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壱、長男の野望
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しおりを挟む…モーリスが再び町の中心部を訪れた頃には、日は高くのぼり昼頃になっていた。
(お昼ご飯は用意してきましたが…お父さま、また研究に没頭して食べ忘れていそうですね)
声をかけなければ研究に夢中になり、食事どころか風呂や睡眠も忘れてしまうノア。
そんな父親の世話を焼くのが大好きなモーリスは、過去に寝落ちしたノアを介抱した時のことを思い出す。
(あの時はエルもヴィヴィアンも大慌てで…結局喧嘩になって3人でお父さまのお世話をしたんでしたっけ…)
モーリスは思わず頬を緩ませ、その優しい笑顔に近くにいた通行人は目を奪われてしまっていた。
と、その時だった。
「モーリスー!!!」
「ん…?」
ふと遠くから声をかけられ足を止めたモーリス。
その背後から『ぽすっ』といった音とともに軽い衝撃が背中を襲った。
「おや、ヴィヴィアン。今日はお外で遊んでいたのでは?」
「えへへ。そうだったんだけど、モーリスが見えたからつい…」
振り向きざまに視線を下に向けながら声をかけたモーリス。
ぶつかってきた子供…末の弟のヴィヴィアンは人懐っこい笑顔でモーリスの背中から離れるとその周りをくるくると回った。
「今日もパパのお使い?」
「ええ、留守番はエルに任せています」
「エルに?…僕心配だなぁ」
「はい、私も心配です。エルは反抗期なので、お父さまに何か失礼なことしていないか…」
そう話しながらため息をつくモーリスだが、その表情は何処か楽しそうだ。
そんな兄の顔に、ヴィヴィアンは頬を膨らませる。
「…モーリス。心配そうな顔してないよ」
「おや、分かりましたか?」
「そうだよ!…エルって普段ツンツンしてるけど、ふとした時に思いもよらない事をしでかすんだから!」
その『思いもよらない事』がどのような事なのかは分からなかったが、モーリスはさして動じることも無くクスクスと笑った。
「大丈夫ですよ。私たちと同じ創造物なのですから。…ところでヴィヴィアン。お暇なら一緒にお買い物でもどうです?」
「晩御飯のお買い物?なら一緒に行く!」
モーリスに頭を撫でられたヴィヴィアンは、すっかり意識を切りかえて楽しそうな表情を浮かべる。
このようにころころと表情や興味の対象が変わるのは、ノアの想像する『子供の概念』をベースに形作られたヴィヴィアンならではだろう。
「では市場へ行きましょうか。お薬の納品で頂いたお金もありますし、晩御飯のお買い物もすませましょう」
「わーい!」
そして2人は手を繋ぐと、本当の『仲の良い兄弟』のように足並みを揃えて市場へと歩き始めた。
………………………
…そして数分後、2人は町の市場へと到着した。
最初に足を運んだのは錬金術の素材を売る専門店。
ノアから頼まれた素材を購入するためだ。
「あぁ、ノアさんちの息子さんたちか。いらっしゃい。今日は何を?」
ここの店主はノアとその息子達のことをそれなりによく思っている希少な人物だ。
無論その好感度の高さは『上客である』という理由が主だが、それでも話しやすいことには変わりない。
「今日はお父さまのお使いで『火トカゲの肝』と『クロスグリの実』を。…それと『アナリアの花』もあったら頂けますか?」
「ああ、いつも助かるよ。こんな上級素材を買ってくれるのは、この町ではノアさんしか居なくてね」
営業スマイルで商品を用意した店主は、モーリスの差し出した小銭と引き換えに品物を手渡す。
モーリスは受け取った素材を1度チェックし、それを籠にしまうとさらに店内の商品を見渡した。
「…モーリス?パパのお使い、まだあるの?」
「いえ、『お父さまの分』はあれでおしまいです。…ヴィヴィアン、カゴを持って先に向かいの店に行っていてくれますか?」
「………うん」
小さく頷き、カゴを受け取ったヴィヴィアン。
そのままモーリスの言う通りに店を出て向かいの店に向かう。
それを見送ると、モーリスは静かに息をついて再び店主に向き直った。
「弟さんには話していないのかい?」
「ええ。これは私の独断ですから。…それで、『例のもの』は手に入りましたか?」
「あぁ。…全く、これを仕入れるのは骨が折れたぜ」
ため息混じりに話しながら店主が取り出したのは象牙色の粉末が入った小瓶。
モーリスはそれを手に取ると、中身を吟味するように見つめて目を細める。
「……本物のようですね」
「当然。上得意さまのためだからな」
「ありがとうございます。…では、こちらは謝礼です」
そう言って懐から取り出したのは小さな袋。
中にはモーリスが貯蓄してきた金貨が入っていた。
「毎度あり。まさかほんとに相場の倍額を出してくれるとはな」
「口止め料も含まれていますから。…くれぐれも他の人には内密に。特に、お父さまには」
「…はいはい、分かってるって」
そうしてモーリスはその小瓶を懐にしまうと、軽く頭を下げ何事も無かったかのように店を後にするのであった。
「…あ!モーリスおそい!」
店の外…向かいの店の前ではヴィヴィアンが頬を膨らませて待っていた。
「すみません。今後の仕入れ情報も聞いておきたかったので」
「むぅ…なら帰りにお菓子買って帰ってよ!そしたら許してあげる!」
「…まったく、ヴィヴィアンはオネダリ上手ですね」
子供らしいむくれ顔とワガママに苦笑しながらも、モーリスはそれを快諾してヴィヴィアンの手を握った。
「では先に夕食の買い物を済ませましょう。今日はお肉を入れたシチューですよ」
「やったぁ!僕、モーリスの作ったシチュー大好き!」
そしてまた無邪気にはしゃぎだしたヴィヴィアンの手を引き、モーリスは買い物を再開するのであった。
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