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22、男の覚悟
しおりを挟む電話が切れ、ツー ツーと無機質な音が部屋に響く中、僕は呆然と画面を見つめていた。
(拓磨…『キスしたかった』って言った?)
とても小さな声だったため確証は無かったものの、僕の頭の中はその言葉でいっぱいになってしまっていた。
「…僕だって、拓磨とキスしたかったよ…」
そして携帯を操作し、録音していた先程の電話音声を再生する。
『あっ…♡やっ…かな、た…かなたっ…♡かなたぁ…♡♡』
「っ…!」
これは…ダメだ。危険すぎる。
拓磨のエッチな声に再び硬くそそり立つ愚息に僕は苦笑した。
(……あと1回抜いておこう)
頭に思い描くのはもちろん拓磨との初夜の妄想。
適度に引き締まったあの裸体を愛撫し、舐めまわし、優しく揉みしだきたい。
(そして蕩けるくらいに優しくて情熱的なキスをしながら…拓磨と、ひとつに…)
いっそ拓磨も僕だけに反応するようになればいいのに。
そんな独占欲を抱きながら、僕は1回…いや、2回ほど抜いてからバスルームに向かった。
「…ふぅ」
興奮も少し落ち着き、冷たいシャワーを頭から浴びる。
改めて冷静になってから拓磨との恋を実らせる方法を考えてみようと思ったのだが…どうにもいいアイディアが思いつかない。
(あちらの親御さんも悪い反応じゃなかった。だから多分、あと一押し何かがあれば…事態は好転すると思うんだけど…)
冷たいシャワーを止め、バスタオルで体を拭いながら脱衣場に出る。
そしてバスローブに袖を通してため息混じりにリビングに出ると、珍しく佐原が1人でワインを飲んでいた。
「…僕にもくれるかな?」
「おや、社さんとのお楽しみタイムは終わったのですか?」
「ははっ、まぁね」
適当に誤魔化しつつもワイングラスを受け取り、軽く口に含んでその味わいを堪能する。
そして僕はそのまま(聞かれてもいないのに)佐原に拓磨のことを相談し始めた。
「……これは自惚れかもしれないんだけど…多分、拓磨は僕のこと、好きになってるんだと思う。少なくとも、僕を性的対象に見れる程度には」
「では両思いということでは?」
「うん、そう思いたいな。…でも拓磨は…世間体とか気にしちゃう性格だし…」
「ふむ…」
ツマミとして用意したカナッペを齧り、佐原は少し思案するような仕草を見せる。
「だからと言って、このままずるずると中途半端な友達関係を続けるわけにもいかないでしょう」
「うっ…そ、そうだけど…」
「…一度、社さんのご意見を聞いてみては?どうせ告白も一方的で答えも聞いてないのでしょうし」
「うぐっ…」
佐原の言葉一つ一つが胸に鋭く突き刺さり、僕は思わず目を背けた。
「はぁ…本当に、ヘタレここに極まれりといった様子ですね」
「だ、だって…人から好かれることはあっても、こっちから一方的に好きになったことなんてなかったから…」
「言い訳は結構。…とにかく、次に機会があったら社さんに貴方の想いと覚悟をしっかり伝えること。その上で社さんの答えを聞いてみなさい。…たとえ、どのような結果になろうとも」
最悪の場合、友達関係すら終わってしまうことを暗に言われ、僕は唇を噛み締めた。
「…ありがとう、佐原。こんなことまで相談に乗ってくれて。おかげで覚悟が決まったよ」
「何を今更。貴方はうちの稼ぎ頭ですから当然ですよ。稼げないアイドルだったら即切りしてます」
そう言ってワインを飲み干すと、食器を片付けてから佐原は自分の部屋へと戻って行った。
……………………
……………………………………
奏多のドラマ撮影が始まって数日。
外での撮影も増え、放送前にもかかわらずネット上では早くも期待大の声が高まっていた。
