上 下
18 / 41
第3章: 強制的エピローグ、……そして

3-4. 少し強引な、彼の手

しおりを挟む
 アストのフォローのおかげか、だんだんといつもの自分を取り戻せてきたような気がすしてきた。

 最初のうちはただ何となく地下街を歩いているだけだったものの、アタシがふらふらとどこかのお店に入ろうとすればアストもついてきてくれて。昨夜の内に考えていた行く予定だった場所のことも思い出して、アストに付き添いをしてもらって。その内アストも行きたい場所があると言ってくれたので、そこにいっしょに行って――。そんなことをしているうちにあっという間に一時間も経てば、居心地のよい過ごし方のようなモノが身体に染みついてくるようだった。

「読むの楽しみだなぁ」

 駅から少し離れたところにある大型書店から出るなり、アストはご満悦の様子だった。さっきの映画館から出たときもそうだったけど、どうも彼は、本とか映画とかそういう作品に触れるととくに『楽しい』という感情を表に出すらしい。

 ちなみにアストが買ったモノは、マンガコーナーをぶらつきながらアタシがオススメしたモノを数冊。電子版の無料サンプルもいっしょに見せてあげたら『さすがセナ! ……でも懐事情的にココまでかなぁ』なんて言いながらシリーズをちょっとだけまとめ買いしたくらいだ。薦めた本を気に入ってくれたのはもちろん嬉しいのだけど、自分と感性が近いことにも嬉しくなってしまった。

「何か調子に乗っていろいろ薦めちゃってゴメンね」

「いやいや。むしろこれからもいろいろ薦めてもらいたいくらいだよ」

「そういうことを言ってると後で痛い目に遭うかもよ? ……主にアストの財布が」

「それもまた本望かなぁ」

 どこまで本気なのか、とちょっとこちらが心配になるくらいにテンション高めのアスト。いつもの落ち着いた雰囲気もちょっとだけ残っているけど、でもその程度。今のアストは年相応の、少年らしい楽しそうな笑顔だった。

「じゃあ、次はどこに行こうか?」

「えーっとねえ……」

 アタシがほんのり記憶の片隅に思い描いているショップを言うと、ちょいちょい悩みながらもアストがスマホで検索をしてくれる。細かい場所までは覚えていなかったりするのでとても助かる。今もまたフロアリストみたいなものを探してくれているようで――。

「……あ」

 すいすいと液晶画面の上に指を滑らせているアストの横顔の、その少し奥の方。見飽きるほどに見慣れたふたりの姿が視界に飛び込んできた。

 明らかに、心臓の動きが速くなったのがわかった。

 その原因はハッキリとはわからない。最初に目に入ってきたフウマの笑顔か。それとも、それ以上に楽しそうな、アタシにも見せてくれたことがあったかどうかわからないくらいの笑顔で、フウマの腕に抱きついていたナミなのか。

 完全にできあがったムードに浸っているようなふたりはアタシたちがすぐ傍にいることに全く気が付く様子もなく、そのまま次の目的地へと向かっていった。

 すごく、楽しそうで――。

 ――すごく、お似合いだった。

 心の何処かで、まだ何かに期待していたのかもしれない。

 だからこそ今、アタシの胸はこんなにも苦しいんだ――。

「……セナ?」

「……」

 ぼやけていたはずの答えは、実際はハッキリと見えていて。

 それをアタシが、わざとピントを外すように見ようとしていただけのことだったのかもしれない。

「セナ?」

「……え?」

 呼ばれていたらしい。アストがアタシの顔を少し下から覗き込んでくる。

「どしたの?」

「な、何でもない」

「……そっか」

 意外にも言葉は素っ気ない感じで、アストがまたスマホをいじり始めた。誰かにメッセージを送っているようだけれど――ほんの少しだけ見えてしまった画面の端っこが、そのアプリの色合いだった――、その宛先が誰かはよくわからない。

「じゃあ、行こっか」

 不意に差し出される手を、握る。

 アストに手を引かれるままに、歩いて行く。

 さっきナミとフウマが来た方向に向かって、まるであのふたりに背を向けるように、歩いて行く。

 こっちの方にあるのかななんて薄ぼんやりと考えている内に、辿り着いたのは地下鉄駅の切符売り場だった。

「ちょっと待ってて」

 そう言ってアタシの手を放したアストは券売機へと向かう。思わずその手を追いかけそうになって、アタシは小さく何度か横に首を振った。

 戻ってきたアストの手には切符が2枚。その内の一枚をアタシに寄越すとまた手を繋いでくる。まるで離れていた時間を取り戻そうとするくらいに、握ってきた手は力強かった。



    〇



 無言のままアストに連れられてきたのは、星宮市のやや北寄りにある大学。その敷地の丁度真ん中辺りにある博物館だった。

 正直、自分の目の前に建物が現れるまでの間の風景は、ほとんど見えていない。記憶からするすると滑り落ちていったような感じがしていた。

 もちろんそれは、アタシの右手をしっかりと握っているアストの手の感触もだった。地下鉄のホームに降りる直前で一旦離されただろうか。いや、もうまともになんて覚えちゃいない。

「アスト……?」

「ん?」

「……なんで?」

「んー……」

 悩みながらも、アストの頬が小さく持ち上がっていくのが見えた。苦笑いとはまたちょっと違う色を含んだような笑い方だった。

「どれに対しての『何で』なのかはよくわかんないけど、とりあえず入ろ」

「ここ?」

「そう。学生証はある?」

「うん、いちお」

 なぜか昨日の夜にアストから全員にメッセージが飛んできていたので、よくわからないままに持ってきてはいるけれど。

「おっけー。じゃあちょっとそれ貸して。あとは任せて」

 え? と尋ねるより早くアストは博物館の受付へと向かっていく。帆布のトートバッグから財布を取り出して、受付のお姉さんに『ピースサイン』を作る。その光景をただ見ていただけだったアタシも、慌てて小走りになって彼の後を追った。

「はい」

「え、ちょっと待って」

 やっぱりあれは『ピースサイン』ではなくて、『ふたり』。アタシの分の入館料まで払ってしまっていた。

「まーいいからいいから。ボクの趣味に付き合わせるんだからこれくらいさせてってば。こういうところの学生料金って安いからさ」

 財布を出そうとするアタシの手を優しく抑えるアスト。たしかに小銭で見られる程度の金額とは言え申し訳ない気持ちでいっぱいなアタシに、アストは妙に楽しそうな顔で言ってきた。そのまま学生証といっしょにパンフレットを渡してくる。

「ほらね、『こういうこと』だから」

 ちょっとだけ自信たっぷりな顔を見せつつ、アストはまたアタシの手を取った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

〖完結〗ご存知ないようですが、父ではなく私が侯爵です。

藍川みいな
恋愛
タイトル変更しました。 「モニカ、すまない。俺は、本物の愛を知ってしまったんだ! だから、君とは結婚出来ない!」 十七歳の誕生日、七年間婚約をしていたルーファス様に婚約を破棄されてしまった。本物の愛の相手とは、義姉のサンドラ。サンドラは、私の全てを奪っていった。 父は私を見ようともせず、義母には理不尽に殴られる。 食事は日が経って固くなったパン一つ。そんな生活が、三年間続いていた。 父はただの侯爵代理だということを、義母もサンドラも気付いていない。あと一年で、私は正式な侯爵となる。 その時、あなた達は後悔することになる。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

処理中です...