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英雄への道標
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「私も行こうか?」
前回の、悪鬼のように怒れるイオレクを思い出して尻込みするチェインにエリシアが声をかけた。
「いや、チェイン1人で来るようにってさ」
ジャッキーはチェインにだけ分かるように目配せをした。
それはまるで、(お前は死んだ)と言わんばかりの、哀れみを込めた視線だった。
「いいんだエリシア、行ってくるよ」
先ほどまでの心が温まる再開から、チェインは心臓を凍る手で掴まれたような心地がする。
ストーム家の玄関ホールからイオレクの書斎まで、チェインは斬られるんじゃないかと首を擦りながら歩いた。
たどり着き、樫木の扉をチェインはゆっくり叩いた。
「入れ」
重々しい声が聞こえ、チェインは「失礼します」と扉を開く。
イオレクは立ち、こちらに背を向け窓の外を眺めていた。
「先ずは、ザッカイード軍の撃退、ご苦労だったな」
「いえ、エリシアの援軍がなければやられていました。面目ありません」
イオレクが沈黙する、重く苦しい沈黙だ。チェインはエリシアの名を出したことを後悔した。
「……、ザッカイードとは人魔大戦で何度となく戦った。奴は魔族の中でも戦術理解が深く、状況判断の早い"直感型"の武将だった。何度も煮え湯を呑まされたが、まさかお前達がこうもあっさりと首を獲るとはな」
チェインは何も言わず、イオレクの次の言葉を待った。
「チェイン、奴はバルハラーの仇だった。それを討った気分はどうだ?」
「……、特に何も。あの時は、母を救うという事で頭がいっぱいでした」
実際、それがチェインの正直な気持ちだった。
戦場ではなかったが、兵士である父が戦って死んだ事を恨むのは筋違いという思いもある。
戦争は殺し合いなのだ。
「そうか、本当に強くなったな」
また、重い沈黙が溢れた。
「……、時に貴様。エリシアに"大将軍になって父を超える勇者になったらプロポーズする"と言っていたな、それはどうなった?」
チェインは背中に氷水を流し込まれたように寒気が走った、濃密な殺気がイオレクから溢れ出す。
「貴様はいつ大将軍になった? 約束を果たしもせず、戦場でエリシアに求婚したと聞いたが、真か?」
「はい、申し開きもございません」
「お前がエリシアの部屋の前で誓った言葉、それを聞いて儂は思った。そこまでエリシアを思うなら、儂はお前を信じようと」
「申し訳ございません」
「その、舌の根も乾かぬうちにあのように大勢の人前で求婚するとは、貴様、儂をおちょくっているのか?」
振り向いたイオレクは悪鬼羅刹のように顔を歪め、剣の柄に手をかけている。
その鯉口はすでに開いている。
「いえ、そのような事は決して」
チェインはまた、イオレクに謝罪の意味を込めて跪いた。
「では、なぜ誓いを疎かにした」
「……、エリシアを前に、自分を抑えきれませんでした。あの機を逃したら、一生、エリシアと会えなくなるような気がしたんです」
「一時の感情に流されたか」
「いえっ、エリシアを想う気持ちは一時のものなどではありません! 初めて会った時から、その想いは変わりません。僕はずっと、エリシアを愛しています」
「その言葉、嘘偽りはないな?」
「ありません」
「いいだろう、ストーム家の当主として、エリシアと結婚を認めよう」
「申し訳ありませんでした。かくなる上は、どのような処罰も……。え?」
きょとんと、チェインは顔を上げてイオレクを見る。
イオレクはいたずらっぽい笑顔で見下ろしていた。
「何を言っとるんだお前は、だから、エリシアとの結婚を許すと言っとる。軍人でありながら、闘争と前進の女神ゼラネイアからの加護を放棄した。その意気やよし!」
イオレクは先ほどまでの殺気はどこえやら、豪快に「がははっ」と笑った。
「いやなに、お前の誓いも全く達成されていないわけではない。儂でも倒せなんだ、さらには勇者バルハラーを殺したザッカイードを寡兵で、それも一撃で仕留めて見せたと聞いた。間違いなく、お前は父も、この老兵も超えておる。胸を張るが良い」
イオレクがチェインの腕を掴み、やや乱暴に立ち上がらせる。