(そして何故かあのスベちゃんが大人気…世の中本当に分かんないなぁ)
ドラマ放映前に先行で販売されたスベちゃんストラップは即売り切れ。
さらにイベントに着ぐるみが顔を出せば大撮影会など、その活躍は留まることを知らない。
「拓磨ー。次のシーンで使う小道具なんだけどさぁ」
「ん?…なんだ吉田かよ。小道具ならそこのダンボール」
「拓磨が冷たい!俺泣いちゃう!」
泣き真似をする吉田を一蹴し、撮影中の奏多を盗み見る。
(…あ。またスベちゃんと写真撮ってる)
しかしその中身は俺ではない。
ちゃんとしたアクターさんの着ぐるみと奏多が並ぶ姿を見て俺は直ぐに目を背けた。
(奏多は…鏑木奏多は、みんなに愛される一流のアイドル。俺一人が独占なんて…)
もやもやした気持ちで踵を返し、撮影現場から離れる。
「拓磨?」
「ちょっとトイレ。…長くなるかも」
「…分かった。こっちは適当に誤魔化しとく」
敢えて触れずにいてくれる吉田の優しさに、ほんの少しだけ涙腺が刺激された。
そのまま俺は撮影現場から離れると、適当な段差に腰掛けて携帯を握る。
(あれ?着信履歴…父さんから?)
父さんはまだ意識不明のままだったはず…
俺は少し不安になりながらも、その番号へとかけ直す。
「…も、もしもし…?父さん?」
『おぉー、拓磨。悪いな、わざわざ折り返して貰って』
「っー!い、いつ起きたんだ?体は大丈夫なのか?」
電話口から聞こえてきた緊張感のない声は紛れもなく父さんのもので、俺は思わず声を荒らげてしまう。
『起きたのは…先週ぐらいだったかな?連絡遅くなってごめんなぁ。検査やらなんやら大変で…』
「……よかった…俺、本気で心配して…」
『拓磨…心配かけてごめんな』
涙声になってしまうのは仕方ない…はず。
俺はボロボロと涙を零し、服の袖で何度も目元を拭った。
『そういえば…こないだは拓磨のお友達が見舞いに来てくれたぞ。確か…テレビに出てるアイドルさん』
「えっ…そ、それって…鏑木奏多…?」
『そうそう。母さんが大はしゃぎでなぁ』
どういうことだ?
確かに病院の場所は佐原さんに教えたけど…わざわざ、忙しいスケジュールの間を縫って来てくれたのか?
「か、奏多は何か言ってた?」
『んー…あんまり覚えてないけど…何か結婚の挨拶のようなことを言っていたような…?』
「けっ…!?」
父さんの言葉に俺は思わず絶句する。
一体何を言ったのかは分からないが…奏多は、どうやらとんでもない爆弾を落としてきたらしい。
「か、奏多のヤツ…」
『…父さん、アイドルとかあんまり詳しくないけど…鏑木さんは悪い人じゃないと思うぞ』
「えっ…?」
『拓磨のことよく見てるみたいだし、母さんも嬉しそうだった』
「…それは好きなアイドルに会えたからじゃなくて?」
『ははは、どうだろう』
相変わらず緊張感のない声で笑う父さんに、俺は肩の荷が一気に降りた…ような気がした。
(そっか、奏多がアイドルだからってあんまり悩むことはなかったんだな。…大事なのは、双方の意思だけ)
撮影現場の方角を見つめ、俺はにんまりと口角をあげる。
「……うん。覚悟は、決まった」
『ん?どうした拓磨?』
「いや、なんでもない。…それより、今度俺もお見舞いに行くから」
『おお、それならふりかけ買ってきてくれるか?病院食のお粥が味気なくて…』
「はいはい」
そして俺は久しぶりの父さんとの会話をしばらく楽しみ、ある程度の所で電話を切った。
「…吉田に缶コーヒーでも買ってってやるか」
そんなことを呟きながら、俺は晴れ晴れとした心境で撮影現場に戻っていった。
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