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9月篇

9月篇第3話: 翌日、どうにも空気が重くて困ってます

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 翌日は朝から空気が重かった。天気は悪いわけでは決してないのだけれど、とにかく重苦しさのようなものが感じられる朝だった。

「おはよーっす」

 シュウスケは今日も朝早くから準備に向かっているので、僕らはゆっくりと重役出勤。支度を終えて家を出て、いつもの交差点で待っていたルミとエリカちゃんに声を掛けた。そこまでは、本当にいつも通りだった。

「あ、おはよー」

「はよ」

「……おぅ、おはよ」

 これだ。

 完全無欠のローテンション・ガールズ。このふたりだけのときは、時々僕が来たことにも気が付かないで話し続けていることも多いのに。

 あまりにも不自然で、何かがあったことは予想が付く。

 ――予想は、大雑把には付くのだけど。

 きっと昨日僕らと別れてから何かが起きたのだろう。それくらいはわかる。

 問題はその『何か』が具体的に予想できないことだった。

 とはいえ下手に手を出してもなあ――と思ってしまう。何となくではあるが第六感が『これは火に油を注ぐくらいで留まってくれれば御の字だぞ』と伝えてきているみたいなところがある。

 そんなハイリスク、朝早くからなんて背負いたくない。このあとおん学園までの道中、けっこう長いんだ。そんな状態で長々歩くなんて、ちょっとイヤだ。

 これって、「どうしたんだ?」なんて訊くのは、きっと無責任なんだろうな。

 でも。

 そうとは言っても、無言のままで1時間くらいなんて、僕の精神が保たない。

 どうしようか。

「今日は、何かおもしろそうなのってあるのかな?」

「んー……」

「プログラムみたいなのは、あるんだけどさ」

「あっちで決めればいいっしょ」

「おう」

 ――いや、違う。『おう』じゃない。そこで結局黙っちゃったら意味が無い。

 タックル喰らって、そのまま場外に放り出されたような気分。

 ダメだ。折れちゃダメだ。

「あ、ほら。コレとかどう?」

「どれ?」

「この辺とかー」

 もう、適当だ。中身なんか見ていない。とにかく会話だけが続けばいい。

「……え」「……えぇ」

 お、ふたりの反応がシンクロした。――けど、何か雰囲気がおかしい。さっきとは違う方向性でおかしい気がする。何かこう、異物でも見るような視線というか。

「ユウくん……」「ユウイチ?」

 両サイドから難詰するような視線。

 ――――んー。あくまでも『まだマシ』ってレベルだけど、これならさっきまでの無言のままで良かったぞ? 

「ミスコンにいっしょに行って、どうする気?」

「は?」

 ミスコン?

 自分の指が指している文字を見てみると、確かに『ミスコン』の文字。

 飛び入り参加もOK、学生じゃなくてもOKとかいう、一体何の括りで行うコンテストなのかもよくわからない。

 最近はそういうタイプの企画はポシャりやすい、なんてネット記事をちょっと前に見たことがあったなぁ。そういう時代なんだ、とかそんなコメントも付いていた気がする。

 ――いや、今はそれどころじゃなくて!

「いや、待って。ちょっと待って。弁解させて」

「ほほう」

「訊こうじゃない」

 あ、一応いつも通りに近い感じになってる?

