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「ゆっくり話すっつっても、俺から語れることは何もねえよ。つか、千蔵せんぞうくんの意志も聞かずにべらべら喋るわけにはいかねえだろ」
 マチルダの店でジョセフが憮然として言った。
 このお嬢様が突然愛想をつかし、レオンと距離を取ったら――その原因が自分にあると悟られたら、殺されてしまうかも知れない。
「では、今からお聞きすることはわたしの胸に留めます。決して口外は致しません。そうしたらどうでしょう?」
「――口外しないっつっても、あんたが千蔵くんから離れていきゃあ、ヤツにもどういう状況かは想像つくだろ。俺が喋ったってのはモロバレだからな、そんなリスクがあるのに――」
「離れなければよろしいのでしょう?」
「――あ?」
 自信満々の笑みに、ジョセフは眉間に皺を寄せた。
「わたし、何を聞いても千蔵さまとのご縁を断つつもりはありません。いずれは伴侶に――そう思っておりますわ」
 茶色がかった濁りのない瞳に見据えられ、ジョセフはたじろいだ。
「――わたし、本気ですから」
――半端な想いじゃないってことか。レオンといい、このお嬢といい……。
 出会ってからさほど時間が経っていないというのに、どういうわけか強く惹かれ合っている様子だ。
――ビビビっときた、ってヤツなのか?
 それを不思議に感じながら、口を開く。
「んじゃあ、その条件として――」
「……条件、ですか?」
鹿島柴三郎かしましばさぶろうって医者に接触して、ヤツの様子を探るのに協力してくれ。欲しい情報を得ることが出来たら、あんたの心意気を認めてヤツのことを喋ってやるよ」
「鹿島先生……?」
 医師の鹿島といえば、千蔵が立ち寄ったクリニックの医院長だ。
「あの、鹿島先生が何か……?」
「あんたがバシッとリサーチすることが出来れば、おのずと見えてくるんじゃねえのか? 千蔵くんが何を成そうとしているのか」
「鹿島先生を探る……」
 何かを探る対象に思えない、善良な町医者だと思っていたが、そうではないのだろうか。
「どうだ? それが出来ないのなら千蔵を探るのは諦めて、フツーの付き合いに留めてくれ。もちろん、尾行するのもナシ、この話も聞かなかったことにすること」
「……でも……」
「断るっていうんなら、もうここまでだ。ここまで尾行けてきたことも、ヤツを探ってることも千蔵に話す。そういうことになれば――」
「脅してらっしゃるの?」
「脅し? 人聞き悪いな。取引だよ。ここまで来たんだ。簡単に退いてもらっちゃ困る」
「……分かりましたわ。応じます。鹿島先生の調査に協力致します」
「あんたが今から成すことは他言無用だ。もちろん、千蔵にも」
「……分かっていますわ」
「とにかく、客はあんたらしかいないし、こっちはこっちで調査する必要があるわけだ。店は閉めるよ」
 マチルダは店じまいをすると、カウンターの内側に入り、彼らに手招きをした。
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