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19話
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『至急、話があるから来い』
コンラッドのお願いをうやむやにした翌日、私の机の中に放り込まれていた一枚のメモ。
簡潔すぎて意味のわからない文章の最後に記された名前は、意味がわからないからと無視することのできない名前だった。
第二学年の教室は全部で四つある。ひとつの教室には大体二十人前後。貴族の総数を考えると人数が多いのは、絶対に貴族じゃないと駄目というわけではないからだ。
試験を突破できるだけの学力と、それなりの額の寄付があれば入学を受け付けている。だから子供に箔をつけたい商人の子供もいれば、騎士の子供もいて、実に多種多様だ。
とはいっても、身分のない子は肩身が狭そうにしてはいるけれど。
ちなみに、私はその子たちとも友好な関係を築ければと思い、試みたことがある。
商魂たくましい子はいたが、それでも庶民は庶民、貴族は貴族と線を引かれ、踏み越えることはできなかった。
――なんてことを考えていたら、目的地である教室に到着してしまった。
私とサイラス様、それからコンラッドはそれぞれ別の教室だ。モニカさんはコンラッドと同じ教室だけど。 そして私を呼び出したルーファウス殿下は一番端の教室で、私たち三人の誰とも被っていない。
コンラッドに運悪く遭遇することはないという安心感と、そもそも呼び出した人が安心できる相手ではないという思いから、おそるおそる教室の中をのぞく。
「――ああ、ありがとう。頼みを聞いてくれて助かったよ
「いえいえ、殿下の頼みでしたらこの程度」
きゃいきゃいと何人かの子息令嬢に囲まれながら、爽やかに笑う銀色の髪に紫色の瞳をした少年。誰だ。
「……っと、すまない。このあたりで失礼するよ。待ち人が来たみたいだ」
そう言って、席を立ち私のほうに向かってくる少年。そして礼儀を忘れないふるまいに、後ろで感嘆の息を漏らす子息令嬢たち。
「わざわざ足を運ばせてしまって申し訳ない」
見下ろしてくる紫色の瞳。瞳の色違いのサイラス様だと言われたら納得してしまいそうな、なんとも爽やかで優雅な笑みを浮かべる美少年。
いや本当に、誰だ。あまりの変貌ぶりに頭が混乱する。私の知る彼は、もっと横暴で粗野だった。なにしろほぼ初対面で喧嘩を売ってくるような人だ。
間違っても、こんなふうに笑いはしない。
「いえ、殿下にお呼びいただき光栄です」
動揺を隠すようににっこりとほほ笑む。そんな私に「そう言ってもらえるなら助かる」と言って、ルーファウス殿下らしき少年が教室を出て、ついてこいというように歩きはじめた。
その後ろをひょいひょいとついていきながら、少し高い位置で揺れる銀色の髪を眺める。サイラス様と違い、ルーファウス殿下は髪を伸ばしていて、ひとつに束ねて前に流せるぐらいに長い。
まるで物語に出てくる貴公子のようだ――と言っていたのは誰だったろうか。女子生徒のひとりだったのは間違いない。記憶に残っていないのは、ただ聞こえてきただけだからだ。
そのときの私にとって、サイラス様もルーファウス殿下も雲の上のような存在だった。同じ教室になったことのないしがない子爵令嬢がおいそれと話しかけられるはずもなく、すれ違えば会釈をして道を譲ったことしかない。
コンラッドと結婚して侯爵夫人になれば話は違ったかもしれないが、公爵夫人になろうと努力していた私には縁もゆかりもない人だった。
「人生って本当、何が起きるかわからない」
感慨深く、思わずそんなことをつぶやいてしまう。昔の私に、サイラス様と婚約してルーファウス殿下に呼び出されるなんて話しても信じてはくれないだろう。
「ここでいいだろう」
そうしていくらか歩いてようやく、ルーファウス殿下が足を止めた。学び舎の裏手にある庭で、憩いの場として使われている庭園とは違い、あまり人が寄り付かない場所だ。
なにしろ草と木があるだけで、見所はなにもないし、休むための椅子や机もない。ちょっとスペースがあまったから整備しておくか、ぐらいの庭である。
「それで、お話とは……? サイラス様との婚約を解消しろということでしたら、私の一存では――」
「違う」
先手を打っておこうとしたら、即座に否定された。
先ほどまでの貴公子然とした、貴公子風を装っている似非サイラス様風は完全に消えている。ややこしいなこのふたり。
「……こんなことをお前に言うのは実に遺憾ではあるが、だが背に腹は代えられない。とはいえ、俺が自ら望んでのことではないと念頭においたうえで、今から俺が言うことを一言一句漏らすことなく頭に刻め」
「はい、もちろんわかっております」
前置きが長い。
私が頷いたことでようやく、本当にやむを得ないのだというように、不承不承といった様子を隠すこともなく、嫌そうに用件を口にした。
