異常が日常な島の話

スライス

文字の大きさ
上 下
1 / 3
Kindness is not merely for the sake of others.

彼女の出会い

しおりを挟む
少女は未来に絶望している。
ゴミみたいに打ち捨てられてだれの記憶にも残らないような無残な死に方をするのだ。
そして今まさに、少女の未来は途絶えようとしている。
美しかった銀色の髪は埃や血でくすんでいる。元々の顔がわからなくなるほど殴られて、両足が切断され、その場に血だまりが出来ている。
痛みよりも寒さしか感じない。
石畳は太陽で熱されて熱いはずだ。なのに、とても冷たい。
切断された足が寒い。
道を歩いていただけなのに、突然男に路地裏に連れ込まれ、そしてこの有様。
寒い、寒い、さむい――。
誰か。
少女は手を伸ばした。
その先に誰もいないことは知っている。
通行人は見向きもしない。または軽蔑する視線。
――寂しい。
別にこの生に未練はない。自分の人生が不幸であることは自覚していた。
何度も死のうとおもった。生きる理由もない。
だが、このまま孤独で死ぬのが辛かった。
少女は目を閉じ、地面の冷たさに身を預けた。
しかし、ふと手に温かいものが触れた。
「――大丈夫、じゃないよな。とりあえず血を止めないと!」
「あーあ、また始まったよ。お人好し」
「うるさいな。手の甲に印ないんだからこの子は平民なんだろ?じゃあ良いだろ」
「まぁ、オマエはそういう奴だよ」
2人の少年だ。
「止血!止血ってどうやるんだ!?」
「オマエの意思は尊重するけどさぁ、やるんだったら知識つけてからにしな」
焦る少年に、もう一方の少年がやれやれと言って少女に処置を施した。
その後も騒がしく何やら言っていたが、少女の意識は途絶えてしまった。
寒さは感じなくなっていた。
次に目を覚ました時は、暖かい部屋の中だった。
ベッドサイドには走り書きされたメモと、足には無骨な義足が付いていた。
少女は字が読めなかった。しかし、このメモは自分の手を取ってくれた少年のものだと確信した。
あれから5年経った。
「……」
双眼鏡を覗き、目標の確認する。
「……」
目標を定め、引き金に指をかける。
「……」
息を止めて、引き金を引く。
弾は頭に着弾したようで、目標は血を流しながら地面に倒れ伏した。
そこまで見届けてから大きく溜息を吐いた。
あの日から、彼女の感情は動かなくなった。殺した相手への罪悪感も、仕事を成功させた達成感もない。ただ、淡々と仕事をこなしている。
銃を片付けて店に向かう。
この通りは夜が本番だ。煌々と光る提灯が道を照らす。仕事終わりの楽しそうな笑い声が響く。ストレスを溜め込んだ酒乱がわけのわからない言葉を叫んでいる。美人局が男の手を引いて店の中に連れ込んでいる。足に力が入らない女が石畳で躓いている。
熱狂する人々を冷めた目で見ながら、通りを抜ける。
そして、喧騒から少し離れた場所にその店はある。
キャンディを模した屋根、クッキーで出来た壁、チョコレートの扉。看板にはカラフルな砂糖で『カフェ&ブティク ハンプティダンプティ』と書かれている。本物では無いけど、見るだけで胃もたれがしそうだ。中に入ればよりすごい。色彩の暴力だ。原色が目の中でチカチカと踊る。しかし、派手なのは建物だけで、ショーケースのお菓子は慎ましく可愛い飾り付けで、優しい味がする。
この店の一階はお菓子屋で、二階が服屋になっている。
「シュークリームが5個とマカロンを、店長セレクトを3つ」
「かしこまりました」
ピンク色のエプロンをした店員はそう言って番号札を渡した。
店の階段を上がり、服の山を抜ける。その奥の扉にその札を差し込むと鍵の開く音がした。
「おつかれー」
扉を開けると、店主がマシュマロのソファに踏ん反り返っている。マカロンの机にはホールケーキと砂糖で一杯のマグカップがあった。おそらく、コーヒーが入っていたものだ。
コーヒー風味の砂糖を想像して、胸焼けしそうになった。
原色のパーカーを着て、ベタベタに染められた髪の毛に様々なお菓子の装飾を施している。子供のように見えるが、彼の容姿は5年前から全く変わっていない。別の人間から聞いた話だが、10年前からも変わっていないそうだ。まるで不老不死だ。
「今日も素晴らしい仕事ぶりだったねぇ。流石だよぉ~」
店主は大きくパチパチパチと手を鳴らした。
人の神経を逆撫でするような言い方はわざとだろう。彼は人の嫌がる顔を見るのが大好きだ。
「そういうのは要らないので、報酬と次の仕事をください」
「えぇ~、ノリ悪いー」
言葉とは裏腹に口調は嬉しげだ。もう何年も前から付き合いがあるが、全く彼のことが理解できないし、理解したくもなかった。
店主は札束と、書類を手渡した。
「概要はそこに書いてるからぁ、覚えた?」
一瞬、店主が纏う空気が変わる。
「はい」
返事をして書類を暖炉にくべた。
店主は満足そうに頷いた。そして、切り分けられたケーキを二口で食べた。
「じゃ、次も期待してるよぉ~」
店主はフォークを煌めかせ無邪気に笑った。そしてケーキの苺にフォークを刺した。

この島は脚を失った人間が生きるのには厳しい環境だった。
そんな中、少女を拾ったのが店主だった。
いつものニヤニヤした、人をはかっているよつな嫌らしい笑みで、慣れない義足で躓いた少女の前に現れた。
「生きたい?死にたい?死んだように生きたい?生きて死にたい?キミは死んだような顔をしているのに、何かを探しているねぇ。何を探しているのか教えてくれないかなぁ」
そう言って、店主は少女の返答を聞かず、少女を娘として引き取った。
彼は少女に様々な教育を施した。
彼の抱える『社員』と言われる人間たちから、文字や数字、テーブルマナーや社交ダンスまで。はたまた銃の使い方や、己の容姿の使い方まで叩き込んだ。
何度も死の覚悟をしたし、血を吐くことなんて何度もあった。
その度に父になった彼は現れ、少女のことを嘲笑い、わけのわからない世迷言を吐いて、少女の神経を逆撫でしていった。
そして彼女は殺し屋になった。
勿論今は文字も読める。
少年からのメモは小さな袋に仕舞って肌身離さず持っている。
メモだって読もうとしたら読めるのだ。だが、その資格はない気がして、今でもメモに何が書かれているかを知らない。
あの少年に出会うことは二度とないだろう。
だが、もし出会うことが出来たなら――。
少女はそこまで想像して思考を切る。
そして、暗い道を歩くのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...