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20、マネージャーの謀略

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…あれからまた数日。

僕は拓磨と『友人』として会うことも増え、また時折性処理もお願いするようになった。
でも…


「……進展がない」

数少ないオフの日、僕は机に項垂れながら呟く。
それを聞き流すかのように佐原は無言でパソコンを弄っていた。

「…拓磨と恋人になりたい…でも迂闊に手を出せば今度こそ嫌われてしまう…ああっ、僕はどうすれば…」
「これみよがしに演劇風にしなくてもいいですよ。…それで、私に何を求めているのです?」

呆れたようにメガネの位置を直しながら佐原が振り向く。
僕はそれを待ってましたと言わんばかりに満面の笑みで迎えた。

「拓磨と恋人になる方法」
「とりあえず既成事実を作って写真なり何なりで脅せば良いのでは?」
「それ一番ダメなヤツだから!」

佐原の口から飛び出たとんでもない答えに思わず悲鳴をあげてしまう。

「僕は…真剣に拓磨と恋人同士になりたいんだ。それを脅しなんて…」
「冗談ですよ。…まぁ、月並みな意見ですが『外堀を埋める』のはどうでしょう?」
「…外堀…?」

今度はマトモな意見を出してくれた佐原に、僕は安堵しながらも軽く小首を傾げた。

拓磨の周りの人なら…上司の人とか、かな?

「拓磨の務めるテレビ局に根回しするってこと?」
「いいえ。それはスキャンダルになる可能性が高いのでオススメしません。…いるでしょう?彼の最も身近な人で、こちらから会いに行ける口実もある相手が」
「……もしかして、拓磨の親御さん?」
「その通りです」

小さく頷く佐原だが、僕は1つ心配事があった。

「でも、拓磨のお父さんは意識不明の重体じゃなかった?」
「ええ、社さんのお話では。…でも付きっきりで母親が看病しているそうですので、そちらとお話出来ればよいかと」
「うーん…」

確かに、入院の件もあるし『お見舞い』として会いに行ける口実はある。
拓磨の親御さんに僕の顔を覚えて貰って、さらに僕個人を気に入って貰えれば少しは効果的かもしれない。

でもそんな打算的なことより…純粋に拓磨のお父さんのことが心配だった。

「よし、なら早速行こう!今から!」
「今から、ですか?…まぁ病院は空いていますが…せっかくのオフが潰れますよ?」
「構わないよ。どうせオフの日にしか出来ないんだし…思い立ったが吉日ってことで」