「テキトーに指差したらこうなったんです」

「……」「……」

 無言が返ってきた。せめて、やまびことかオウム返しとか、そんなのでもいいんですけど。いたたまれないんですけども。

「そんなテキトーな理由……」

「信じて、って言われても」

「いや、ホントなんだって……」

 なおもじっとりとした視線が、絶妙なコンビネーションで向けられる。

 が、くすっとふたりが少しだけ破顔する。

「そんなに言うなら、行ってあげるわよ?」

「じゃあ、私も」

「エリカ、それちょっとズルくない? 私だけ乗り気みたいな感じにするの止めて」

「そーんなつもりはないもーん」

「その言い方の時点でウソじゃん、もー」

 怪我の功名とは、まさにこのこと。

 そのわりには、僕の心についた傷はなかなか深い気もしたが、ひとまず良しとしておこう。



     ○



 だが、であった。

 紫苑寺学園に着いてから、またしても何となく会話が続きづらい状態になったが、それでも朝とは比べものにはならないくらいには空気は軽やかだった。

 途中、出店でちょこちょことおやつを買い与えたおかげなのだろうか。途中からほぼ餌付けのような感覚になっていたことは、口が裂けても言わないでおこう。何ならそのまま墓まで持って行く所存だ。

 ムリに話題を作ろうとしていないというのもある。理由としてはもちろん、2本目の痛手は負いたくない、というのもあるけれど。

 喧嘩をしているわけではないらしい。それは先ほどの息の合った僕へのイジり方からも、そう思えた。昔からルミとエリカちゃんが何かしら喧嘩をしたときは、誰の目にも明らかなくらいに『わたしたち今喧嘩してるんで!』オーラを出すからわかりやすい。

 それでも、ある程度言い合いをしてから、しっかり仲直りはする。

 そんな感じのわかりやすさが売りの関係だ。

「なんか、喉とか渇かない?」

「んー」

「ユウイチが買ってきてくれるんなら」

「いや、そこはいっしょに行こうよ……。奢るし」

「なら、行く!」

「私もー」

 現金なことで。

 ――と、まぁ、要するにこんな感じなのだ。

 バカにならないんだよなぁ、こういう出店での出費って。お小遣いの前借りは絶対しない主義だったけど、どうしよう。ウチの高校は長期休暇期間以外のバイトは原則禁止だし。

 僕だけ少し重たい空気を背負いつつスマホを見ると、そろそろシュウスケの当番も終わりそうな時間帯だ。今日も件の喫茶室は大盛況。あまりにも並んでいたので、今日の入店は諦めたくらいだった。青木くんなども含めて、よくもまぁあそこまでイケメンを揃えられたと思う。

 ようやくこの空気を2等分できる。

 安堵感って、こういう気持ちなんだな――。

 テストが終わったとか、そういう鬱屈としたものからの開放感とはまた違う気持ちの良さだ。

「……ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

「はいはーい」

「早く戻ってきなさいよー」

「りょーかい」

 幾分か気持ちに余裕ができたのだろうか。自分自身に苦笑いをしつつ、ふたりから離れた。

 大盛況の校内を少しだけ眺めながら一般客用のトイレを探す。丁寧に天井から看板がつるされているので、それを頼りにしつつ人の流れには逆らわずに進んでいく。みんな基本的にはゆっくりと歩いているので、それに任せつつ校内を観察してみる。

 本当に、こういうときでもない限り、他校の施設に入ることなんてない。良いところ、部活の練習試合が組まれたときくらいだろうか。それでも、控え室みたいにされた教室と体育館の往復くらいのスペースしか見て回れないから、ほぼ全館を見るコトなんてやっぱり学祭だけだろう。

 正面玄関あたりを通ると、大きなガラスケースがあった。

 廊下一面、圧巻。というかもはや威圧感。

 そのすべてが、部活動での成果。トロフィーや優勝盾の山。我が校とは大違いだった。

 野球部、サッカー部、バレーボール部ときて、シュウスケたちのバスケットボール部。その隣はラグビー部。ほとんど運動部が代表校として選出された実績があるのは知っていたが、こういうのを目の当たりにするとやっぱりスゴいんだなぁ、なんて思ってみたりする。

「あ、やべ。そろそろトイレ行かないと」

 漏れちゃう。

 そういう開放感は誰も求めないっての。

 そんなことをセルフツッコミしながら、トイレに向かった。



 でも、それは――。

 開放感でもなんでもなくて。

 ――ただの油断だった。



 元いたところに戻ってきたところで、ふたりのところに見覚えのない人影がいくつかあった。

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