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第10話 「青」
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いつの間にか雨は止んで、雲間から若干だけれど日が差している。外は都会の喧騒と蝉の声が聞こえ始め、止まった世界が動き始めるように思えた。
「何はともあれ、また四人で会えたわね」
「そうだねぇ……こんな形になるとは思わなかったけど、また会えた」
「とりあえずこれ片付けるからな颯人」
自殺用に準備していたロープや椅子は早々に渉達に撤去され、今や無理やり天井に空けた穴だけが空虚に残っている。
「あっという間に終わっちゃったなぁ……」
先ほどまで自分がしようとしていたことを振り返って、未だ生きている実感が湧かないのかぼーっと天井を見上げる颯人。
「……なぁ颯人、聞いてもいいか」
「……うん」
渉は同じように天井を仰ぎ見ながら、隣にいる颯人に訊ねる。
「青のこと覚えてたりするか?」
それは今までの颯人にとって一番、聞かれたくない質問だった。もう忘れたいという思いで今日まで生きてきた彼にとって、その名前は禁句のようなものだ。
でも颯人は、この選択をした。
「覚えてるよ。……夢で見る前から、本当はずっと覚えていたんだ……僕も気づいていなかっただけで」
何度忘れようとしても、心のどこかに彼はずっといて、いなくなることはなかったのだろう。
渉が逃げる勇気なら、颯人は告白する勇気だ。彼は今まで抱え込んでいた全てを吐き出す決意をしたのだった。
あの夏の日にあったこと。
自分が犯してしまったこと。
その後、聞いてしまったこと。
その全てを颯人は三人に話した。
「僕が青を殺したんだ」
嘘とも真実とも言いきれないその言葉を渉は、真摯に受け止めた。間違ってでも、勇気をだして告白してくれた彼を否定したりはしなかった。
瀬奈も日向も決して批判することはなかった。今までこんなに大きなものを背負っていた彼を尊重するような態度で静かに見守っている。
「颯人、話してくれてありがとうな」
「ううん……全然良いんだ」
「なぁ、颯人」
「……どうしたの? 渉」
渉は颯人に向き直ると、静かに呟いた。
「俺はお前のしたことを絶対に責めたりしないし、日向も瀬奈もそうだ。もうこれからは背負わなくて良いんだよ」
決して揺るがない真剣な眼差しで、かつて迷っていた自分と颯人を重ねるように渉は言う。
「当たり前じゃない。あんたは何も悪くないわ」
「私たち知ってるよ……! 颯人くんがとても優しい人だってこと」
瀬奈は穏やかに笑うと悪くないと言いながら首を横に振った。
日向は拳を握り締めて、言い聞かせるようにはっきりと言葉を放つ。
「俺は、俺たちは、お前を許すから、お前も自分を許してやってくれ」
いつの間に部屋の窓が開いていたのか、カーテンが風で揺れ、差し込んだ夏の日が四人を照らした。きらきらと暖かな景色に、颯人の瞳は光を帯びる。
「――……そんなことを言われたら、断れないじゃないか」
そしてあまりにも太陽の光が眩しかったのか、涙を一筋流した颯人はとても幸せそうに笑った。
――その時、一気に夏風が吹いた。
カーテンが風に舞い、室内は沢山の光に満たされる。
「――――青い」
目に映った景色は、雲のない満天の青が広がっていた。
Epilogue
とある森に囲まれた神社の裏。
建物の屋根よりも高く大きな神木の根元に、掘り出したばかりの木箱が置かれている。
木漏れ日の差す箱の中には、花弁がついた紙が二枚とヒーローのようなものが描かれた紙が一枚、セロハンテープで直した破かれた紙が一枚。
そして何も変哲のない五枚目の紙には。
『みんなの本当の願いが叶いますように』と書かれていた。
「何はともあれ、また四人で会えたわね」
「そうだねぇ……こんな形になるとは思わなかったけど、また会えた」
「とりあえずこれ片付けるからな颯人」
自殺用に準備していたロープや椅子は早々に渉達に撤去され、今や無理やり天井に空けた穴だけが空虚に残っている。
「あっという間に終わっちゃったなぁ……」
先ほどまで自分がしようとしていたことを振り返って、未だ生きている実感が湧かないのかぼーっと天井を見上げる颯人。
「……なぁ颯人、聞いてもいいか」
「……うん」
渉は同じように天井を仰ぎ見ながら、隣にいる颯人に訊ねる。
「青のこと覚えてたりするか?」
それは今までの颯人にとって一番、聞かれたくない質問だった。もう忘れたいという思いで今日まで生きてきた彼にとって、その名前は禁句のようなものだ。
でも颯人は、この選択をした。
「覚えてるよ。……夢で見る前から、本当はずっと覚えていたんだ……僕も気づいていなかっただけで」
何度忘れようとしても、心のどこかに彼はずっといて、いなくなることはなかったのだろう。
渉が逃げる勇気なら、颯人は告白する勇気だ。彼は今まで抱え込んでいた全てを吐き出す決意をしたのだった。
あの夏の日にあったこと。
自分が犯してしまったこと。
その後、聞いてしまったこと。
その全てを颯人は三人に話した。
「僕が青を殺したんだ」
嘘とも真実とも言いきれないその言葉を渉は、真摯に受け止めた。間違ってでも、勇気をだして告白してくれた彼を否定したりはしなかった。
瀬奈も日向も決して批判することはなかった。今までこんなに大きなものを背負っていた彼を尊重するような態度で静かに見守っている。
「颯人、話してくれてありがとうな」
「ううん……全然良いんだ」
「なぁ、颯人」
「……どうしたの? 渉」
渉は颯人に向き直ると、静かに呟いた。
「俺はお前のしたことを絶対に責めたりしないし、日向も瀬奈もそうだ。もうこれからは背負わなくて良いんだよ」
決して揺るがない真剣な眼差しで、かつて迷っていた自分と颯人を重ねるように渉は言う。
「当たり前じゃない。あんたは何も悪くないわ」
「私たち知ってるよ……! 颯人くんがとても優しい人だってこと」
瀬奈は穏やかに笑うと悪くないと言いながら首を横に振った。
日向は拳を握り締めて、言い聞かせるようにはっきりと言葉を放つ。
「俺は、俺たちは、お前を許すから、お前も自分を許してやってくれ」
いつの間に部屋の窓が開いていたのか、カーテンが風で揺れ、差し込んだ夏の日が四人を照らした。きらきらと暖かな景色に、颯人の瞳は光を帯びる。
「――……そんなことを言われたら、断れないじゃないか」
そしてあまりにも太陽の光が眩しかったのか、涙を一筋流した颯人はとても幸せそうに笑った。
――その時、一気に夏風が吹いた。
カーテンが風に舞い、室内は沢山の光に満たされる。
「――――青い」
目に映った景色は、雲のない満天の青が広がっていた。
Epilogue
とある森に囲まれた神社の裏。
建物の屋根よりも高く大きな神木の根元に、掘り出したばかりの木箱が置かれている。
木漏れ日の差す箱の中には、花弁がついた紙が二枚とヒーローのようなものが描かれた紙が一枚、セロハンテープで直した破かれた紙が一枚。
そして何も変哲のない五枚目の紙には。
『みんなの本当の願いが叶いますように』と書かれていた。
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