いきなり病院やご自宅に押しかけるのはご迷惑かもしれない。
お土産か何か買っていこうかな。

後ろで佐原が頭を抱えているのにも気付かず、僕は意気揚々と用意を始めたのであった。


…………

…………………


…拓磨の親御さんへ挨拶に行くことを決めて約2時間弱。

佐原に車を出してもらい、僕は拓磨のお父さんが入院する病院へと来ていた。

「……思ってたより小さいね」
「都内の大病院と比べればそうでしょう。…とりあえず、面会の受付に行きますよ」

帽子とマスク、あとはメガネで変装した僕は人気のないところで待ち、遠目で受付を済ませる佐原を眺めていた。

「…すみません、社 達司たつじさんの病室は…」
「社さんは……3階の311のお部屋になります」
「ありがとうございます」

持ち前の営業スマイルで受付を済ませた佐原に手招きされ、花束と手土産を持った僕は看護師に勘づかれる前に足早にエレベーターへと乗り込んだ。

「バレてないよね?」
「どうでしょうか。その変装、かえって目立ちますからね」
「だからといって素顔で出るわけにも行かないんだよね…」

そんな悩みを吐露しながらエレベーターを降り、目的の病室へと向かう。

そこは元々四人部屋だが、名前の箇所には拓磨のお父さんの名札しかなかった。

「都合がいいですね」
「あぁ、そうだね。…社さん?失礼します」

ドアをノックし、ゆっくりとドアを開ける。
するとそこには片足にギブスを嵌めた50代ぐらいの男性と…その隣に座る同じ歳ぐらいの女性がいた。

「…えと、どちら様ですか?」
「あぁ、すみません。僕は拓磨の友達で…」

すかさずドアを閉めてから帽子やマスク、メガネを外す。
そして…

「かぶr」
「鏑木奏多っ!!!??」
「……はい、その鏑木奏多です」

女性…拓磨のお母さんの声に被せられながらも、僕はにこやかにご挨拶をした。

「そして私はマネージャーの佐原と申します。社 拓磨さんと奏多はプライベートな友人で、彼から事故のお話を聞いたのでこうしてお見舞いに参りました」
「突然押しかけて申し訳ないです。あ、これ花束と手土産を…」
「あらあらまあまあ!拓磨ったらこんな素敵なお友達がいるなんて一言も言わなくて…」

母親の方は僕のことをよく知っていてくれたらしくニコニコと出迎えてくれたが、父親の方は不思議そうに小首を傾げている。

…って、あれ?
確か意識不明の重体じゃ…

「拓磨から少しだけ話を聞いていましたが…意識は戻られたのですね。お体は大丈夫ですか?」
「えぇ、つい先日に目を覚ましましてね…気付いたら足の骨と肋骨と…とにかく体がズタボロでびっくりしましたよ」
「もう!本当に心配したのよ!拓磨も顔を真っ青にして飛び込んできたし…」

それが恐らくあのフェスの日のことなのだろう。

僕はあの日のことを思い出し、少しだけ唇を噛み締めた。

「拓磨は…お二人のことをすごく心配されていましたよ。怪我をされたお父さんのことだけじゃなく、お母さんのことも」
「…そうですか…拓磨は普段はぶっきらぼうな所もあるけど本当は優しい子で…」

リンゴを剥きながら少しだけ弱々しく微笑む拓磨の母親。
勧められるままにうさぎリンゴを齧りながら、僕はこくこくと頷いた。

「ええ、よく分かります。僕は拓磨と友達になってまだ日が浅いですけど…拓磨の優しくて、可愛くて、時々とてもカッコイイところがですから」
「あら、あの鏑木さんにそう言ってもらえるなんて…私の育て方も間違ってなかったみたい」

本当に、その通りだ。
僕は思わず頬を綻ばせる。

「もちろん。…信じて貰えないかもしれませんけど、僕自身、拓磨に出会えて色々救われたんですよ?だから拓磨は…『友達以上』に大切な人なんです」
「おやおや、まるで結婚の挨拶みたいだなぁ」

拓磨の父親が楽しそうに笑いながらも、骨に響いたのか『いたたた…』と胸の辺りを撫でる。

「結婚の挨拶、ですか…ならお決まりのセリフ、言ってみますか?」

冗談めかして言うが、僕は本気だった。
拓磨のご両親の方へと体を向け、真剣な眼差しで深々と頭を下げる。


「絶対に幸せにします。だから息子さんを…拓磨を、僕にください」


…しばしの沈黙。

僅かに息を飲むような音が聞こえたが、それが誰のものなのか判別はつかなかった。

「……ふふっ、もうやだわ。鏑木さんってば演技派ねぇ~」

そして沈黙を破ったのは拓磨の母親の笑い声。
楽しそうに笑いながら僕の口にまたうさぎリンゴを突っ込む。

「もご」
「…でも、今のは嬉しかったわ。拓磨、向こうでの話を全くしてくれないから心配してたけど…鏑木さんなら任せられるわ」
「…ん?母さん、それはどういうことだい?」

拓磨の父親は小首を傾げていたが、母親がそれに答えることはなかった。

「……奏多。そろそろ帰らないと。廊下が騒がしくなってきました」
「おっと、気付かれちゃったか」

まぁあれだけ騒いでればしょうがないかな。

僕はまた変装道具を装着し、椅子から立ち上がる。

「あまりゆっくり出来なくて申し訳ないです」
「いえいえ、忙しい所わざわざすみませんでした」
「次は拓磨も一緒に来れるといいですね」
「ええ、本当に」

そして僕は拓磨のご両親に頭を下げると佐原の先導の元、足早に病院を脱出する。


次はちゃんと『恋人』として、拓磨と一緒にご両親へご挨拶出来るように祈りながら帰路へと着くのであった。

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