない三つ子四つ子、果ては十つ子が出てくるかもしれないからだ。
 だからかアニエスはじんわりと涙を滲ませ、合格通知を胸に抱きしめた。

 両親はアニエスの涙に弱い、そしてアニエスの言うことならおかしなことにはならないと思っている。
 当然のように、両親は私に辞退することを勧めた。
 あなたは先が決まっているのだから、アニエスには社交界で通じる人脈と知識が必要だ、将来の相手を見つけるのにも学院は適切である。そう言いながら。

 結果私は、王立魔術学院を諦めた。
 この婚約者の入れ替えもどうせ最後には諦めることになるのだから、抗うだけ無駄だ。

「ええ、そう。わかったわ。どうぞ末永くお幸せに」

 ほっとしたようにお互いを見つめるアニエスとクロード。そんな二人にため息をつきそうになるが、必死に笑顔を取り繕う。
 ここで何か言ったり行動したりすれば、アニエスがまだ悲壮な顔をするだけだ。

 しかし、どうして今日のだろう。今晩は王家主催の舞踏会が開かれる日だというのに。
 これまで私はクロードのエスコートのもと入場していた。だけど今日はそうもいかないだろう。あと数時間もないから、別のパートナーを見つけることもできない。

 突き刺さる視線を想像するだけで、今から嫌になる。

「ああ、なるほど」
「お姉様?」

 首を傾げるアニエスになんでもないと言って、苦笑を浮かべる。
 今日、この日だったからこそ、言う必要があったのだろう。
 王家主催の舞踏会なんて一番盛り上がり目立つ日を、私の妹が選ばないはずがない。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

義妹に苛められているらしいのですが・・・

天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。 その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。 彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。 それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。 儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。 そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

処理中です...