「そんな、先ほど言いましたが、エリシアがいなければ確実に負けていました。超えたなどと、おこがましいです」
その言葉に、イオレクはバシンバシンとチェインの背中を叩いた。
「ほほぅ、なかなか殊勝な事を、なら、エリシアも込みで我らを超えたという事でどうだ? それなら異存なかろう、エリシアもそれで良いな?」
イオレクが扉の外へ向かって声をかけた、控えめに、ゆっくりと扉が開かれた。
そこには顔を真っ赤にしたエリシアと、呆れた顔のジャッキー、ニマニマと笑顔を浮かべるアドラーナに、眼に涙を浮かべたアシェルミーナがいた。
「なんで、そこに?」
全て聞かれていた事を悟り、チェインも恥ずかしさに顔を赤くした。
「お祖父様の策略だよ」
ジャッキー。
「今からチェインが大将軍という称号を得るまで待っとれんからな、儂も早く孫の顔が見たい。どうだ二人とも、儂の策もまだまだ捨てたものではあるまいて?」
豪快に笑うイオレク。
チェインはエリシアの元に歩いた。
「エリシア、僕はまだ大将軍でも勇者でもないけど、それでも良いかな?」
「……」
黙るエリシアの手を取り、チェインは跪いた。
「エリシア・ストーム。どんな困難も災厄も、どんな敵からでも僕が護ってみせる。昔、エリシアが言った誰よりも強い英雄になってみせる」
幼少期、村外れでチェインとジャッキーが魔物に襲われた。
たった1つ年上のエリシアが、身を呈してチェインとジャッキーを守り戦った。
チェインの目には、エリシアの背中が誰よりも輝く英雄に見えた。
泣きながら、今度は僕がエリシアを護ると言った。
大きくなったら、僕がエリシアと結婚すると。
それに対し、エリシアは
「おじいちゃんより凄い将軍になって、チェインのお父さんより凄い勇者になったら。そんな凄い英雄になれたら結婚してあげる」
そう言った。
チェインは、ずっとずっと、その言葉のために努力を続けた。
「まだ、エリシアの言うような英雄にはなれてないかもしれないけど、必ずなると約束するよ……。だから」
チェインは、いつもポケットに忍ばせている指輪を取り出した。
「僕と結婚して貰えますか?」
エリシアは大粒の涙を溢しながら、何度も頷いた。
「はい」
周囲の歓声の中で、チェインはエリシアの手に指輪をはめた。
前回の、悪鬼のように怒れるイオレクを思い出して尻込みするチェインにエリシアが声をかけた。
「いや、チェイン1人で来るようにってさ」
ジャッキーはチェインにだけ分かるように目配せをした。
それはまるで、(お前は死んだ)と言わんばかりの、哀れみを込めた視線だった。
「いいんだエリシア、行ってくるよ」
先ほどまでの心が温まる再開から、チェインは心臓を凍る手で掴まれたような心地がする。
ストーム家の玄関ホールからイオレクの書斎まで、チェインは斬られるんじゃないかと首を擦りながら歩いた。
たどり着き、樫木の扉をチェインはゆっくり叩いた。
「入れ」
重々しい声が聞こえ、チェインは「失礼します」と扉を開く。
イオレクは立ち、こちらに背を向け窓の外を眺めていた。
「先ずは、ザッカイード軍の撃退、ご苦労だったな」
「いえ、エリシアの援軍がなければやられていました。面目ありません」
イオレクが沈黙する、重く苦しい沈黙だ。チェインはエリシアの名を出したことを後悔した。
「……、ザッカイードとは人魔大戦で何度となく戦った。奴は魔族の中でも戦術理解が深く、状況判断の早い"直感型"の武将だった。何度も煮え湯を呑まされたが、まさかお前達がこうもあっさりと首を獲るとはな」
チェインは何も言わず、イオレクの次の言葉を待った。
「チェイン、奴はバルハラーの仇だった。それを討った気分はどうだ?」
「……、特に何も。あの時は、母を救うという事で頭がいっぱいでした」
実際、それがチェインの正直な気持ちだった。
戦場ではなかったが、兵士である父が戦って死んだ事を恨むのは筋違いという思いもある。
戦争は殺し合いなのだ。
「そうか、本当に強くなったな」
また、重い沈黙が溢れた。
「……、時に貴様。エリシアに"大将軍になって父を超える勇者になったらプロポーズする"と言っていたな、それはどうなった?」
チェインは背中に氷水を流し込まれたように寒気が走った、濃密な殺気がイオレクから溢れ出す。
「貴様はいつ大将軍になった? 約束を果たしもせず、戦場でエリシアに求婚したと聞いたが、真か?」