「じきにサイラスの誕生日がくる」
コンラッドのお願いをうやむやにした翌日、私の机の中に放り込まれていた一枚のメモ。
簡潔すぎて意味のわからない文章の最後に記された名前は、意味がわからないからと無視することのできない名前だった。
第二学年の教室は全部で四つある。ひとつの教室には大体二十人前後。貴族の総数を考えると人数が多いのは、絶対に貴族じゃないと駄目というわけではないからだ。
試験を突破できるだけの学力と、それなりの額の寄付があれば入学を受け付けている。だから子供に箔をつけたい商人の子供もいれば、騎士の子供もいて、実に多種多様だ。
とはいっても、身分のない子は肩身が狭そうにしてはいるけれど。
ちなみに、私はその子たちとも友好な関係を築ければと思い、試みたことがある。
商魂たくましい子はいたが、それでも庶民は庶民、貴族は貴族と線を引かれ、踏み越えることはできなかった。
――なんてことを考えていたら、目的地である教室に到着してしまった。
私とサイラス様、それからコンラッドはそれぞれ別の教室だ。モニカさんはコンラッドと同じ教室だけど。 そして私を呼び出したルーファウス殿下は一番端の教室で、私たち三人の誰とも被っていない。
コンラッドに運悪く遭遇することはないという安心感と、そもそも呼び出した人が安心できる相手ではないという思いから、おそるおそる教室の中をのぞく。
「――ああ、ありがとう。頼みを聞いてくれて助かったよ
「いえいえ、殿下の頼みでしたらこの程度」
きゃいきゃいと何人かの子息令嬢に囲まれながら、爽やかに笑う銀色の髪に紫色の瞳をした少年。誰だ。
「……っと、すまない。このあたりで失礼するよ。待ち人が来たみたいだ」
そう言って、席を立ち私のほうに向かってくる少年。そして礼儀を忘れないふるまいに、後ろで感嘆の息を漏らす子息令嬢たち。
「わざわざ足を運ばせてしまって申し訳ない」
見下ろしてくる紫色の瞳。瞳の色違いのサイラス様だと言われたら納得してしまいそうな、なんとも爽やかで優雅な笑みを浮かべる美少年。
いや本当に、誰だ。あまりの変貌ぶりに頭が混乱する。私の知る彼は、もっと横暴で粗野だった。なにしろほぼ初対面で喧嘩を売ってくるような人だ。
間違っても、こんなふうに笑いはしない。
「いえ、殿下にお呼びいただき光栄です」
動揺を隠すようににっこりとほほ笑む。そんな私に「そう言ってもらえるなら助かる」と言って、ルーファウス殿下らしき少年が教室を出て、ついてこいというように歩きはじめた。
その後ろをひょいひょいとついていきながら、少し高い位置で揺れる銀色の髪を眺める。サイラス様と違い、ルーファウス殿下は髪を伸ばしていて、ひとつに束ねて前に流せるぐらいに長い。
まるで物語に出てくる貴公子のようだ――と言っていたのは誰だったろうか。女子生徒のひとりだったのは間違いない。記憶に残っていないのは、ただ聞こえてきただけだからだ。
そのときの私にとって、サイラス様もルーファウス殿下も雲の上のような存在だった。同じ教室になったことのないしがない子爵令嬢がおいそれと話しかけられるはずもなく、すれ違えば会釈をして道を譲ったことしかない。
コンラッドと結婚して侯爵夫人になれば話は違ったかもしれないが、公爵夫人になろうと努力していた私には縁もゆかりもない人だった。
「人生って本当、何が起きるかわからない」
感慨深く、思わずそんなことをつぶやいてしまう。昔の私に、サイラス様と婚約してルーファウス殿下に呼び出されるなんて話しても信じてはくれないだろう。
「ここでいいだろう」
そうしていくらか歩いてようやく、ルーファウス殿下が足を止めた。学び舎の裏手にある庭で、憩いの場として使われている庭園とは違い、あまり人が寄り付かない場所だ。
なにしろ草と木があるだけで、見所はなにもないし、休むための椅子や机もない。ちょっとスペースがあまったから整備しておくか、ぐらいの庭である。
「それで、お話とは……? サイラス様との婚約を解消しろということでしたら、私の一存では――」
「違う」
先手を打っておこうとしたら、即座に否定された。
先ほどまでの貴公子然とした、貴公子風を装っている似非サイラス様風は完全に消えている。ややこしいなこのふたり。
「……こんなことをお前に言うのは実に遺憾ではあるが、だが背に腹は代えられない。とはいえ、俺が自ら望んでのことではないと念頭においたうえで、今から俺が言うことを一言一句漏らすことなく頭に刻め」
「はい、もちろんわかっております」
前置きが長い。
私が頷いたことでようやく、本当にやむを得ないのだというように、不承不承といった様子を隠すこともなく、嫌そうに用件を口にした。
「じきにサイラスの誕生日がくる」
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