見合い相手は殺し屋でした⁉ 幸せを掴むスリリングなメソッド。

八波琴音

文字の大きさ
上 下
15 / 40

14

しおりを挟む
 薄暗い照明下、タバコの煙が意図的に焚かれたスモークのように立ち込めていた。
 そんな店内のBGMはラジオ放送による、スタンダードジャズだった。
「煙いな、いつ来てもこの煙は拷問だ」
 げほげほと大袈裟に咳き込みながら、ジョセフは苦し気に呟いた。
「文句言うなら、他を当たりな。キノコ頭」
 タバコをふかしながら、カウンター内の妙齢の女が不機嫌そうに眉を吊り上げる。
 洗いざらしのシャツにジーンズといった井出立ちの、頭にバンダナを巻いた男勝りな印象の美女だった。
「他っつったってな、あんたほど頼れるヤツは他にいねえんだ、万智子まちこさん」
「マチルダと呼びな⁉ ホントに礼儀ってものを知らないね」
 顔を赤らめ、マチルダと訂正した美女はカウンターを叩いた。
「じゃ、俺もキノコ頭じゃなく、名前で呼んでくれよ」
一徹いってつとかっていったっけ?」
大和名やまとめいはな。こっちの世界じゃジョセフで通してる」
 ジョセフは肩をすくめた。
 ここで暮らす以上、大和名との使い分けが必須だ。
 最も、レオンに関しては都度偽名を考えていたから、ジョセフとは違うやり方をしているのだが。
 種子島千蔵の名はイレギュラーだった。
「え、ジョセフ? マッシュに改名しなよ。そっちの方がしっくりくる……」
「俺は他人を笑いに誘うために改名するような趣味は持ってねえんだ」
「名は体を表すっていうだろ、その方が覚えやすくていいけどね。まあいい、調べて欲しいブツは?」
 マッシュルームを彷彿とさせる形の黒髪を叩き、万智子――もとい、マチルダが訊いた。
「こいつだ」
 ジョセフがカウンターに例の怪しげな薬を置いた。
「恋丸薬? バカ丸出しだね」
 それを掴んでラベルを見たマチルダが鼻を鳴らした。
「バカ丸出しのモノでも買いたがるバカはわんさか居るんだろうさ。成分分析、頼むわ。素人にも分かりやすく解説してくれる程度で十分だ」
「ったく、また面倒な仕事持ち込んできたね。高くつくよ?」
「いかほどだよ?」
 マチルダが片手の指を広げ、もう片方の手でゼロを造った。
「――カラダで払うってのはナシ?」
 と言ったところで、上半身をはだけたジョセフが床に突っ伏していた。
「あたしはね、笑えない冗談っていうのが大嫌いなんだ」
「~~~いや、完全な冗談ってわけじゃ……」
 殴られた後頭部をさすりながら、ジョセフは苦笑混じりに立ち上がった。
「あんたみたいなヤツがいれば、そりゃあこのバカ丸出しな薬も、使いどころも多いだろうね。しっかし、どうやってこんな丸薬を飲ませるっていうんだ?」
「さあ、ラムネとかいって食わせるとか……てか、多分、ゴリゴリに砕いて粉々にして酒にでも混ぜるってのがスタンダードなんじゃねえの?」
「――ホントに吐き気がしそうだよ、そういうの。あ~、胸糞悪い。いったいどんなゴミがそんなもの開発してバラ撒いてるっていうんだ」
 心底不愉快そうな表情をしたことで、ジョセフはマチルダから薬瓶をひったくるように奪った。
「何?」
「いや、あんまし乗り気じゃなさそうだったからな。別のとこに――」
 言いかけたところで、マチルダはジョセフの腕を掴んだ。
「誰が乗り気じゃないって言った? こんなバカ丸出しの薬の所為で人生狂っちまうような娘も居るわけだろ。成分分析でも出どころの調査でもなんでもやってやるよ」
「でもさ~、俺、五〇万ほうなんて大金払えねえし~、カラダで払うってのは却下なんだろ?」
「大負けに負けて一〇でいい」
「いやいや、充分に法外だって」
「~~~だったら、八、でいい……」
「もう一声、ないかなあ~?」
 ジョセフは耳に手を当てた。
「……五、でも……いい」
 マチルダが声を絞り出した。
「ま、妥当か」
 ジョセフは薬瓶をマチルダに渡した。
「~~~妥当って、十分の一に値切るなんて、ホントに……狡猾な毒キノコだよ」
 軽く憤慨してみせるマチルダに、ジョセフはほくそ笑んだ。
「成功報酬でいいな。実は別のヤツから預かったものでな。そいつからの支払いがないことにゃ、払えねえ。――しっかり頼むわ」
「呆れたね。依頼跨いでるってこと?」
 ぽん、と肩を叩かれたマチルダは眉根を寄せた。
「中間搾取っつっても、依頼者が同じ出身地のお得意中のお得意なんで、そう儲からねえんだよ。こうなっちまうと、ほとんどボランティアだな」