「はい、申し開きもございません」
「お前がエリシアの部屋の前で誓った言葉、それを聞いて儂は思った。そこまでエリシアを思うなら、儂はお前を信じようと」
「申し訳ございません」
「その、舌の根も乾かぬうちにあのように大勢の人前で求婚するとは、貴様、儂をおちょくっているのか?」
振り向いたイオレクは悪鬼羅刹のように顔を歪め、剣の柄に手をかけている。
その鯉口はすでに開いている。
「いえ、そのような事は決して」
チェインはまた、イオレクに謝罪の意味を込めて跪いた。
「では、なぜ誓いを疎かにした」
「……、エリシアを前に、自分を抑えきれませんでした。あの機を逃したら、一生、エリシアと会えなくなるような気がしたんです」
「一時の感情に流されたか」
「いえっ、エリシアを想う気持ちは一時のものなどではありません! 初めて会った時から、その想いは変わりません。僕はずっと、エリシアを愛しています」
「その言葉、嘘偽りはないな?」
「ありません」
「いいだろう、ストーム家の当主として、エリシアと結婚を認めよう」
「申し訳ありませんでした。かくなる上は、どのような処罰も……。え?」
きょとんと、チェインは顔を上げてイオレクを見る。
イオレクはいたずらっぽい笑顔で見下ろしていた。
「何を言っとるんだお前は、だから、エリシアとの結婚を許すと言っとる。軍人でありながら、闘争と前進の女神ゼラネイアからの加護を放棄した。その意気やよし!」
イオレクは先ほどまでの殺気はどこえやら、豪快に「がははっ」と笑った。
「いやなに、お前の誓いも全く達成されていないわけではない。儂でも倒せなんだ、さらには勇者バルハラーを殺したザッカイードを寡兵で、それも一撃で仕留めて見せたと聞いた。間違いなく、お前は父も、この老兵も超えておる。胸を張るが良い」
イオレクがチェインの腕を掴み、やや乱暴に立ち上がらせる。
「そんな、先ほど言いましたが、エリシアがいなければ確実に負けていました。超えたなどと、おこがましいです」
その言葉に、イオレクはバシンバシンとチェインの背中を叩いた。
「ほほぅ、なかなか殊勝な事を、なら、エリシアも込みで我らを超えたという事でどうだ? それなら異存なかろう、エリシアもそれで良いな?」
イオレクが扉の外へ向かって声をかけた、控えめに、ゆっくりと扉が開かれた。
そこには顔を真っ赤にしたエリシアと、呆れた顔のジャッキー、ニマニマと笑顔を浮かべるアドラーナに、眼に涙を浮かべたアシェルミーナがいた。
「なんで、そこに?」
全て聞かれていた事を悟り、チェインも恥ずかしさに顔を赤くした。
「お祖父様の策略だよ」
ジャッキー。
「今からチェインが大将軍という称号を得るまで待っとれんからな、儂も早く孫の顔が見たい。どうだ二人とも、儂の策もまだまだ捨てたものではあるまいて?」
豪快に笑うイオレク。
チェインはエリシアの元に歩いた。
「エリシア、僕はまだ大将軍でも勇者でもないけど、それでも良いかな?」
「……」
黙るエリシアの手を取り、チェインは跪いた。
「エリシア・ストーム。どんな困難も災厄も、どんな敵からでも僕が護ってみせる。昔、エリシアが言った誰よりも強い英雄になってみせる」
幼少期、村外れでチェインとジャッキーが魔物に襲われた。
たった1つ年上のエリシアが、身を呈してチェインとジャッキーを守り戦った。
チェインの目には、エリシアの背中が誰よりも輝く英雄に見えた。
泣きながら、今度は僕がエリシアを護ると言った。
大きくなったら、僕がエリシアと結婚すると。
それに対し、エリシアは
「おじいちゃんより凄い将軍になって、チェインのお父さんより凄い勇者になったら。そんな凄い英雄になれたら結婚してあげる」
そう言った。
チェインは、ずっとずっと、その言葉のために努力を続けた。
「まだ、エリシアの言うような英雄にはなれてないかもしれないけど、必ずなると約束するよ……。だから」
チェインは、いつもポケットに忍ばせている指輪を取り出した。
「僕と結婚して貰えますか?」
エリシアは大粒の涙を溢しながら、何度も頷いた。
「はい」
周囲の歓声の中で、チェインはエリシアの手に指輪をはめた。
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