眼鏡越しのあなたと私

御子柴 流歌

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その想いが ちからをくれる

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「ちょ、ちょっと待って」
「ん? 心の準備?」
「あの、えと……。うん、そんな感じってことで」

 小さい頃から、私は視力は悪かった。
 そのおかげで小学校に入るかどうかという頃から、眼鏡は私のパートナーだった。

 不便だと思ったことは数知れず。学校の教室では一応矯正視力とは言え何となく見えづらかったりするし、やはり何より体育の授業がネック。
 走ればズレてくる。
 跳んでもズレてくる。
 球技なんかだと、ぶつかったときには――。
 運動自体が苦手な私には酷すぎる時間だった。

 かと言って、コンタクトレンズに切り替えるという気持ちも薄かった。
 母がコンタクトレンズを入れるときに、本当に目に指を入れているように見えてしまって何となく怖いと思ったことと、その母が毎日付け外しをめんどくさそうにしているのを見ていたら、そのまま敬遠してしまったという感じだ。
 ――結局、そんな母も最近は、とうとうコンタクトレンズを止めてしまっている。

「……ん?」
「ううん、なんでもない」

 西日が差し込む教室。そんな生粋の眼鏡ユーザーな私の目の前に、眼鏡なんか要らないような距離感で、彼が――直也なおやくんが笑っている。
 さわやかな雰囲気しかしない、少し茶髪っぽい色合いのショートヘアはふわりと揺れた。

 何となく、分かる。
 彼が今思っていることは、分かる。

 きっと――。

「なおやくんこそ、どしたの?」
「いや? 智奈実ちなみはカワイイなぁ、って思って」
「でもそれって、主に『眼鏡が』でしょう?」
「まぁ、うん。……ちょっと違うかもだけど」
「……違わないじゃん」

 ――うん、やっぱり思った通りだった。

 直也くんは生粋の眼鏡フェチだから。



       ○―○



 彼と初めて言葉を交わしたのは小学3年生のとき。
 今と大して変わってないと言えばそれまでだけれど、あの時の直也くんはなぜか妙にニコニコ笑って私を見つめてきた。
 1, 2年生の頃は眼鏡をからかわれたこともあって引っ込み思案気味な私は、そんな彼を不審に思って、本当は無視しても良かったのかもしれないけれど思わず訊いてしまった。

「大橋くん……だっけ?」
「うん」
「私の顔に、何か付いてる?」
「メガネがイイな、って思って」

 ――正直、「この人、何言ってるの?」って思った。



 だけど、それからの学校生活は、幾分かラクなものになった。

 少なくとも低学年の頃のようなからかいは無くなった。
 それは周りもみんな少しずつコドモではなくなったことも理由のひとつだろうけれど、何よりも直也くんが盾になってくれたのが大きかったと思っている。
 あそこまで「メガネがイイ」と連呼されれば、さすがにみんなの意識も変わってくる。
 わりと彼自身が、自ら公言したようなメガネフェチをネタにからかわれていたはずだけれど、彼はそれを真っ向から受け止めて思いっきり投げ返せる人だった。

 ――体育の授業でメガネが歪んでしまったりして外さなくちゃいけないときの落胆ぶりだけ、どうかと思ったけれど。

 それくらいのことが私にとって本当に些細なものになったのは、彼のおかげだった。

 それまでは、眼鏡のレンズが私の盾代わりだったのに。

 今は同じ高校に通えているけど、彼はものすごく勉強していた。
 友達にも『大橋くん、智奈実と同じ学校に行きたくってがんばってるんだって』と言われて面映ゆさのよう嬉しさを感じていたけれど、受験が終わってから思い切って彼に訊いてみたら――

『いやぁ、めっちゃ勉強して目悪くなったら、僕も新しい眼鏡にできるかもじゃん?』

 ――なんて言われて。

 惚れた弱みって言うけれど、さすがにこれは弱みを見せすぎたのでは?――とか、ちょっとだけ後悔してみたりもした。

 そんなこんなで付き合い始めたのは、実は最近になってからだったりする。


 ちなみに、中学の頃だけは直也くんもメガネだったが、今はコンタクトにしている。

 彼曰く、『僕がかけるのは、やっぱり何か違う気がした』とのことだけれど、正直その感覚はやっぱりわからなかった。



       ○―○



 上の階から吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる教室。
 他に人の姿はない。

 そういうことを少しは期待していたけれど、いざこんな距離まで接近し合うと緊張してしまうのもきっとムリはないはずだ。

「意外と緊張してる?」
「意外と、じゃないよ」

 私の答えに、直也くんは意外そうに息を小さく吐いた。

「ちょっとくらいかな、って思って」

 彼はそう言いながら私の頬を撫でて、その流れでそっと眼鏡に触れる。

「昔からガード役みたいなところあるから、メガネって」

 気持ちを隠すにも眼鏡は有用だって、歌った歌がある。
 あの歌の主人公は時々私なんじゃないか、なんて生意気にも思ったりするくらいだった。

「じゃあ、僕には効果ないな」

 直也くんはそう言って笑う。
 だけど、彼のすっきりと短い髪は、ほんの少し紅くなっている耳をガードしてはくれない。

 ――少しだけ、安心する。

 これからは、もっと『ちゃんと見る』ためにも、この眼鏡を使っていこう。

「ねえ?」
「ん?」

 だからこれが最後の質問。

 きっとこれにも、彼は即答してくれる。

 そんな期待を込めて訊いてみる。

「眼鏡が邪魔にならない?」
「ならない」

 やっぱり、彼は――。

 そんな考えがまとまるよりも早く、キスの感触でいっぱいになった。










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