「なにがボランティアだよ。どうせ――あ、いらっしゃ……い?」
 マチルダの酒場は地下にあり、一見いちげんさんが入りやすい店ではないため、見覚えのない客に気づいた彼女は怪訝そうな顔をした。
「あ、あの……」
 ここでジョセフは驚愕の表情で固まることとなる。
――あのお嬢、俺を尾行けてきたのか?
 思わず身を縮こませ、ジョセフは店から立ち去ろうとするも、その反応に気づいたマチルダが「なに、厄介ごと?」と袖を引っ張った。
「あ~、いや……」
「綺麗なお嬢さんじゃない。あんた、何か悪さでもした?」
「っていうか、俺狙いじゃないのに、なんで……」
 全然尾行されていることに気づかなかったジョセフは、汗を垂らしながら、尾行癖のある令嬢を見据えた。
「ええっと、その……ジョセフさまとおっしゃいました? わたし、お宅さまに伺いたいことがございまして……」
――って、会話聞かれてた? いったいいつから……。このお嬢、ホントに素人なのか?
「千蔵さまについてお聞きしたいのですけど、本当は何をされている方なのですか?」
「―――」
 この様子だとレオン=千蔵だということを感づかれているのではないかと、ジョセフはさらに表情を硬くした。
「あ、まあ、色々……なあ」
 ここで余計なことを喋ってしまっては破談になる。
 というより、もう危ないのかもしれない。
――レオンに恨まれちまうな……。
 彼に対しては散々警戒しろと言っておいて、自分はこの体たらくである。
 じとりと汗が噴き出してきた。
「お教えください。どうしても知りたいのです」
「……安眠屋。清掃人って言い方もあるな」
 しっかりとまっすぐに見据えられ、ジョセフは観念したように呟いた。
「眠りとお掃除? 繋がりが……見えないのですけど。お宿を提供されているということですか?」
「……う~ん、まあ、そうかな……」
 誤魔化すことが出来るのなら、なんでもいい。
 ジョセフはそう言いながら、頭を掻いた。
「あの……お宅さまは、千蔵さまとはいったいどういった関係なのでしょう? ご友人?」
「……ん~~、そうだな……まあ、そんなようなものかな」
「あの、わたしのこと、世間知らずの箱入り娘だと……話しても栓なきことだと思われているのかもしれませんけど……千蔵さまは何か危ないことをされておられるのではないのですか?」
「……あ、危ないこと……って?」
 ジョセフの顔が引きつった。
 やはり、思いのほか勘がいい……というか、一筋縄ではいかないかもしれない。
「あ……そうだな。煙突掃除とか……結構、危ないっていうか……」
 もはや何を言っているのか分からないが、ジョセフは誤魔化す術が見つからず、意味不明な応答をしていた。
「煙突掃除?」
「いや、クリーンな煙突って省エネだって……もう、大人気よ、有限会社チムチムチェリーっていって……」
 汗をたらりと流しながら必死で言い訳をするジョセフに向かって、百合亜は大きくため息を吐き――
「あ~~~~~、まどろっこしい。白々しい応答は結構! こうしていましても、話が進みませんわ!」
 今まで被っていた猫を脱ぎ捨てるかのように、声のトーンを低く変え、だん、と床を踏み鳴らした。
「ズバリ申し上げますけど、音楽家の端くれであるわたしの聴力は人一倍長けている上、それなりの教育を受けておりますゆえ、ある程度、外国語のリスニングも出来ますの。応竜語でお二人がお話されていたこと、どういうことなのかご説明いただきたいと思ったのです」
 その台詞を受けたジョセフは両頬を押さえ、口をあんぐりと開けていた。
――応竜語おれらのことばが分かるだと? そんなバカな……。
「――なんだか知らないけどジョセフ、あんたの負けじゃないの?」
 マチルダがタバコをふかしながら、アンニュイな様子で呟いた。
「あ、ええっと……なあ、お嬢、あんた、さっき俺の店に居たのが千蔵くんだって分かってたってことだよな?」
「幽霊だと頑なにおっしゃっていたので、ここは乗っておいて油断させた方が得策だと思いましたので。それに、千蔵さまにお話を伺うより、あなたとゆっくりお話しした方が確実かと――そう思い、尾行けさせていただきました」
 彼女に浮かんだそれは――世間知らずのお嬢様の微笑みではない。
――もしかして、それなりに修羅場くぐってたりすんのかな……このお嬢?
 ジョセフは観念したといった様子で、両手を挙げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...