上 下
30 / 40

29

しおりを挟む
「なぁにやっちゃってんの、ダサいなあ……」
 くぐもったような男の声。
 助かったと、胸を撫で下ろした鹿島は声の方を振り返る。
「申し訳ありません。とんだ失態を。こんな筈では……」
「うん、そうだね。油断しちゃったのかな?」
 黒い仮面を着けた黒服の男が応えた。
「そ、そのようなつもりはございませんが……。今後は一層気を引き締めて……」
 と言ったところで、何か硬くて冷たいものがこめかみに触れた。
「――っ! な、なにを……」
「きみのやったことはさぁ。露見しちゃうわけなんだよね。まあ、うまくもみ消す手段がなくもないんだけどさ、一度さ、ネズミを取り逃がしてこんなことになった以上、今後はもうやりにくいでしょ?」
 黒い皮手袋を嵌められた指が、その引き金を引こうとする。
「も、もう一度チャンスを……‼」
「だってさあ、きみ、世の中ナメすぎなんだもん。詰めも甘いしね。経験上、こういうことで大目に見てうまくいったってケース、ほとんどないんだよね」
「な、に……を」
「間引きだよ」
 男の声が低く響いたことで真剣味を帯び、鹿島の血の気が引いた。
「ま……そんな……わ、た……しは」
「役立たずは間引かなきゃ。きみもよく分かってることだよね?」
「ま、び……く? そんな……わた……しは……間引く側であって、間引かれる方では……」
 ガタガタと震えながら鹿島が消え入りそうな声でそう漏らした。
「間引く立場、か。傲慢だねえ。だからこんなことになっちゃったってわけなんだろうけど。もう少し謙虚さがあればなあ……ボクからしてみれば、きみのことも大した駒だとも思ってないんだよ。もうちょっと自分を客観視できる能力があれば長生きできただろうけどねえ」
「――ぶ、分不相応な発言を……申し訳ありません。今いちど――もういちどチャンスを……っ」
 ただひとことそう言い残したところで、鹿島は動かなくなっていた。
「聡明な医者だって割には面白味のない最期の台詞だよ。つまんないねえ……惜しいなんて欠片も思わない」
 男は鹿島の遺体を蹴り、転がした。
「ただ、トカゲのしっぽは然るべきタイミングで切った方がいいとは思ったんだよね」
 そう呟いた男は、聖歌229番『驚くばかりのアメージンググレース』を口笛で奏でた
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

坂本小牧はめんどくさい

こうやさい
キャラ文芸
 坂本小牧はある日はまっていたゲームの世界に転移してしまった。  ――という妄想で忙しい。  アルファポリス内の話では初めてキャラ名表に出してみました。キャラ文芸ってそういう意味じゃない(爆)。  最初の方はコメディー目指してるんだろうなぁあれだけど的な話なんだけど終わりの方はベクトルが違う意味であれなのでどこまで出すか悩み中。長くはない話なんだけどね。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

後宮の右筆妃

つくも茄子
キャラ文芸
異母姉の入内に伴って「侍女」として後宮入りした杏樹。巽家の三女に生まれた杏樹は炎永国において珍しい赤い髪と翡翠の目を持っていた。杏樹が姉についてきた理由は婚約者をもう一人の異母姉に寝取られたためであった。皇帝には既に数多の妃と大勢に子供がいるが、何故か皇后と皇太子がいない。そのため後宮では日夜女達の争いが勃発していた。しかも女官の変死が相次いでいるという物騒な状況。ある日、書庫で褐色の肌に瑠璃色の目をした失礼な少年と出会った。少年と交友関係を築いていくうちに後宮の事件に巻き込まれていく。杏樹の身を守る措置として彼女には「才人」の位が与えられた。遥か昔に廃止された位を皇帝はわざわざ復活させたのだ。妃でもあり、女官でもある地位。なのに四夫人の次の位に位置付けられ「正二品」となった。杏樹は夜伽をすることが無かったが、周囲から寵妃と思われていた。皇帝は杏樹に多大な権利を与えてゆく中、朝廷と後宮はめまぐるしく動くいていく。

処理中です...